第16話 ローナン救出

 季節はめぐり、夏がやってきた〈光の継承者〉なら第1部の後半に入りつつある。

 小説ではランディール騎士団は夏休みを利用して実戦経験を積むために、スコットランド地方へと向かう。

 この世界において、そこは魔物がはびこる危険地帯だ。

 そのため冒険者が定期的に魔物の討伐を行い、円卓王国内に入ってこないようにしている。

 

 王立学園の生徒で騎士や冒険者を志す者は、夏休みになると弱い魔物が生息している地域で、実戦訓練を行う。いわば夏合宿だ。

 これはハンティングスポーツの延長のようなものだが、小説でのルーシー達にとってはそうではなかった。


 本来なら別の地域に生息する強力な魔物が、ルーシー達に襲いかかるのだ。

 そして、その戦いでローナンが死ぬ。

 今回、スノウドロップはローナンを助けるために行動するつもりだ。もちろんそれにはスティーブンも協力してくれる。


「ランディール騎士団を見守るのに、俺の並行世界間航行機を使う。こいつは飛行機能と光学迷彩機能を搭載している」


 並行世界間航行機は前世世界にあったプライベートジェットと同じくらいの大きさだ。この世界の人間が見たら、巨大な白い鳥と思うようなフォルムをしている。

 スノウドロップはスティーブンが操縦する航行機に乗り、現地へと向かう。

円卓王国の最北端にはハドリアヌスラインという対魔物用の防壁がある。ベティヴィア1世の時代に当時のクルーシブル家が建設したものだ。


 建設から現在までの数百年間にハドリアヌスラインは何度も魔物の大襲撃を受けているが、1匹たりとも魔物に突破されていない。 

 ルーシー達は小説の筋書き通り、ハドリアヌスラインで馬車(ロンドン以外では自動車はあまり普及していない)を借りてスコットランド地方に入った。

 しかし小説とは違う部分もあった。全員が試作品のスマート・アーティファクトを身に着けている。未完成とは言え、属性を変換できるだけでも有効な装備であるには変わりなく、ランディール騎士団は実戦テストを行うつもりだった。


「監視ドローンを放出するわ」


 航行機のサブパイロット席でスノウドロップは端末を操作し、多数の監視ドローンを周囲に展開した。事前に魔物の襲来を察知するためだ。

 ドローンの一つをルーシー達にが乗る馬車に向ける。

 馬の手綱はローナンが握っていた。

 小説での彼は魔物に襲われた時、ランディールをかばって死ぬ。

 ドローンの1機から反応が返ってきた。トラックほどの大きさのある巨大な黒い犬だ。


「スティーブン、魔物を見つけたわ。3時方向、20キロ先」

「俺が対処する。その魔物が囮の可能性もあるから、スノウドロップは残って警戒してくれ」


 スティーブンは航行機の自動操縦に切り替えて席を立つ。


「大丈夫?」

「問題ない。上からフォースガンの使用許可が降りたからな」


 彼が腰の拳銃にふれる。フォースガンは魔力フォースエナジーの光線を発射するビーム・ピストルだと聞いている。


「モルガンが復活してフェイトキーパーの味方になった可能性がある以上、別の魔物が現れるかもしれない」

「モルガンの闇の魔法は普通の生き物を魔物に変える」

「そうだ。もしもの時はスノウドロップに対処してもらうが、活性心肺法は……」

「ええ、分かっているわ。レベル2までにする」


 スティーブンは機外へ飛び出した。彼は風の魔法・飛行の型で魔物の元へと向かう。


(不謹慎だけど、誰かに心配してもらえるのは嬉しいわ)


 検知音がなる。ドローンの操作端末画面には「瞬間移動反応を検知」と表示された。

 何もない空間に穴が開く。

 そこから現れたのは巨大な昆虫型の魔物だった。カブトムシを人型にしたような姿をしており、腕がカマキリのような鎌になっている。


 ローナンが馬をUターンさせるのが見える。だが昆虫型魔物は背中の羽を使って低空飛行しながら追いかける。

 スノウドロップは素早く航行機から飛び降り、そのまま昆虫型魔物の背中に落下攻撃を仕掛けた。

 物質生成で作った剣を突き刺し、刃をねじるように動かして昆虫型魔物の羽を切り飛ばした。


 バランスを崩した昆虫型魔物は頭から地面に突っ込んで墜落する。

 立ち上がった魔物が、昆虫特有の無感情な瞳でこちらを見る。いい流れだ。このまま魔物を引き付けてルーシー達が離脱する時間を稼ぐ。

 そう思った矢先に予想外の事が起きた。ルーシーが馬車から飛び出し、こちらに走ってくるではないか。


 ルーシーは剣を抜く。その刃は輝いていた。光の魔法を浸透させているのだろう。

 輝く剣が昆虫型魔物の甲殻を切り裂く。

 有効打だ。しかし絶命には至ってない。

 もう一度攻撃しようとルーシーは構えるが、彼女の剣が粉々に砕けた。付与された光の魔法に耐えきれなかったのだろう。

 武器を失ってもルーシーの闘志は衰えず、それどころか拳を握って魔物を睨みつけていた。

 おそらく属性変換器で魔力属性を変換し、強化の魔法を使っているのだろう。

 だが強化の魔法は活性心肺法と似た効果を発揮するが、強化力は劣っている。


「逃げなさい!」


 スノウドロップが叫ぶ。だがルーシーの瞳には揺るぎない固い決意があった。


「あなたを一人で戦わせたりしない」

「なら、これを使って」


 剣を生成してルーシーに渡す。


「助かるわ」


 魔物が二人に攻撃しようとする。

 その瞬間、後方から魔物を狙って炎と電撃の魔法攻撃が放たれた。魔物は怯んで攻撃を中断する。 

 魔法攻撃を放ったのはランディール達だ。彼らも馬車から降りて戦いに参加してきた。

 炎属性のランディールと雷属性のローナンはそのまま攻撃し、他の者達は試作スマート・アーティファクトで魔力を炎属性に変えて攻撃する。

 だが強固な甲殻に守られて有効打を与えられていない。


 スノウドロップは魔物の膝関節を狙って攻撃した。甲殻の隙間に刃が入り、中の肉を切り裂く。

 足を負傷した魔物が倒れる。


 ルーシーが魔物の体に飛び乗る。

 魔物の甲殻には最初の攻撃でできた亀裂がある。彼女はそこに輝く剣を突き刺した。


 魔物の甲殻の隙間から輝きが漏れ出す。光属性の魔力が魔物の体内で必殺の威力を発揮しているのだろう。

 魔物は手足をばたつかせるが、やがて動かなくなる。


「やったわ!」


 勝利に喜ぶルーシーが剣を頭上に掲げる。スノウドロップが生成した剣は、光の魔法を付与されても形状を保っていた。


(本当にこれで終わり?)

 

 スノウドロップは違和感を覚える。

 ローナンを見る。彼の背後には空間の穴が空いていた。


「ローナン、後ろ!」


 その叫びにローナンは怪訝な表情を浮かべながら後ろを振り返る。

 すると空間の穴から一人の男が現れた。忘れようもない。強攻の暗殺者だ。

 どのような手を使ったのか、強攻の暗殺者の切断された腕は元通りになっている。

 〈圧制者の剣〉に秘められた固有魔法が発動する。強攻の暗殺者より魔力が低い者達が大地に押し付けられる。効果を受けたのはローナン、アラン、エマの3人だけだが、標的であるローナンが身動きできないのは極めて危険だ

 

 スノウドロップは活性心肺法をレベル2に上げた。

 風よりも早く動き、剣を振り上げた強行の暗殺者の前に立ちはだかる。

 スノウドロップの剣が〈圧制者の剣〉を受け止める。剣は砕けなかった。前に戦った時は、振動の魔法で剣が砕かれたが、スティーブンの訓練を経て生成する物質の剛性が上がっている。

 

「やはり強くなったな、スノウドロップ」

 

 スノウドロップが振るう剣はあまりの速さに常人には風の刃のようにすら見えた。だが、強行の暗殺者は攻撃をことごとく防御する。

 

「俺も強くなったぞスノウドロップ。体を機械にした」


 彼から微かに機械音が聞こえてくる。古代文明の技術でサイボーグ化したのだろう。

 強行の暗殺者が畳み掛けるように連続攻撃を繰り出す。彼の動きは活性心肺法レベル2と互角だ。


「スノウドロップ!」

 

 ルーシー達が加勢してきた。魔法攻撃を繰り出そうとしているのを見て、スノウドロップはバックステップして距離を取る。

 強攻の暗殺者は多数の魔法攻撃の隙間を縫って回避した。

 後の国王暗殺を防ぐためにも、強行の暗殺者はここで倒すべきだ。

 スノウドロップは活性心肺法をレベル3に上げる。

 加速したスノウドロップは、世界が遅くなったように感じる。

 

 スノウドロップは剣を振るった。強攻の暗殺者の腕が切断される。奇しくも前の戦いときと同じ腕だ。

 切り落とされた腕からバチバチと火花が生じる。

 強攻の暗殺者はあっさり撤退を選んだ。彼は自分が出てきた空間の穴に飛び込んでいく。

 スノウドロップは追いかけた。スピードは彼女のほうが上だ。すぐに追いつくだろう。


 しかし強烈な胸の痛みに彼女は膝をつく。活性心肺法のレベルを上げた反動が来たのだ。

 痛みで活性心肺法が解けてしまう。

 空間の穴は閉じていない。まだ間に合う。すぐに立ち上がって走り出そうとする。

 

「駄目!」


 後ろから腕を掴まれてた。直後、空間の穴は閉じる。

 振り向くと、腕を掴んでいたのはルーシーだった。

 

「一人で行くべきではないわ。あなたをおびき寄せる罠かもしれない」

「それは……考えていなかったわ」


 その時、スノウドロップに話しかけてくる男がいた。ローナンだ。


「助けてくれてありがとう、スノウドロップ。君の事はランディール様やルーシーから聞いている。感謝の言葉だけじゃな足りない、何かお礼をさせてくれ」

「そんな、お礼なんていらないわ」

 

 人から感謝される経験が数えるほどしかないスノウドロップは気まずくなり、すぐに立ち去ろうとした。

 それをランディールが止める。

 

「待ってくれ。君ともう一度会えたら、どうしても頼みたい事があったんだ」


 人助けを日常としてきた者にとって、そう言われてしまったら足を止めずにはいられない。


「何をして欲しいの?」

「どうか私の騎士団に入ってくれないだろうか」


 今後の事を考えるなら、ランディール騎士団に入れば、国王をより近くで守れる

 だが、一つ問題があった。


「ごめんなさい、私は正体を隠さないといけないの。素顔を見せない不審者が王子の部下になる訳にはいかないでしょう」

「そうか……それは残念だ」


 仮に正体を明かしたとしても、無属性保有者が強力な戦闘力を発揮したとあれば、大きな騒ぎとなる。そんな状態では運命を防ぐ活動に支障をきたすかもしれなかった。

 いずれ無属性の価値を広める必要はあるが、それは平和を脅かす脅威を全て取り除いた後だ。


「あの、スノウドロップ。剣をありがとう。返すわ」

「そのままルーシーが使っていてかまわないわ。役に立つはずよ」

「本当にありがとう。大事にするわ」


 それから黒い犬を倒したスティーブンがやってきた。

 

「帰ろう」

「ええ」


 彼はスノウドロップを抱きかかえ、風の魔法・飛行の型で飛び上がる。


「スノウドロップ! 私はいつだってあなたの味方よ!」


 別れ際にルーシーが声を張り上げた。味方と言ってくれてスノウドロップはとても嬉しかった。


「スティーブン、言われた通り剣をルーシーに渡したわ。」

「彼女が武器を失ったのは運が良かったな。自然な形で君が生成した物質が円卓王国側に渡った。近いうちに、君に接触を試みるだろう。あとは俺に任せてくれ」

「ええ、分かったわ」



 ランディールはスノウドロップを諦めきれていない様子で、どうすれば彼女が仲間になってくれるかマリアと話していた。

 

「私はスノウドロップの正体に興味はない。だが周囲の者たちはそうも行かないだろうな」

「そうですね。身元が不確かな者がランディール様のお側にいることを、快く思わない人は多いでしょう」


 二人が話している横で、ルーシーはスノウドロップからもらった剣を観察していた。


(一体何でできているのかしら? 鋼じゃないのは確かね……この色合いや光沢、どこかで見たことがあるような……)


 ルーシーは剣が何で作られているのか気づいた。


「あっ!」


 思わず声を上げてしまい皆の視線を集めてしまう。


「どうしたんだい、ルーシー」

「ランディール様、スノウドロップからもらったこの剣はオリハルコンでできています」


 驚きのあまり、みな無言になってしまった。

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