第6話 超力装甲スタールビー①

 コズミックローカスが東京を襲撃した日、スノウドロップが命と引き換えに守った少女の名は赤木雷鳥という。

 あの日、初めてスノウドロップと出会った雷鳥は、彼女の事をほとんど知らなかった。

 事件の後、雷鳥は彼女の事を調べた。自分を助けてくれた人をちゃんと知るべきと思ったからだ。

 プロの探偵やジャーナリストでもない雷鳥が出来るのは精々新聞のバックナンバーやネットの記事を読み漁るのが精々だが、それでもいくつかの情報は手に入った。


 コズミックローカスト襲撃からおよそ20年前、ドクターソートと呼ばれる悪の科学者が大規模なテロ活動を行っていた。

 ドクターソートはバイオテクノロジーの天才であると同時に異常な差別主義者でもあった。

 彼は自分と自分が生み出した人造人間のみが地球上で生きるに値する人類であると考えた。そして全人類を民族浄化するために、スーパーパワーを持つ人造人間の軍団を作り、世界を攻撃した。

 この未曾有の事態に、当時は別々に活動していたヒーロー達が団結する。ライトウォリアーズはこの時に結成された。

 

 ライトウォリアーズの活躍により、ドクターソートと人造人間達は倒された。

 戦いの後、ライトウォリアーズはドクターソートの秘密研究所を捜査する。

 研究所にはまだ赤ん坊の人造人間が培養カプセルに保管されていた。

 ヒーロー達はこの人造人間の処遇をめぐって議論した。最終的には、人造人間とはいえ赤ん坊を殺すべきではないと結論となった。


 こうして人造人間の赤ん坊はスノウドロップと名付けられ、ヒーロー達の手によって養育される事となった。

 だが世間からの目はスノウドロップに対して厳しかった。

 スノウドロップが成長し、かつて世界を恐怖に陥れた人造人間達と同じ姿になると、人々は彼女を蔑むようになった。

 もはやスノウドロップは生きる許可を得るために、正義の奴隷になる他なかった。


 スノウドロップはライトウォリアーズの一員として正義のために戦った。

 だがヒーロー達はスノウドロップを決して仲間とは認めなかった。その証拠に彼女はいつも一人で戦っていた。

 おそらく、あわよくばスノウドロップに死んで欲しいと思っていたのだろう。

 その態度に、雷鳥はヒーローが赤ん坊だった彼女を保護したのは、上辺だけの情けにすぎなかったのだと判断する。

 赤ん坊殺しの汚名は被りたくない、けど人造人間を守りたくもない。だからスノウドロップが独り死地へと向かうように仕向け、そこで命を落とすのを願っていいたのだ。 

 

「何がヒーローよ。何が正義の味方よ。自己顕示欲に取り憑かれただけじゃない!」


 雷鳥はスノウドロップ本当の正義の味方に報いる事が出来るのは、この世で自分ただ一人だと悟った。

 スノウドロップが自分の命と引き換えに守ったのだ。雷鳥は彼女の命に値する人物になろうとした。善良で誠実に生き、自らの才能を育てる努力を怠らなかった。

 元々神童と呼ばれるほどの高い知性を持っていたので、雷鳥が科学の天才と呼ばれるにはそう長い月日はかからなかった。

 

 彼女の発明は人類文明を大きく発展させた。

 一方で雷鳥は社会に対して常に一歩引いた立ち位置を維持した。スノウドロップを迫害した連中と必要以上に関わりたくなかったのだ。

 雷鳥が自分の才能を世のため人のために使ったのは、単純にそれが正しいからにすぎない。

 

 スノウドロップに対して恥ずかしくない人物となる。雷鳥が社会を軽蔑しながらも社会に尽力するのはその思いがあっての事だった。

 スノウドロップに助けられてから数年後、大人になった雷鳥は人里離れた山奥に自宅兼研究所を構えて生活を送っていた。

 生活に必要な物資は全て通信販売で調達した。注文した商品を運ぶ貨物用大型ドローンは雷鳥が開発して普及させたものだ。

 

 新技術の発表や雷鳥の発明品を製造販売する企業との契約交渉も、通信技術の発達でどうとでもなる。仮想現実によって今やリモートであるにも関わらず、面と向かっての会話すら可能だ。そのような時代をもたらしたのもまた雷鳥だった。

 このように雷鳥は他人と物理的に同じ空間を共有せずに生きてきた。

 そんなある日、雷鳥は自宅を建ててから初めてインターホンが鳴るのを耳にする。

 来客はあのマイティフィストだった。


「世界最高のヒーローが何かしら?」

「今日は君にお願いがあってきた」


 雷鳥はこれまで一度も使った事がなかった客間に彼を案内する。

 二人はテーブルを挟んでソファに座る。

 目の前のマイティフィストは異様に若々しく見えた。実年齢は50を超えているはずだが、その姿はまるで成人したばかりの若者だった。

 雷鳥はマイティフィストの右目を見る。


「私の目が気になるかね?」

「ええ、まあ。それがコスモジェム?」

「そうだ。25年前に地球に飛来した時、私の右目に命中し、そのまま同化した」


 人がスーパーパワーを獲得する要因はいくつかある。特殊な放射線や薬品による肉体変異。潜在能力を引き出す神秘的なトレーニング。あるいは超自然の物質の入手。マイティフィストは3番目の理由だ。

 

「あの時の痛みは今でもはっきり覚えている。だが、そのおかげで永遠の若さと正義のためのスーパーパワーを授かった」

(こんな男じゃなく、もっとマシな人にコスモジェムが与えられたら良かったのに)

 

 雷鳥はそう思わずにいられなかった。


「それで、私にお願いとは?」

「ライトウォリアーズに参加して欲しい。君の科学技術は正義のために使われるべきだ」

「お断りよ。スノウドロップを殺したあなたに味方するつもりはない」


 柔和な笑みを浮かべていたマイティフィストが真顔になる。


「何か誤解しているようだ。スノウドロップはコズミックローカストに殺された。奴らが放つ光線でね」

「スノウドロップはスーパーパワーで生成したプロテクターを身に着けていたわ。コズミックローカストの光線は大気圏内では距離減衰が著しく、彼女のプロテクターを貫通するには30メートル以内で撃たないといけない」

「なら、至近距離で撃たれたのだ。。彼女の遺体の近くにコズミックローカストの死骸があった。相打ちになったのだ」


 推測であるはずなのにマイティフィストの言葉は断言的だった。まるでそれが彼の望む結論であるかのように。


「相打ちじゃないわ」


 雷鳥は斬りつけるように言った。


「私は目の前で見てた。スノウドロップはコズミックローカストを倒した後に殺されたわ。けどその時、別のコズミックローカストなんて目視できる範囲にはいなかった」


 雷鳥はそのまま話を続ける。


「つまりコズミックローカストよりも強力な光線を放つ何者かが、遠距離からスノウドロップを殺したのよ」

「光線技を持つヒーローは多い。ましてやあの混戦だ。不幸な話だが流れ弾が当たったのだろう」

「〈バトラー〉、ファイル1023を展開。客間のモニターに映して」


 雷鳥は自分で開発した住宅管理システムに命じる。

 モニターに複数のウィンドウが開く。それは東京決戦で戦うマイティフィストの姿を写した写真や動画だった。


「これはスノウドロップが殺される直前のあなたの姿を写した写真や動画よ。当時、多くの人々があなた達の戦いの様子を撮影し、SNSや動画サイトに投稿していた」


 空中でマイティフィストが光線を撃つ姿、それがさまざまな方向から撮影されている。これらを見比べれば、彼がどの方向に向けて撃ったのかが分かる。

 モニターの画像が切り替わる。

 東京の地図に無数の光点が記された画像だ。


「これはあなたが光線を発射した瞬間における、他のヒーローやコズミックローカストの位置関係を示したものよ。WEB上に投稿された大量の画像をAIに解析させた」


 マイティフィストの位置を示す光点とスノウドロップの位置を示す光点が直線で結ばれる。


「この瞬間、あなたとスノウドロップ間には敵は存在しなかった。コスモジェムで強化されたあなたの視力なら敵と誤認するのもありえない。最初からスノウドロップを殺すために光線を発射したのよ」


 沈黙が場を支配する。マイティフィストからの反論はなく、雷鳥はそれをもって彼が犯行を認めたと受け取った。


「なぜ、スノウドロップを殺したの?」

「世界を守るためだ。彼女が世界に復讐する前に対処する必要があった」

「ふざけないで!」


 雷鳥は怒りの余り立ち上がった。


「あの人は自分を虐げた人たちを守るために戦っていた! そんなくだらない被害妄想であの人を殺したの!?」

「好きに言えば良い。世界に対する脅威は、どんなに小さくとも芽が出る前に摘み取る必要がある」


 マイティフィストは悠々とソファに背を預けた。


「それで、これからどうするんのかな? もう済んでるかもしれないが、警察やマスコミに証拠を送っても無駄だよ。私の友人は世の中を動かす仕事をしている者が多い」

「〈バトラー〉、動画サイトの私のチャンネルを写して」

 

 モニターに動画が表示される。それは雷鳥とマイティフィストのやりとりをリアルタイムで配信しているものだった。


「用意周到だね。でもこれも無駄だ」


 マイティフィストが立ち上がる。彼の右目に虹色の光が宿る。


「正義は必ず勝つ。なら君をここで殺せば私の正しさが証明される」

「あなたは狂っている」

「そう思うのは君が正しくないからだ」


 マイティフィストは手のひらからエネルギー弾を打ち出す。激しい爆発が生じ、雷鳥の自宅の半分が瓦礫と化した。


「本当に残念だ。君ほどの才能を持つ者を失う事になるとは」

「勝手に殺さないでくれるかしら」


 煙の中から雷鳥が現れる。彼女は今、真紅の装甲のパワードスーツに身に纏っている。

 胸元に白い花のエンブレムがある。スノウドロップと同じ名前の花だ。


「改めて名前を聞こう。変身したからにはその姿の名前があるはずだ」

「スタールビー」

 

 スタールビーが踏み込む。パワードスーツがもたらす超人的脚力は床を踏み砕き、彼女を弾丸のように突進させた。


「無駄だよ、コスモジュムが私を無敵に……」


 スタールビーが繰り出した拳がマイティフィストの言葉を中断させる。まったく防御の姿勢を取っていなかった彼は、スタールビーの突進の勢いと打撃の衝撃をダイレクトに受け止め、壁をぶち抜いて外へと射出された。

 マイティフィストが空中で姿勢を整えて着地した時、スタールビーはすでに追いついて跳び蹴りを繰り出していた。

 板状のバリアがスタールビーの攻撃を阻む。マイティフィストはもっぱらこの技を市民や味方の保護に使っていたが、自分の防御に使ったのは初めてだった。


「なぜ?」


 マイティフィストは戸惑った。彼はコスモジュムを手に入れて以来、一度もダメージを受けた事がないのだ。

 スタールビーの全身にうっすらと虹色の光が宿っているのを見てマイティフィストはハッと気づく。


「その光! その力の波動! 嘘だ、そんなはずない!」

「コスモジュムがこの世にただ一つだと、誰が証明したの」


 スタールビーが纏うスーツの胸部には、もう一つのコスモジュムが動力源として組み込まれていた。


「罪を告発したところで、あなたは力尽くで自分の正当化するのは分かっていた。あなたを倒すための力をあらかじめ用意しておくのは当然でしょう」


 実は、スタールビーはスノウドロップを殺した犯人をすぐに突き止めていた。

 だが犯人がマイティフィストであると分かってからは、彼を止められるだけの力が必要だった。

 彼女はマイティフィストを倒す力を探した。その中で、もう一つのコスモジュムを発見したのは奇跡以外の何物でもなかった。

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