第7話 超力装甲スタールビー②
自分を倒しうる存在の出現に対し、マイティフィストの心にあるのは驚きや焦りではない。
力が足りなければもっと引き出せば良い。ただそれだけだった。
マイティフィストはエネルギー弾を撃った。
スタールビーはスーツのコスモジュムからパワーを引き出し、バリアを生成する。
エネルギー弾がバリアに触れた瞬間、大爆発が引き起こされた。大地を揺らす衝撃は地震のようだった。
最初に撃たれたのとは比べものにならない威力だった。スタールビーのバリアは紙切れのように破られ、彼女は膨大な破壊の奔流に飲み込まれる。
煙が晴れた後、爆心地では彼女が倒れていた。パワードスーツは破損し、割れたヘルメットから素顔が見える。
「君のコスモジュムよりも私の方が強力だな」
マイティフィストはゆっくりと空から降りてくる。
「これで分かっただろう。正義は必ず勝つ。私は今まで負けなかったから正しいのだ」
このままではマイティフィストは神になる。自分の行いを省みず、強大な力で強引に善悪をねじ曲げる暗黒の支配が訪れる。
スノウドロップを殺した彼を正義にするわけには行かなかった。
スタールビーは立ち上がる。破損したスーツのあちこちから火花が散った。
「どうしてそんなに頑張る。なにが君をムキにさせている」
「一度も困難に立ち向かった事がない輩には分からないわよ」
スタールビーは一言では言い表せない大冒険の末にもう一つのコスモジュムを手に入れた。
膝を折り、叩きのめされ、地を舐めて土の味を幾度知っても、それでもなお気力を振り絞って立ち上がれたのは、スノウドロップの存在があったからだ。
ここで諦め、負け犬でいる事を受け入れてしまったら、彼女はそんな人間を助けるために命を捨てた事になる。スタールビーにとってそれだけは断じて認められなかった。
だが科学者としての彼女は状況を客観視し、自分は勝てないと悟っている。
マイティフィストがゆっくり近づいてくる。
もはや死は避けられない。だが、死に方の選択肢が残されている。
パワードスーツには自爆装置があった。コスモジュムの力を利用したそれは、計算上では爆心地から数キロの範囲を原子分解せしめる威力を発揮するだろう。
幸いにも周囲に人はいない。後は起動するだけだ。
その時、二人の間に黒ずくめの男が現れた。
姿を見せるまで、彼の気配は全くなかった。何らかの方法で瞬間移動してきたのだ。
「ブラックソーサラーか。いったいどうしたんだい?」
マイティフィストが男の名を呼ぶ。
数ヶ月前にライトウォリアーズに加入した若手のヒーローだとスタールビーは記憶している。
ブラックソーサラーはある時期まで、どこにでもいる平凡な男だった。彼は数年ほど失踪していた時期がある。その後、再び世間に姿を見せた時、魔法の力が使えるようになった。噂では失踪期間中に、魔法使い達の秘密の学校に通っていたと言われているが真偽は定かではない。
「お前を倒しに来た。スノウドロップの仇を討つために」
彼は仲間であるはずのマイティフィストに明確な敵意を向けた。
「君一人が駆けつけたところで、
「俺一人? 果たしてそうかな?」
ブラックソーサラーが右手を掲げて指を鳴らすと、さらに数人の男女が瞬間移動してきた。
スタールビーはそれらの顔に見覚えがあった。この2、3年でライトウォリアーズに参加した新人ヒーロー達だ。
多種多様なコスチュームに身を包むヒーロー達は、皆一様にマイティフィストを睨みつけ、明確な敵意をぶつけいている。
「ここに集結してきたのは俺を含め、スノウドロップに助けられた者達だ。みんな、自分達の恩人をお前が殺したと知って怒っている」
ブラックソーサラーがヒーロー達を代表して言った。
彼の言葉にスタールビーは勇気を得た。マイティフィストと言う邪悪な超人にノーを突きつける者は自分だけではなかった。スノウドロップの真の名誉を知るものは一人ではなかった。
「愚か者達が何人増えても変わらないよ。君達が何人集まっても、私に傷一つつけられない。唯一可能性のあるスタールビーも一歩及ばなかった」
「確かにそうだ。だが俺達は、その及ばない一歩を埋めるためにやってきた」
ブラックソーサラー達はただ怒りに任せて駆けつけたわけではないようだ。
「スタールビー、俺の魔法で俺達のスーパーパワーをお前に集結させる」
「分かった。すぐにお願い」
リスクがあるのか確認はしない。即断即決だった。マイティフィストに唯一対抗可能な自分に戦力を集中させる。合理的で迷う理由がない。
「度胸のある女は好きだ。気合い入れろよ!」
ブラックソーサラーが笑みを返す。
彼が魔法を使った直後、膨大な力の奔流が自分に注ぎ込まれるのをスタールビー自覚した。
ヒーロー達のスーパーパワーと共に彼らの想いも流れ込んできていた。
いくつものの場面が現れては消えていく。それはヒーロー達がスノウドロップに助けられた時の記憶だ。
出会ったばかりで、互いの人柄すらまともに知らないにもかかわらず、スタールビーは達はスノウドロップという繋がりを持って心を一つにした。
スーツにあるコスモジュムが光る。その輝きの強さは先ほどよりもはるかに力強い。
スタールビーは自分に集結されたいくつものスーパーパワーを使い、即座にスーツを修復・強化した。
生まれ変わったスーツを纏い、彼女はマイティフィストに対峙する。
「スタールビー、その力を手放すんだ。それは間違った力だ」
「気に食わなければ私を殺せば良い。ずっとそうして来たでしょう」
マイティフィストの右目に独善的な殺意が宿る。彼は無造作に拳を繰り出した。
無敵の拳をスタールビーは真正面から受け止めた。命中の瞬間に生じるはずの、衝撃波はなかった。防御に向いたいくつかのスーパーパワーを組み合わせて、敵の攻撃をただのパンチに弱体化させたのだ。
マイティフィストがもう片方の拳を振り上げる。
スタールビーはまばたきする間に5回の打撃を叩きつけた。おそらく相手は一度の打撃と錯覚しただろう。
まるで見えないワイヤーに引っ張られたようにマイティフィストは飛んでいく。数度バウンドした後、彼は地面に爪を立てて減速した。
「こ、こんな本当の正義を理解していなに輩に私が負ける?」
「違うわ」
「なに?」
「私も、私に力を貸してくれた人たちも、あの人が助けてくれたからここにいる。お前を倒すのは私達だけど、お前が真に負けるのはスノウドロップよ」
スタールビーが跳び蹴りを放つ。
「正義は私だ!
マイティフィストはバリアを作って防御する。
だがスタールビーの跳び蹴りはそれを易々と貫いた。
命中と同時にエネルギーの爆発が生じる。爆風が周囲の木々をなぎ倒す。
煙が晴れた時には既に勝敗は決していた。独善の怪物は地に倒れ、スタールビーが冷たく見下ろしている。
「やめろ、やめるんだ。私を殺したら、正義は永遠に消えて無くなる」
「殺しはしないわ」
スタールビーが手をかざすと、マイティフィストの右目とコスモジュムが分離する。元の色に戻った彼の右目が絶望に染まった。
摘出したコスモジュムがスタールビーの手の中におさまる。
「やめろ―!!」
スタールビーは超自然の宝石を粉々に砕いた。
「これであなたはもう無敵の超人じゃない。ただの人殺しとして、世界中の人々から蔑まれながら残りの人生を全うしなさい」
スーパーパワーを失った超人はただの人となった。
戦いは終わった。
マイティフィストのヒーローとしての価値で失われた事で、彼の友人達はあっさりと手を引いた。
司法は正しく悪を裁き、マスコミ達はこぞって彼を批判する報道を行った。
世界最高のヒーローは今や稀代の大悪党となった。
すでに大衆は気づいていたのだ。地球最強のヒーローは世界を守っているのではなく、支配しているのだと。だが彼の強大な力を恐れて、公然と批判できなかった。
マイティフィストを倒した後、雷鳥は自分のスーツに使ったコスモジェムを破壊した。これはあってはならない力だと思ったからだ。
それからしばらくして、ライトウォリアーズの解散が公表された。マイティフィストの本性が明らかとなってほとんどのヒーローが脱退したためだ。
民衆は新しいヒーロー組織を作って欲しいと雷鳥に言った。
彼女は社会に対してこう宣言した。
「私は新しい組織を作りません。ヒーローは個人のボランティアに徹するべきと私は考えています。ライトウォリアーズは巨大組織となり、権力を持つようになりました。マイティフィストが正気を失ったのは、コスモジュムの力だけでなく、権力も原因があると私は考えています」
これは雷鳥個人だけの考えではなく、スノウドロップに助けられたヒーロー達の総意でもあった。
いつしかマイティフィストを倒した雷鳥達は新世代ヒーローと呼ばれるようになる。
その後、いくつかの危機的事件が起きた。
宇宙海賊ヴァンダリストの襲来、マイティフィストを信奉するカルト教団の暗躍、禁断の魔女レディ・カオスの台頭、謎のテロリスト〈敵役〉の大規模国際テロ。
これらに対し、新世代ヒーロー達は一時的に小規模のチームを結成する事はあったが、権力を持つ組織は決して作らなかった。
雷鳥も国際的な大事件は別として、普段は日本を中心に活動をしていた。
ただし一人ではなかった。同じく日本で活動するブラックソーサラーとコンビを組んで活動していた。
彼の本名は蒼月隼人という。共に助け合う内に雷鳥は彼に惹かれるようになり、夫婦となるのにそう長い月日は必要なかった。
隼人の子を身に宿し、出産のために一時期はヒーロー活動を休止した事はあったが、ある程度育児が落ち着いたらすぐに復帰した。
そうして長年にわたって雷鳥はスタールビーというヒーローであり続けたが、年齢と共に体力が低下して戦い続ける事は出来なくなった。
引退後の雷鳥は自分の技術を後世に伝えるため、後進の育成に力を注いだ。彼女は多くの教え子達に尊敬される良き教師となった。
晩年の雷鳥は、愛する家族と自分を慕ってくれる教え子達と共に穏やかな日々を過ごしていた。
そうしてマイティフィストを倒したあの日から60年の月日が経った。
その頃になると、雷鳥は夢うつつのような日々を送っていた。若い頃は活力に満ちていて、毎日のように新しい発明品のアイデアを思いついては寝食を忘れて研究にのめり込んでいた。今となっては思考を巡らそうとしても、意識が半分眠ったようなままだ。
だが、その日に限っては霧が晴れたように意識がはっきりとしていた。
「おばあちゃん」
ベッドの傍らに雷鳥の若い頃とよく似た少女がいた。孫の赤木鳩美だ
「鳩美、今日が最後なのね」
「うん。何度も占ったけど、結果は変わらなかった」
3代目ブラックソーサラーを襲名した鳩美は、特に占いの才能に秀でていた。その力で多くの悲劇を防いでいる。
「みんなを呼んで。一人でも多く」
「分かったわ」
それから数時間の間に、雷鳥の家族、友人、仲間、教え子達が数多く彼女の家に訪れた。
彼女は一人一人に別れの言葉を贈る。
「隼人さん、それにみんな。私を愛してくれてありがとう。もう人生に心残り……心残りは……」
「雷鳥?」
隼人が心配そうに見る。
「違う……私は、ああ、私は何も出来なかった」
「そんな事はないよ。君は君にしか出来ない事をたくさんやってのけた。世界だって何度も救った」
「でもスノウドロップは救えなかった」
雷鳥はさめざめと泣き始める。
「私はこんなにもたくさんの人から愛されたのに、スノウドロップは一人寂しく、冷たい路上で死んでしまった。私は一番助けたい人を助けられなかった」
「あの時は仕方がなかったんだ」
夫の慰めの言葉は悲しみに暮れる雷鳥の心に届かなかった。
「ごめんなさい、スノウドロップ。助けられなくてごめんなさい。出来る事なら、あなたと同じ場所に生まれ変わりたい。そうしたら今度こそ、私を助けてくれたあなたを助けられるのに」
赤木雷鳥、またの名をスタールビーは無念の言葉と共に、その人生に幕を下ろした。
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