第9話 エルフの男

 現場に急行すると、若い男が赤い鱗のドラゴンと戦っていた。

 ドラゴンはカ・フレーだ。小説の描写と同じ姿をしている。

 男はドラゴンと対等に渡り合っている。その身体能力は活性心肺法を使うスノウドロップに匹敵していた。


「ええい、忌ま忌ましいぞ人間! おとなしく食われろ」


 カ・フレーが言葉を発する。この世界においてドラゴンは魔力を得た恐竜が進化した、人類よりも古い知性体なのだ。

 

「腹減ってるなら他のを食べくれ!」


 その男の手のひらに火の玉が生まれる。炎の魔法・火球の型だ。

 魔法がカ・フレーに命中して炸裂する。


「ええい、うっとうしい!」


 カ・フレーは口から炎の吐息を出して反撃する。

 男は氷の魔法・氷壁の型で炎の吐息を防いだ。

 さらには男は氷壁を飛び越えて、カ・フレーの背に着地する。


「じゃあこっちはどうだ!?」


 彼は電撃の魔法を纏った拳を叩きつける。

 強力な電流がドラゴンの体を駆け巡る。カ・フレーは悲鳴を上げるが、しかし激痛に思わず声を上げただけにすぎず、致命傷にはほど遠い。

 眼の前で繰り広げられる戦いをスノウドロップは唖然として見ていた。

 人は一種類の魔力属性しか持たない。それがこの世界における法則だ。

 だがあの男は複数の属性の魔法を使っていた。

 スノウドロップは男の耳が長くとがっているのに気づく。

 

「あの耳、エルフ?」


 エルフは北ヨーロッパの民間伝承で語られる妖精の一種だ。多くのファンタジー小説において不老長寿の神秘的な民族として登場する事が多い。

 前世の世界では空想上の存在であるエルフだが、実はこの世界では実在が確認されている。


 アーサー王伝説が史実となっているように、多くの神話もこの世界では実際に起きた出来事となっているためだ。

 だからエルフがいる事自体はおかしくない。だが、複数の属性の魔法を使うエルフは確認されていない。もちろん、小説にも登場していなかった。


(彼は一体何者?)

 

 エルフの男はドラゴンが繰り出した尻尾攻撃を受けて吹っ飛ばされた。

 スノウドロップは男を受け止める。


「大丈夫!?」

「君は?」

「そんな事より、あいつをなんとかしないと」


 男を吹っ飛ばしたカ・フレーは翼を羽ばたかせて飛び立とうとしていた。ルーシーがいる村に向かって人を食うつもりだ。

 スノウドロップはスーパーパワーで大型の手裏剣を生成して投擲する。高速回転する十字星は、ドラゴンの翼膜を切り裂いた。

 巨体が墜落するとズシンと地面が揺れる。


「貴様! よくも俺の翼を!」


 怒りの目をスノウドロップに向ける。

 ドラゴンの誇りを傷つけられたカ・フレーは、何が何でもスノウドロップを殺さなければ気が済まないだろう。被害を出さずに敵を倒したい彼女にとってむしろ好都合だった。


「消し炭にしてやる!」

 

 ドラゴンが大きく息を吸う。全力で炎の吐息を出すつもりだ。

 地獄のような炎がスノウドロップと男を飲み込んだ。

 炎が通り過ぎた後、二人は跡形もなく消滅していた。


「ふん! こざかしく邪魔しやがって」


 翼を傷つけられたドラゴンはそのまま徒歩で村へと向かおうとする。

 もしカ・フレーがもっと用心深かったのなら、二人が立っていた場所に穴が開いていたのを不審に思っていただろう。

 直後、地面から槍が飛び出し、カ・フレーの心臓を貫いた。


「そんな、攻撃? どうやって」


 彼は自分の死因も分からず絶命した。

 地中からスノウドロップとエルフの男が現れる。


「助かったわ。あなたが土の魔法でトンネルを掘ってくれたおかげでドラゴンを仕留められた」

「こっちこそ感謝してるよ。俺の攻撃じゃドラゴンに致命傷を与えるのが難しかったからね」


 二人は握手で互いの健闘をたたえ合った。


「俺はスティーブン・ウィズダム。君は? ああ、無理に本名を名乗らなくてもいいよ。そういう格好をしてるって事は、正体を隠したいんだろ?」


 仮面で素顔を隠しているのを見て、彼はいろいろ察してくれた。

 

「事情をくみ取ってくれてありがとう。私はスノウドロップ」


 彼女はスティーブンの配慮に感謝しながら名乗った。


「君もあいつを倒しに?」


 スティーブンが後ろにあるドラゴンの死骸を親指で指す。


「そのとおりよ」


 スノウドロップは一つの疑問があった。彼は”君も”と言った。つまり、目的は同じとなる。


(なぜ、スティーブンはカ・フレーの事を知っていたの?)

 

 小説では地の文で「カ・フレーがこの地で休眠していたとは誰一人知らなかった」と記述されていた。

 つまりカ・フレーの存在は、本当ならこの世界の誰にも知られていないのだ。小説の筋書きを知っていない限り。


 複数の属性の魔法を操り、この世界のルールから外れた男。そして誰も知らないはずの事を知っている。


(もしかしたら……)


 その時、上空を何か大きなものが通り過ぎた。思わず見上げると、それは先ほど倒したのとは別の黄色い鱗のドラゴンだ。


「あれは、ラ・ディオス!? どうしてこのタイミングで!?」


 ラ・ディオスは雷の吐息を使うドラゴンで、小説では第3部に登場するキャラクターだ。しかし現在では、ここから遙か西にあるアイルランド島にいるはずだ。

 ラ・ディオスの背にフェイトキーパーが乗っているのが見えた。


「まずいぞ、ヤツは村へ向かってる」

「私はあいつを追いかける。あなたは安全な場所に避難して」


 だが相手は空を飛んでいる。スノウドロップが活性心肺法で身体能力を強化しているとは言え果たして間に合うかどうか。


「いや、俺も手を貸す! そもそも村を守るために来ているんだ!」


 スティーブンがスノウドロップを抱き上げて地を蹴る。すると彼はみるみる上昇し、弾丸のように加速する。風の魔法・飛行の型を使ったのだ。


「ラ・ディオスの背に誰か乗っているぞ」


 彼と同じく、スノウドロップもその男の姿を見ていた。


「フェイトキーパー!」


 フェイトキーパーはこちらを振り向いて睨み返す。

 わずかに雰囲気が違っていた。彼の目は以前と比べて遥かに真剣さがましており、こちらを嘲るような色はなく、油断ならぬ気配を宿していた。

 もうすぐラ・ディオスが村に到達する。

 スノウドロップはスーパーパワーで巨大な弓と槍を生成する。


「上昇して!」


 スティーブンが高度を上げてくれる。

 ラ・ディオスが深呼吸をし始める。ドラゴンの吐息を使おうとしているのだ。

 電撃の吐息を使うラ氏族でも指折りの実力者である彼なら、たった一撃で村を壊滅できるだろう。


 スノウドロップは槍を矢の代わりにして放った。

 ラ・ディオスが電撃の吐息を放とうとする直前、槍は彼の口に命中する。衝撃で口は閉じ、そのまま槍が貫通して縫い付けた。

 強力な電撃が口の中で炸裂したが、彼は悲鳴を上げる事も出来ない。

 痛みで羽ばたく事を忘れてしまい、雷のドラゴンは村の広場に墜落する。

 背に乗っていたフェイトキーパーは衝撃で投げ出される。


「何だあの男は。あんなヤツ〈光の継承者〉には出てこないぞ!?」


 彼はエルフの男を見て言う。

 スティーブンは静かに着地し、スノウドロップを下ろす。


「こんな安っぽい武器で私を刺しやがって!」


 口から引き抜いた槍をラ・ディオスは投げつける。スノウドロップは難なくそれを受け止め、構えた。


「スティーブン、あなたはフェイトキーパーを押さえていて」

「分かった。君も気をつけて」


 ラ・ディオスが天に向かって吠える。ドラゴン文化における決闘の礼儀作法だ。


「我が名はラ・ディオス。ラ氏族の戦士! 名を名乗れ、人間!」

「スノウドロップ」

「その名前、覚えたぞ!」


 ラ・ディオスが構える。

 ラ氏族の骨格は他のドラゴンよりも人間に近い。そのためか、彼らはドラゴンの強靱な肉体を最大限生かせるよう格闘技を学ぶ。

 そのため五つあるドラゴンの氏族ではラ氏族が最強といわれる。

 ラ・ディオスの身長は5メートルを超す。スノウドロップはまるで小人のようだった。


 彼はボクシングのフックのような動きでひっかいてくる。

 剣のようなドラゴンの爪に電光が纏っている。電撃の魔法を付与しているのだ。

 相手の攻撃が当たる直前に一歩下がって避けた後、すかさず槍で突く。


「何の!」


 ラ・ディオスが槍の穂先の側面を裏拳で叩く。この時、スノウドロップはあえて槍を手放した。衝撃で体勢が崩れるのを防ぐためだ。

 槍がくるくると回りながら吹っ飛ぶ。スノウドロップはすかさず次の槍を生成した。

 スノウドロップは自分が勝てるか不安があった。


 ラ・ディオスは〈光の継承者〉の登場キャラクターの中では五指に入るほどの実力者だ。

 スノウドロップはまだ前世の実力を完全には取り戻していない。それでも戦わなければならない。そうしなければこの村の人々が命を落とす。

 ラ・ディオスが深呼吸をする。再び電撃の吐息を繰り出そうとしているのだ。

 スノウドロップが槍を突き出す。ラ・ディオスは両腕を交差させて防御しようとする。

 槍がくの字型に曲がり、腕のガードを下からくぐり抜けてみぞおちに突き刺さった。スーパーパワーを応用して武器を変形させたのだ。


 槍はドラゴンの鱗を貫けなかったが、呼吸中にみぞおちへ不意の衝撃を受けたラ・ディオスがむせるように息を吐き出す。電撃の吐息は出ない。不発だ。

 槍の形を戻す。相手が呼吸を整える前に攻撃を繰り出す。

 相手の胸に槍の穂先が触れる。

 スノウドロップがさらには押し込む。鱗と筋肉を貫く感触が返ってくる。屈強なドラゴンであっても死を予感したのか、彼は顔をひきつらせた。

 このまま槍が内蔵に達しようとした瞬間、ラ・ディオスは体をターンさせて力を受け流した。さらには回転の勢いを借りて尻尾にようる反撃を繰り出してきた。


 スノウドロップはジャンプして尻尾攻撃を回避しようとするが、それは失敗だった。

 続けて後ろ回し蹴りが来た。尻尾で攻撃しようとしたのはフェイントだったのだ。

 空中では身動きが取れない。

 とっさに防御はできたが、それでも軽減できないほどの衝撃が襲いかかる。スノウドロップは背後の建物に叩きつけられた。

 ラ・ディオスが胸に刺さった槍を引き抜いて捨てた。


「今のは、焦ったぞ。どうやら私は無意識のうちに、お前ほどの戦士をたかが人間と見下していた。恥ずかしさで憤死しそうだ」


 ラ氏族最強の戦士は右手で手刀の形を作った。その手は眩しいほどの電光を放っていた。


「スノウドロップ、お前を倒すのにはこの技が必要だ」

 

 スノウドロップはその攻撃を小説で知っている。ラ・ディオスの得意技。強力な電撃の魔法を右手に宿して繰り出す、手刀突きだ。

 回避しなければならない。彼女は立ち上がろうとするが力が抜けて膝をついてしまう。先ほどの叩きつけられた時のダメージによるものだ。


「覚悟!」


 ラ・ディオスが必殺の一撃を繰り出そうとする。


「駄目ーっ!」


 その時、横合いから別の閃光がドラゴンを飲み込む。


「ぐわあ! 何だ!?」

 

 閃光が放たれた方向を見ると少女がいた。〈光の継承者〉の主人公ルーシー・アークライトだ。

 おそらく小説の筋書き通りに光属性の魔力に目覚めたのだろう。

 ルーシーがとっさに放った光の魔法はラ・ディオスに致命傷を与えられなかったが、大きな隙を生み出した。このチャンスを逃がせば、ラ・ディオスを倒せない。

 スノウドロップは力を振り絞って立ち上がる。新しい槍を生成して無防備になったラ・ディオスに突き刺した。今度は避けられなかった。槍はドラゴンの心臓を貫く。


「くそ……こんな時にまさかアーサーと同じ魔法を使える者が現れるとは」


 ドラゴンは倒れる。

 ルーシーの方を見ると、自分が光の魔法を放った事に驚いて唖然としてる様子だった。


「スノウドロップ! 無事か!?」


 スティーブンが駆け寄ってくる。

 

「ええ、なんとか。フェイトキーパーは?」

「ドラゴンが倒れた途端に逃げていった」

「そう……とにかく目的を果たしたから、私は人が集まってくる前にここを去るわ」

「なら送っていくよ」

「助かるわ」


 彼はスノウドロップを抱き上げ、風の魔法・飛行の型を使って空に飛び上がった。 

 地上にいるルーシーを見る。彼女は不安そうな目でこちらを見上げていた。

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