第12話 全ての人が全ての魔法を

 入学前に魔力工学の基礎を身につけられるようマリアはいくつかの入門書を贈ってくれた。

 以降、ルーシーは水を得た魚のように夢中になって魔力工学の勉学に打ち込んだ。 

 未知のものを知ることが想像以上に楽しく、もはや自分がなぜ突然魔力工学に興味を持ったのかという疑問はあっというまに消え去った。


 また、マリアが夏休み中は、彼女との午後のお茶会がルーシーにとって新しい習慣となった。勉強の環境を整えてくれたマリアから誘われれば、ルーシーに断る理由はない。

 マリアとのお茶会は、ルーシーにとって貴重な情報源でもあった。来年には大勢の貴族達と共同生活するのだ。学園で上手くやっていくには、その気風や考え方を知らなければならない。マリアはそれを惜しまず教えてくれた。


「教えてもらってばかりですみません」

「気にしなくて良いのよ。私もあなたのことを知りたくてお茶を一緒にしているのだから」


 そうやってお茶会を繰り返していくうちに、ルーシーとマリアはそれなりに親しくなっていった。身分差という現実がある以上、わきまえるべき一線というものはあるが、二人の間には信頼と呼べる繋がりが出来つつあった。

 そんなある日の朝、ルーシーはクルーシブル家にあてがわれた部屋の窓から、マリアの姿を見つけた。

 

 普段は常に使用人がそばにいるはずだが、その時に限ってマリアは一人だった。手にはバスケットもっている。

 マリアの向かう先は敷地内にある森だった。そこに誰かがいて、その人に食事を届けようとしているように見えた。


 ルーシーはクルーシブル家に来たばかりの頃を思い出す。

 突然慣れない環境で家族と離れて生活するストレスから、気晴らしに散歩しようと思った。だが、敷地内の森へと向かおうとしたとき、使用人達が血相を変えてルーシーを止めたのだ。

 理由を聞いても、使用人達は森に行ってはいけないの一点張りで、具体的なことはなにも教えてくれなかった。

 その時は貴族の家で波風を立てるわけにも行かず、ルーシーは素直に応じて庭の森へは行かなかった。


 もしかすると、マリアが食事を届ける相手にルーシーを会わせたくないから使用人達は森へ行くのを止めたのかもしれない。

 いったい誰なのかと気にならないと言えば嘘になるが、居候があれこれ詮索するべきではないので、ルーシーは知らないままの方が良いだろうと思った。

 そのすぐ後に、森にいる何者かの正体を意外にもルーシーは知ることとなる。


 マリアの夏休みも中間にさしかかった頃、クルーシブル家に普段よりも少し緊張した空気が流れ始める。

 聞けばマリアの婚約者であるランディール王子が訪問するというのだ。

 これはルーシーにとっても他人事ではなかった。今回のランディール王子訪問はルーシーとの面談という目的も含まれていた。


 家庭教師から太鼓判を押されたルーシーの礼儀作法はマリアとのティータイムを通じてますます洗練されていったが、しかし王子が相手となれば別だ。

 この日は天気がとても良かったので、庭の東屋でお茶会が開かれることとなった。


「お初にお目にかかります。ルーシー・アークライトです」

 

 ランディールに挨拶するルーシーの体はこわばって石像のようだった。関節はさび付いた歯車のように上手く動かない。


「そんなに緊張しなくても良いよ。今日は私的な訪問だからね」

「いつも私とお茶を飲んでいる時と同じで良いですよ」


 ランディールとマリアがにこやかに言う。


(緊張するなっていう方が無理ですよ!)


 ルーシーは心の中で悲鳴を上げた。

 何せ自分の目の前はあのランディール王子がいるのだ。円卓王国の全乙女にとって憧れの美男子! 彼のブロマイドを密かに持っている少女は多い。

 それからお茶会が始まった。

 

 マリアとランディールはリラックスしていたが、ルーシーは礼儀作法を間違えないように必死だった。お茶もお菓子も最高級品だが、じっくり味わう余裕など無い。

 礼儀作法を身につけ、マリアとのお茶会で多少の経験を積んだルーシーだが、この時ばかりは初心者に戻っていた。

 早く終わってくれとルーシーが願いながらしばらくお茶会が続く。


「こうして間近で見ると普通の女の子だな」

「恐縮です」

「君は多分、私の騎士団に入ってもらうと思う。それが一番ちょうどいいという結論になった」

「他の王子様との力関係の問題でしょうか?」

「その通りだ。最初はカーティス兄上かクリフォード兄上の陣営に入ってもらうという話だったんだが、いろいろと話がこじれた結果、なぜか私の元に置くことになった」


 それは〈光の継承者〉の運命による影響によるものだ。

 フェイトブレーカーはこの運命は変えようとしなかった。万が一、内戦を防ぐのに失敗すれば、次は内戦の被害をできるだけ少なくするよう動かなければならない。

 内戦中はランディール騎士団が平和を取り戻すために活動する。その中にルーシーが居ないのは都合が悪い。。

 

「残念だけど、私の元では将来の地位はあまり約束できない。私は王子だが、自分を国家に忠を尽くす者と考えている。二人の兄上のどちらかが次の王となったとき、私はそれを支えたいと思っている」

「もとより高い地位を求めておりません。今はただ、魔力工学を勉強したい一心です」

「それは良かった。政治的な話になってしまうが、光属性を持つ者が魔力工学を専攻するとなれば、世間の注目も高まる」

「ランディール様は魔力工学の地位向上を目指していられるのですか?」

「それが王国の発展につながると信じてる。それに私個人の夢にもつながる」

「ランディール様の夢とは?」


この時、ランディールとマリアが互いに目線をかわす。

 すると和やかだった二人の雰囲気が一変し、何かとても繊細なものを扱おうとする慎重さが伝わってきた。

 

「済まないが、席を外してくれ」


 ランディールが命じると使用人達が静かに去って行った。

 彼は何か人に聞かれたくない話をしようとするのだとルーシーは感じた。その証拠に、ランディールは使用人達の姿が完全に見えなくなるのを念入りに確認していた。


「私の夢を語る前に、君に一つ質問をする。余計な事を考えずただ素直に答えて欲しい。どんな答えだろうと君を決して咎めないと、神とアーサー王に誓う」


 いかにも王子様然とした柔らかな笑みが消え、ランディールの表情にはただ真剣さのみがあった。

 ルーシーはマリアを見る。彼女は隣にいる婚約者と同じ表情をしていた。

 これはきっとランディールとマリアにとってと大事な事なのだと分かった。


「分かりました。私も正直に答えると誓います」

「君は無属性魔力の保有者についてどう思う?」

「不当な扱い受けていると思います。人の優劣は魔法の有無だけでは決まりません」


 ルーシーが答える。するとランディールとマリアが安堵するように見えた。


「やはり君は光属性にふさわしい心の持ち主だったようだ」

「もしかして、ランディール様は魔力工学を普及させて無属性への差別をなくそうと?」

「その通りだ。魔力工学の恩恵に属性は関係ない。魔力工学が発展し、魔法を超えるものとなれば、魔法が使えないせいで差別される人が減る」


 ルーシーはランディールが過酷な問題に取り組もうとしているのを理解した。

 差別は強力だ。まるでそれが人の本能であるかのように。

 ランディールの声に浮ついた夢想家特有の熱はない。現実を理解した上で、冷静に理想を語っている。


「申し訳ないが、そのために君を利用することもあるかもしれない。アーサー王伝説と紐づく光属性の権威は社会的影響力があるからね」

「構いません。誰もが思いつくような野心ではなく、虐げられる人々のための理想になら、喜んで協力します」

「ありがとう」


 ランディールが立ち上がり、手を差し伸べる。

 自分がランディールから仲間の一人と認められたのだとルーシーは悟った。

 ルーシーはひざまずき、ランディールの手を取る。


「私は自らの才能をあなたに捧げると神とアーサー王に誓います」

「私は捧げられた汝の才能を理想のために使うと、神とアーサー王に誓う」

 

 ルーシーはランディールに忠誠を誓い、ランディールはその忠誠に報いると誓った。


「あなたの人柄は十分に理解したわ。だからあの子に会わせようと思う」


 マリアが言う”あの子”。おそらくは敷地内の森にいる人物なのだろうとルーシーは察した。

 ルーシーはマリアとランディールと共に森の中へ向かう。その先には隠れるように佇む離れがあった。

 マリアが扉を叩くと「どうぞ」という少女の声が返ってくる。

 中にはマリアに似た少女がいた。少し幼く見えるので妹なのかもしれない。ならば当然貴族のご令嬢であるはずなのだが、その身なりは清潔感だけを考えたものだった。

 この年頃の貴族令嬢なら着飾りたいと思うのが普通なのに、目の前の少女はそういった意思が感じられない。

 

「お姉様、彼女は?」

「ルーシー・アークライトよ。ルーシー、この子はロベリア。私の妹よ」


 その時、マリアがロベリアの顔色を窺うような視線を向ける。


「私が無属性だというのは隠さなくていいですよ。お姉様とランディール様が連れてきたのです、信用します」


 うすうすは分かっていた。マリアとランディールはルーシーが無属性を差別しないと念入りに確かめていたのだ。その態度を見れば、無属性を持つ誰かを慮っているのは間違いない。

 ロベリアが辛い境遇にあるのは、少しの想像力があれば理解できる。

 ルーシーはロベリアに同情した。そして彼女の気持ちに寄り添えると思った。

 自分だって以前はいつまでも魔法が使えなくて疎まれていたのだ。同じ苦しみを知る者として、友達になりたいと思った。

 その時、ルーシーは直前の自分の思考に対して怒りを感じた。


(私は他人に情けを掛けて優越感に浸りたいだけじゃないの?)


 光属性に目覚めたことで、上等な人物になったと傲慢になっていたのかもしれないと反省する。

 ロベリアに必要なのは情けではなく尊厳だ。社会が他の属性と同様の敬意を無属性に対しても持たなければ、ロベリアが真に救われる日は来ない。


「ルーシーは光属性の魔力を持っている」

「それは、凄いですね」

 

 ランディールがルーシーの属性を明かすが、ロベリアの反応は妙に淡白だった。サプライズを事前に知っていた。そんな感じだった。


「ルーシーは私とマリアの理想に手を貸してくれると約束してくれた。それで何かが大きく変わる訳ではないが、少なくとも君を助けたいと思う人が増えた」


 ランディールが言う通り、何かが変わったわけではない。

 光属性という権威を振りかざしたとしても、そう簡単に差別の心は変わらないだろう。社会の質と人の質はつながっている。人の心を変えるには社会を変えなければならないだろう。

 不当な扱いを受けている眼の前の少女のために、どう社会を変えれば良いのか。ルーシーがそう考えた時、暗闇の中に光が差すかのようなひらめきが生じた。


「ロベリア様、私は全ての人が全ての魔法を使えるようになる道具を作ります」


 マリアに何を学びたいと言った時、ルーシーは魔力工学だと答えた。その時はどうしてそう思ったのか分からなかったが、今ならわかる。

 無属性魔力の人々を差別から救うための道具を発明するためだ。

 どうすればそんな物が作れるのか。そもそも作れるものなのか。何もかも分からない。自分にそれが出来るか不安すらあった。だが自分が進むべき道という確信があった。


 ロベリアの瞳が驚きでわずかに開かれる。当然だろう。全ての魔法を使える道具なんて栄華を誇った古代文明ですら実現していないのだ。

 だがロベリアの驚きはどういうわけか安堵に変わった。

 

「頑張ってね。あなたなら必ず出来るはずよ。必ず、ね」


 ロベリアが口にする「必ず」は確信に満ちていた。ルーシーなら全ての魔法を使える道具を作れると信じていた。

 ルーシーは目的へと進み続ける勇気を得た。

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