第15話 スマート・アーティファクト

 9月になり、王立学園の新学期が始まった。

 ルーシーはマリアといっしょにクルーシブル家の別邸に住み、そこから学園へ通う。

 光属性魔のルーシーは注目の的となった。同じクラスの生徒のみならず、他のクラスや上級生からもこぞって声をかけられるほどだった。

 皆が皆、お近づきになりたいと、品のない言い方をすればがっついた様子で接してくる。昼休みになると食事に誘う者達で人だかりができるほどだ。

 ルーシーが困っていると、エマが現れて助け舟を出してくれた。


「ランディール様が一緒に食事しようって呼んでるよ」

「は、はい。喜んで!」


 流石に王子を差しおいてとはいかず、その場にいる生徒達は素直に諦めていった。


「助けていただき、ありがとうございます」

「いやあ、ルーシーは人気者だねえ」


 ルーシーとエマは学園の食堂へと向かう。貴族は人混みの中で食事をするのを嫌うので、ここには個室席がある。

 

「ランディール様、ルーシーを連れてきました」


 エマに案内された個室に入るとランディールとマリアがにこやかに出迎えてくれた。

 

「やあルーシー、元気そうで何よりだ」

「入学おめでとう」

「ランディール様とマリア様には私が魔力工学を学べるようご配慮いただき、本当に感謝しています」

「気にしなくて良いわ。学ぶ自由は与えられるべき権利ですもの」

「マリアの言うとおりだ。君が魔力工学を学ぶのは王国のためでもある」


 個室には他にも二人の少年がいた。ルーシーにとっては初めての顔だ。貴族なのは間違いないだろう。

 ランディールはその二人をルーシーに紹介した。

 

「彼らはアランとローナン。二人とも私の騎士団の者だ」


 二人の少年が立ち上がりそれぞれ名乗る。


「自分はアラン・ランチェスターだ。光属性の者がランディール様に忠誠を誓ってくれて感謝している」

「アランはボクの婚約者でもある。ガチガチの堅物に見えて意外と話がわかる人だよ」


 とエマが言う。

 

「俺はローナン・セルバンテス。ま、よろしく頼むよ」


 ローナンがニコリと笑う。服を着崩しながらも、下品にならないよう注意しているのが印象に残る。

 第一印象で見た二人は硬と柔といった感じだった。

硬のアランはまっすぐと背を伸ばし、いかにも真面目で堅物といった雰囲気だった。

 対する柔のローナンは軽薄っぽい態度だがそれが親しみやすさを出している。

 

「アランとローナンは私の幼馴染みでもある。学園生活で困った事があれば二人に相談すると良い」

「ルーシー・アークライトと申します。よろしくお願いいたします」


 挨拶と自己紹介が終わると給仕係が食事を運んできた。

 聞けばランディール騎士団はこの場にいるのが全員だと言う。リーダーを含めたったの六人。少数精鋭だとしてもあまりに数が少ないのは、ランディールがまだ学生というのもあるが、それ以上に真に信頼できる者のみを団員にしているからだ。

 信頼とはすなわち、ランディールの胸中にある無属性差別をなくしたいという志を明かしても良いと思える相手だ。


「ルーシーのテーブルマナーは見事だな。平民の身でそれを身に付けた努力は賞賛に値する」

「アランさあ、女の子褒めるならもうちょっと砕けた感じにしろよ」

「自分は賞賛とは敬意と思ってる。敬意を真面目にやらんでどうする」

「お前ってちょっと強面だから真面目な顔すると威圧感があるんだよ。ルーシーもそう思うだろう?」

「褒めていただいて、とても光栄ですよ」


 威圧的だとはルーシーも思ったが口には出さない。


「不備があるというのなら、ローナンが手本を見せてくれ」

「俺がぁ? うーん……エマ、代わりにお願い。君、女の子口説くの上手そうだし」

「ちょっとローナン」


 堅苦しい雰囲気はない。むしろクルーシブル家に居候していた時によりも気持ちが楽だ。

 それからルーシーの学園生活は順調だった。

 機械工学や電気工学などの授業はもちろんの事、魔力操作術や魔法歴史学といった他の授業でも、1を聞いて10を知るほどに知識を身に付ける。

 

 このルーシーの物覚えの良は座学だけでなく実技にも発揮された。

 アーサー王と同じ属性を持つからには騎士としての訓練は必須と、ルーシーのカリキュラムには魔法戦闘術や剣術、馬術などが組み込まれていた。

 それらをルーシーはあっという間に会得した。 

 文武両道で光属性の持ち主。平民の分際でと妬む貴族はいたものの、それは一握りだけで、ほとんどの生徒はルーシーを認めた。

 

「ルーシーさん、お茶でもいかがですか」

「申し訳ありません。すぐに帰って研究をしていたいので」


 入学当初以上に、誰もがルーシーのお友達になりたがるようになった。放課後になるとお茶会の誘いをルーシーは受ける事がある。

 普通の生徒なら将来の人脈作りに一にも二にもお茶会に参加するものだが、ルーシーは全ての誘いを断り、すぐにクルーシブル家別邸に用意された自分の部屋にこもった。


 全ての魔法が使えるようになる道具の発明。それがルーシーにとって何よりも優先すべき事なのだ。

 まだ試作品すらできていないそれを、ルーシーはスマート・アーティファクトと名付けた。

 時間はいくらあっても足りず、夜遅くまで研究を続け、ルーシーは睡魔の限界が来ると気絶するように眠った。

 


「雷鳥、これは?」

「科学力で魔法を補助する装備よ」

「ありがとう。これはきっと役に立つ」

「今の私にはこれが精一杯。お腹に赤ちゃんがいなければ私もこの戦いに参加できたのに」

「いいんだ雷鳥。今は自分の体とお腹の子供を第一に考えてくれ。世界を守るなんて、父親の初仕事としてはまあまあじゃないか」

「信じているわ隼人さん、いえ、ブラックソーサラー」

 


 ルーシーは夜中に目が覚めた。

 何か夢を見ていたようだ。だが多くがそうであるように、ルーシーは夢の内容を忘れてしまっていた。

 その時に、ルーシーは一つのアイデアをひらめいた。


「あ! これなら!」

 

 ルーシーは机に飛びつき、アイデアを書き留める。今ここで止まってしまえば、手がかりがすり抜けてしまいそうだった。

 

「どうしたのですかルーシー。なんだか様子がおかしいですよ」


 朝食の時にマリアから心配されてしまった。寝不足で目に隈を作っているのにルーシーの目はらんらんと輝いていたのだから当然だ。


「いえ、夜中にちょっと新しいアイデアをひらめいて。忘れないうちに書き留めて置きたかったんです」

「情熱があるのは良いですが、生活は規則正しくした方が良いですよ」

「ええ、気をつけます」


 そうは言ったが、結局毎日のように夜遅くまで研究活動に没頭していた。



 エヴァンズ夫人は義娘のエマが運転する自動車で、クルーシブル家の別邸へ向かっていた。


「ルーシーが自分の発明品を見て欲しいと言ってましたけど、どんなものか楽しみですね、お義母様」

「ええ、本当に。あの子はエマと同じくらいの天才よ。だから、ルーシーに私の学生時代のような苦労をさせたくないわ」


 エヴァンズ夫人が魔力機関の第1号を発明したのは王立学園1年生の時だ。当時の魔力工学と言うのは魔法の補助具を作る程度の学問で、さほど重要視されていなかった。

 同級生だったベティヴィア13世(当時は戴冠前でリチャード・シルバーソードと名乗っていた)がその可能性に気づき、魔力機関の研究を手助けしてくれたが、それでもかなりの苦労をした。

 だが今は違う。魔力工学革命で社会を進歩させたエヴァンズ夫人には権威がある。それを上手く使えば、ルーシーの才能にケチを付けるような低知性の思考放棄者を黙らせられるだろう。


「エマとルーシーには期待しているわ。私はたぶん、ここまででしょうから」

「珍しく弱気ですね。お義母様だってこれからも活躍できますよ」


 エマが励ましてくれるのは素直にうれしい。 しかし目をそらせない現実というものがある。


「でも目的は果たせなかった。魔力工学革命で文明を進歩させれば、人の心も進歩して無属性差別が減ると思ったけど、そうはならなかった」

「それは……そうですけど」


 エヴァンズ夫人もマリアやランディールと同じく無属性差別の撤廃を目指していた。

 彼女がその志を持ったのは10歳の頃だった。当時エヴァンズ家は慈善活動で貧民に食べ物を配っていた。だが無属性の人たちには与えられなかった。

なぜと父や兄に問うと、二人は無価値な人間に恵んでやる食べ物などないと断言していた。

 その言葉に、エヴァンズ夫人は一つの答えを見た。差別とは、一握りの悪党による悪事ではない。これは人の知性の未熟さが招いているのだ。

 

「はるかな昔、人は石器を振りかざすだけの野人だった。でも文明が進歩するにしたがって人は賢くなった。だから、いずれ差別しない心を持つと思ってたけど……」


 エヴァンズ夫人は周囲を見渡す。ロンドンの街並みは魔力工学革命が起きる前とではまるで別世界となっている。


「これだけ文明が発達しても差別はほとんど消えなかった。世間は私が魔力工学革命をもたらしたなんて言うけれど、人の進歩には大した足しにはならないのでしょうね」

「お義母様……」

 

 そんな話をしているとクルーシブル家の別邸に着いた。

 

「やあ君達も呼ばれていたようだね」


 ルーシーの自室にはランディールも来ていた。婚約者のマリア、それに幼馴染みのアランとローナンもいる。


「それでルーシー、作ったものを見て欲しいという事だけど、その腕輪かしら?」


 エヴァンズ夫人はルーシーの右手首にあるそれを見て言う。


「はい、まずはこれを見てください」


 ルーシーが人差し指を立てると、その先に小さな火が生じた。炎の魔法だ。


「私の属性を炎属性に変換しました」


 皆、無言だった。あまりの出来事に言葉を失っているのだ。


「スマート・アーティファクトが完成したの?」


 エヴァンズ夫人が言葉を絞り出すように言った。


「いえ、半分だけです。あくまで魔力属性を変換しただけなので、生来の属性と異なる魔法を使いこなすにはかなりの訓練が必要になるでしょう。実際、今の私にはこの程度の火しか出せません」


 ルーシーは指先から火を消す。


「なら、次は魔法記憶媒体ね」


 エヴァンズ夫人がルーシーに言う。

 

「はい。魔法を使うのに必要な情報を記憶した媒体に、その魔法に属性を最適化した魔力を流し込む。それによって訓練無しでの魔法の発動が可能となります。原理としては、古代文明が作ったアーティファクトと同じです。違いは記憶する魔法が固有魔法か通常魔法かというだけです」


 ルーシーの説明を聞いていたアランが、隣にいるエマに訪ねる。


「なら魔法記憶媒体とやらを作れば、ルーシーが言うスマート・アーティファクトは完成するのか?」

「そうなる。でもアラン、ここからが難しいんだ」

「どういう事だ、エマ?」

「記憶媒体にはオリハルコンが必要なんだよ」

 

 半分完成したのだから、残り半分も可能というわけではなかった。


「オリハルコンの製造法は古代文明の滅亡とともに消失している。古文書によれば、専門の職人が作っていたらしんだけどね」


 つまり、オリハルコンは現存するものが全てなのだ。

 オリハルコンの調達について、ローナンがランディールに進言する。


「ランディール様、古代文明のアーティファクトにもオリハルコンが使われています。故障して使えないのを潰してスマート・アーティファクトに当てるのは可能ですか?」

「難しいだろうな。壊れたアーティファクトは無事な部品を取り出して他のアーティファクトの修繕に当てられてるのが現状だ。仮にできたとしても……」


 ランディールがルーシーを見る。


「全ての人が、全ての魔法を使えるようにするのがスマート・アーティファクトです。安定供給のためにも、オリハルコン製造法の再発見か代用素材の開発が必要です」


 途方もない事だと、エヴァンズ夫人は感じた。


(きっと、ほとんどの人ができるわけがないと考えるでしょうね。でも……)


 エヴァンズ夫人はルーシーの目を見て言う。


「ルーシーならきっと実現できるわ。いつか、必ず」


 エヴァンズ夫人はルーシーに光を見た。それは魔力が光属性だからではない。無属性の差別がなくなる未来へつながる輝きだ。



 半分が完成したスマート・アーティファクトの開発だが、そこから先がなかなか思うようにはいかなかった。

 気がつけば学園はクリスマス休暇に入っていた。

 休んでなどいられないと思っていたルーシーは休暇中も研究を続けるつもりだったのだが、マリアから帰省を強く勧められた。

 

「いくら何でもクリスマスにご両親へ顔を見せないのは親不孝というものですよ」

 

 全く正論だったし、無理に無理を重ねたところでどうにかなるという問題でもない。一度気持ちを切り替えるべきかもしれないと思ってルーシーは故郷へと帰った。


「おかえりなさいルーシー。ロンドンはここより空気が悪いらしいけど体は大丈夫?」

「貴族達にいじめられたりしていないか?」

 

 数か月ぶりに見る母と父の顔に想以上の安らぎを覚えたルーシーは、学園でどう過ごしていたかを両親に報告する。

 学業は順調で、マリアやランディール達に良くしてもらっていると伝えると、両親はホッと安心した。

 ただ、スマート・アーティファクトについては伝えなかった。

 

 シルバーソード家からスマート・アーティファクトの開発は極秘で行うよう命令が下ったのだ。

 未完成状態のスマート・アーティファクトでは、他の属性の魔法を使うのに訓練が必要だが、それだけでも世界を根底から変える。世界中の国々が喉から手が出るほど欲しがるだろう。

 特に危険なのは海を挟んだ隣国のエウロペ帝国だ。技術欲しさに両親を人質に取るくらいは平然とやる。

  

 それを防ぐためにも、自分が何を作っているのか両親にさえも秘密にしなければならない。

 休暇中、ルーシーはクリスマスに家族と過ごす、どこにでもいる村娘として振る舞った。

 すると意外と心が軽くなった。


(焦っていたのかもしれないわね。これからは気持ちを落ち着かせて研究を進めないと)


 気持ちを改めたルーシーは再びロンドンへ向かった。

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