第11話 無属性魔力

 ラ・ディオスとの戦いの翌日、スノウドロップはスティーブンと共にフェイトブレーカーとの合流地点へと向かった。予定通りならば前世の記憶を思い出したルーシーを連れてくるはずだ。

 しかしいざ合流地点についてみるといるのはフェイトブレーカーのみでルーシーの姿はなかった。

 

 記憶が蘇る時期がずれたかとスノウドロップは思った。

 だがそうではなさそうだった。フェイトブレーカーの青ざめた顔を見れば明白だ。


「ルーシーの前世の記憶が封じられたわ。解除を試みたけど、私が持つアーティファクトでは無理だった」


 先の戦いで死者を出さずに勝利した。しかし、味方を一人封じられてしまった。

 このようなひっ迫した状況において、スティーブンの協力はますます必要だ。

 

「協力してくれると言うのならぜひともお願いしたいわ。でも、どうして並行世界調査期間という組織は運命改変に協力するの?」


 感謝の言葉を伝えつつも、フェイトブレーカーの目にはスティーブンに対する警戒の色があった。

 無償の善意というものは時に疑われるものだ。スノウドロップも前世では純粋な良心に従っただけの行動を「何を企んでいる」と問い詰めらたことは何度もある。


「並行世界調査機関は第2並行世界の発展のため、他の並行世界に存在する知識や技術の調査を任務としている。内戦阻止に協力するのは、戦火で調査対象が喪失するのを防ぐためだ」


 フェイトブレーカーが値踏みするように見てもスティーブンは平然としていた。


「今は味方がほしいわ、どうか私達に手を貸して」


 フェイトブレーカーが手を差し出す。

 

「もちろん」


 スティーブンとフェイトブレーカーは固く握手を交わした。

 それを見てスノウドロップはホッとする。

 こうして新たな仲間が加わった。とはいえ、しばらくは大きな事件はない。

 小説ではドラゴンに両親を殺されたルーシーは、光属性に覚醒したというのもあって、クルーシブル家に引き取られる。


 シルバーソード王家は光属性という才能を適切に育てるため、 来年にはルーシーを王立学園に入学させる。その事前準備として上流階級の礼儀作法や基礎学習をクルーシブル家で受ける事になるのだ。

 そしてルーシーはのちの宿敵となるロベリアと出会う。

 小説でのロベリアは、ルーシーの出現で更に惨めな思いをする。 クルーシブル卿は実の娘を蔑みながら、ルーシーに我が子同然の愛情を注ぐ。


 更にロベリアを惨めにさせるのはルーシーの高潔な心だった。

 親を失って心の整理がつかぬまま詰め込み教育を施されるルーシーの境遇は、本来なら他人を気遣う余裕などないはずだ。

 にもかかわらず、ルーシーは差別されるロベリアに同情し、せめて自分だけは友達でいようと手を差し伸べたのだ。

 しかしその手は激しく拒絶される。


「何が友達よ! 人間以下の私に情けをかけて優越感に浸りたいだけでしょう!」


 ルーシーは本気でロベリアを救いたいと思っていた。だが、心を荒ませたロベリアは他人の善意を素直に受け取れなかった。

 とはいえ、スノウドロップがロベリアに転生したので、これらの出来事は発生しない。


 フェイトキーパーもルーシーとロベリアの確執のくだりは実現を諦めているだろう、というのがスノウドロップ達3人の共通見解だった。

 フェイトブレーカーはカーティスとクリフォードの和解工作を続けるためにロンドンへと戻った。


 スティーブンは、ダーリントンの郊外に自分用の隠れ家を作った。並行世界調査員は長期活動にための拠点を構築する装備を持っていた。


「ただ待つだけではもったいない。君が良ければ訓練を手伝う」


 スティーブンはこの準備期間中に師匠役を買って出てくれた。

 スノウドロップにとっては渡に船だった。強攻の暗殺者やラ・ディオスとの戦いは快勝とは言い難く、運に助けられた所が大きい。もっと力をつける必要を感じていた。

 スノウドロップが持つ技術や能力は前世から記憶と共に引き継いだものだが、それらのほとんどは独学で身につけたものだった。


 最低限の義務教育を除けば、誰もスノウドロップの師匠や教師になってくれなかったのだ。

 格闘術や剣術などの戦闘技術はライトウォリアーズ基地の資料集にあった教本から学んだ。

 活性心肺法と物質生成は完全に手探り状態だった。手順書や訓練法などない。スノウドロップと同じ人造人間がそのような技を使っていたという伝聞情報だけだった。


「君の2つの能力は、第2並行世界では既に体系化され、訓練法も確立されている。それを教えよう」


 スティーブンは言った。

 彼との訓練を通じ、スノウドロップは自分の力の使い方にかなりの無駄があると思い知った。

 同時にそれは可能性への気づきでもあった。前世の全盛期よりも強くなれるのだ。

 

「ねえスティーブン、あなたは複数の属性の魔法を使っていたわね」

「ああ。この世界では魔力に属性がなければ魔法が使えないと考えられているが、実際は違う。無属性でも魔法を使えるようになる訓練法が俺の世界では確立されている。だが……」


 スティーブンの口ぶりでは何か問題があるようだ。


「かなり年月をかけて訓練しなければならない。個人の資質にもよるが、1種類の属性の魔法を使うのに数年はかける。だから第2並行世界では属性因子付与手術を受けるか、この世界のアーティファクトのような魔法発動装置を使うのが一般的だ」

「私がその手術を受けるか、装置を借りるのは可能?」

「悪い、組織から許可が下りない。それに魔法を使えるようになるくらいなら、自分の長所を伸ばすべきだ。せっかくこの世界では貴重な無属性魔力を持っているんだからな」

「貴重? 無属性が?」

「そうだ。活性心肺法は無属性魔力が最も効率が良い。特に物質生成は無属性以外では不可能だ」


 驚きだった。無属性魔力は火をつけられない燃料のようなもので、〈光の継承者〉ではハンディキャップの象徴として描かれていた。


「なら無属性魔力の人々は私と同じ力を使えるのね」

「そういう事になる。とはいえ無属性魔力の利用法は慎重に普及させたほうが良いだろう。今まで差別されていた無属性魔力の人々が復讐に走る危険がある。あるいは有属性保有者から危険視されてますます迫害される」

「確かに、そうね……」


 今すぐ無属性魔力の差別をなくす事は出来ないだろう。だがいつか救われる日が来る。その糸口あると証明された。


「無属性魔力は君が授かった素晴らしい才能だ。運命を変えるにはそれを鍛えるのが必要不可欠だ」


 スティーブンの言葉にスノウドロップは胸にじんと熱がやどり、瞳がかすかに潤むのを感じた。無属性魔力は人生の足かせではなく、輝かしい贈り物である。スノウドロップの中にあるロベリアの魂が救われたと感じたのだ。



 建国の祖アーサー王と同じ光属性の魔力に覚醒したルーシーをどうするかは、さすがにすぐには決まらなかった。

 もしシルバーソード王家の王子達に婚約者がいなければ、ルーシーと婚約させていただろう。平民という身分など、アーサー王と同じ属性という権威があればマイナスにはならない。

 とはいえ実際には既に3人の王子は全員が婚約済みだ。

 それ以外の案も、いろいろな政治的都合があってなかなか決まらない。


 ひとまずの案として、ルーシーをロンドンの王立学園に入学させ、将来に備えて教養を養うという事になった。

 これはルーシーに権利が与えられたのではない。義務が課せられたのだ。

 王立学園は貴族も通っている。第3王子のランディールも在籍中というのもあり、ルーシーは上流階級と共同生活を送るのに必要な礼儀作法を学ぶ必要があった。

 加えて、国内最高学府の授業を理解するには、それだけである程度の学力も必要だ。


 そこでルーシーはクルーシブル家で学園入学に向けた基礎教育を住み込みで受ける事になった。

 ルーシーにしてみれば不安しかなかった。親元を離れて貴族の作法に合わせて生活しなければならないのだ。


「今日からお世話になるルーシー・アークライトと申します。どうかよろしくお願いします」

「あなたは神から大変な才能を授かったのです。それに見合うレディになるまで、私は一切手加減いたしませんのでそのつもりで」


 担当となった家庭教師は鬼教師を形にしたような年配の女性で、ルーシーは初日から帰りたくなった。

 だが、その後は誰にとっても意外な結果となった。

 家庭教師は厳しく指導すると言ったが、ルーシーは一度教わった事をすぐに覚えたのだ。

 礼儀作法も学業も次々と覚え、わずか1ヶ月で当初の予定を消化しきった。


「素晴らしい! あなたは想像以上に優秀な生徒です。私が教えられる事は全て教えました。学園に入学した後もきっと優秀な成績を収めるでしょう」

「え、ええ。ありがとうございます」


 砂が水を吸うがごとく次々と礼儀作法を覚えるので家庭教師は気を良くし、ルーシーを褒めちぎるほどだ。


(私、こんなにも物覚えが良かったのかしら?)


 まるで、昔覚えた事をも覚え直しているようだった。

 ともかく、ルーシー本人ですら戸惑う物覚えの良さは、彼女にとって助かった。礼儀作法さえしっかりしていれば、クルーシブル家での生活にある程度の自由を認められ、週に1度くらいは実家に帰る事も許してもらえた。

 もっとも光属性の魔法の習得は少々難航した。魔法というのは魔力にさえ覚醒すれば初歩的なレベルなら練習なしでも使えるようになる。だが応用技・派生技となるとそれなりに訓練が必要となる。


 アーサー王以外は存在が確認されなかったのが光属性なのだ。どうすれば上達するなど分かる者などいるはずもなく、そのあたりは月日をかけて研究するしかなかった。

 クルーシブル家で世話になってから数ヶ月、クルーシブル家の長女マリアが帰ってきた。王立学園が夏休みに入ったのだ。


「ごめんなさいルーシー。本当ならすぐに挨拶に伺うべきでしたが、学業が忙しくてなかなか帰ってこれずにいたのです」

「いえ、そんなお構いなく」


 マリアが帰ってきた後、彼女は早速ルーシーをお茶会に招待した。

 やっぱり王子様の婚約者になる人は違うと彼女を見て思った。

 マリアの所作は極めて洗練されていた。ルーシーの礼儀作法が一人前なら、マリアのそれは達人だ。

 ルーシーは自分とは生きる世界が違うのだと思い知らされた。


「学園ではあなたのカリキュラムをどうするのか、教師陣がそれはもう熱い議論を交わしているそうです」

「そうですか」

「自分の事なのに興味がなさそうですね」

「雲の上にいる偉い人たちが決めた事に従うのが私の義務です。国のお金で一番の学校に通えるのですから、それくらいは我慢しないといけません」


 心の底から納得しているわけではない。だが納得できる理由を作らなければ、やっていけないというのが正直な気持ちだ。


「教師達は自分が光属性保有者の恩師になる事ばかり気にしていますが、学業とはまず本人の学ぶ意思がなければ意味がありません。実際、ルーシーは何を学びたいと思っていますか?」


 これまでルーシーは他人の命令に従って礼儀作法や基礎教育を学んできた。

 マリアに言われたルーシーは何を学びたいのかと、初めて自分に問いかける。


「もし勉強する分野を自分で選べるのなら、そうですね……」


 とは言っても、ルーシーはこれまで自分の将来のために何を勉強すべきかあまり意識していなかった。小さい頃は自分の将来について漠然と両親が営むパン屋を継ぐのだろうと考えていた。


「魔力工学……マリア様、私は魔力工学を勉強したいです」


 今までルーシーは魔力工学などかけらも興味を持たなかった。だが自分が何を学びたいのかと考えた瞬間、ルーシーの中で魔力工学に対する情熱が突如として生まれた。

 奇妙な感覚だった。マリアとのお茶会を切り上げ、今すぐ魔力工学の勉強を始めたい衝動すらあった。

 それどころか、魔力工学以外の道は自分にとって間違った選択であるとすら確信しているほどだ。


「分かりました。確約は出来ませんが、あなたのカリキュラムが魔力工学に重きを置くよう根回しをしておきます」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 マリアの言葉をルーシーはとても嬉しく思った。正直言って、自分があの伝説の光属性に目覚めた事なんかよりも何百倍も嬉しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る