第5話 カーティス王子とクリフォード王子
暗殺者の姿が完全に見えなくなると、見えない重圧に押しつぶされていた人々が解放された。
がっくりとうなだれる仮面の少女を人々はどうすれば良いのか困惑した様子で見ていた。ランディールとマリアを助けたのは事実だが、不審人物という点は疑いようもない。
「ランディール様、彼女を捕らえますか?」
護衛の騎士の一人が恐る恐る尋ねた。できれば主を助けてくれた恩人に乱暴を働きたくないと思っているようだった。ランディールも恩を仇で返したくない。
どうすべきか思案していると、 仮面の少女が穏やかな光に包まれた。回復の魔法だ。
この癒やしの光を生み出した者はだれなのかランディールは知っている。
マリアは神に祈りを捧げるように意識を集中させ、回復の魔法を使っていた。
「天才だ」
誰かがマリアの技をたたえる。彼女は幼い身でありながらすでに達人の域にある。
仮面の少女を魔法で癒やす婚約者の姿に、ランディールは天使のような美しさを感じた。美徳から生じる、清らかな美しさだ。
「ありがとう」
「私と私の大切な人を助けてくれたのだから、これくらいは当たり前です。ねえ、あなたの名前を教えてくださらない?」
「……スノウドロップ」
仮面の少女は少しためらいを見せた後、名乗った。
「スノウドロップ、もっとお礼をさせてください。怪我を治しただけではたりません」
だがスノウドロップは無言で立ち去った。常人をはるかに超えた身体能力で、彼女はあっという間に姿を消してしまう。
マリアはとても残念そうに彼女が立ち去った方角を見つけていた。
「彼女は一体何者なのだろうか?」
「分かりません。でも一つだけはっきりしていることがあります」
「それは?」
ランディールはマリアに問う。
「彼女は正義に味方する者です」
確かにその通りだと彼は思った。
自分とさほど変わりない年頃の少女であるにも関わらず、まるで建国の祖アーサー王の伝説に出てくる騎士のような高潔さを持っている。
ランディールはスノウドロップの尊敬の念をいだいた。
「マリア、僕は自分の騎士団を持ちたいと言っていたね」
「はい。ランディール様のお兄様達のどちらかが王となった時、それを支えたいと」
「スノウドロップには僕の騎士団に入って欲しい。そのために僕は正義の人となる必要がある。正義の味方に力を貸して貰うのに値する男に」
「きっとなると信じています」
正義を成し、少しでもこの国を良くする。そうすればロベリアのような魔法が使えない人も幸せになるはずだと、この時のランディールはそれを信じて疑わなかった。
●
強攻の暗殺者は暗い森の中をさまよっていた。彼は懐にしまっていた水薬の瓶を取り出そうとする。だが片手では上手くいかず、危うく地面に落としかける。
口を使って栓を抜き、腕の切断口に振りかける。思った以上に薬がしみてしまい、思わず顔をしかめる。
魔法で作った水薬は効果を発揮し、たちどころに出血を止める。
追っ手の気配はない。暗殺者はその場に座り込む。
「くそ、やっちまったな」
強攻の暗殺者は自らの腕を犠牲にして死を免れたが、代わりに職業生命を失った。
「次に会ったら必ず……や……る……」
失血で体力の大半を失った暗殺者はその場で気を失ってしまう。
彼が目を覚ますと全く見知らぬ部屋にいた。
「何だ、ここ」
「ここは俺が隠れ家に使ってる古代文明の遺跡だ。年代的には滅亡する少し前だな」
ベッドの横には見知らぬ男がいた。
「お前、俺を手助けしたヤツか」
「あの時は名乗れてなかったな。俺はフェイトキーパーという」
彼は暗殺者に向かって深く頭を下げた。
「本当にすまなかった。俺が調子に乗って手を抜いたせいで、お前に大きな迷惑をかけてしまった」
フェイトキーパーが頭を上げると、彼の目には悔し涙がわずかににじんでいた。
「もう二度と、あんな恥ずかしい真似はしない。そしてお前にできる限りの償いをする」
「償いとは?」
「お前に新しい腕を用意する。サイバネティクスといってな。古代文明は失った手足を機械で補う技術がある」
「そのサイバネティクスというのは、体全部を機械化できるのか?」
「可能だ」
「なら腕だけ言わず、全て機械化してくれ。そうでもしなきゃ、勝てない。あいつは絶対、もっと強くなる」
「わかった。今から準備しよう」
フェイトキーパーが部屋から立ち去ろうとする時、強攻の暗殺者は「ちょっとまて」と呼び止める。
「お前、あの小娘を知ってるそうだったな。なんて名前だ?」
「ロベリア……いや、彼女の名前はスノウドロップだ」
「スノウドロップ……スノウドロップか」
自分の魂に刻みつけるように強攻の暗殺者は彼女の名をつぶやいた。
彼はもう一度スノウドロップを戦うつもりだった。奪われた腕の復讐をしたかった。
あの時、フェイトキーパーの手助けがなければスノウドロップに負けていたかもしれないという事実を暗殺者はすでに認めている。
「あいつを倒すのに強くならなきゃな」
自分にはそれが必要だと強攻の暗殺者は考えた。
●
暗殺者襲撃の翌日、ロンドンへ戻ったランディールを出迎えたのは二人の兄だった。
「聞いたぞランディール。暗殺者を前にしても一歩も引かなかったそうじゃないか。さすが俺の弟だ」
「ランディール、お前はもっと自分の立場を自覚しろ。暗殺者に立ち向かうなど、王族にあるまじき蛮勇だ」
カーティス・シルバーソードはランディールの勇敢さを褒め、クリフォード・シルバーソードはランディールの軽率さをいさめた。
ランディールの兄たちは双子だ。だが全く同じなのは顔だけで、性格と才能は全くの逆だった。
カーティスは優れた軍事指揮官であると同時に、王国最強の男でもあった。
その実力は本物で、3年前の第13次ハドリアヌス・ライン防衛戦では、彼がいなかったらスコットランド地方からの魔物の侵攻を防げなかった。
対するクリフォードは政治に優れていた。
ヨーロッパの殆どを支配するエウロペ帝国と締結した通商条約は、もしクリフォードの優れた外交手腕がなければ、円卓王国が一方的に損をする不平等条約になっていただろう。
「カーティス。たきつけるのは止めろ。確かにランディールに才能はある。武芸の才がない私よりはるかに強い。だがな、この国で最強のお前には及ばない。自分の実力をわきまえて慎重に動くべきだ」
「クリフォードこそ自信を失わせるようなことを言うな。ランディールは俺よりも賢いから、大胆に動いても上手く立ち回れるさ。お前は国一番の知恵者だから、こいつほどの男ですら愚か者に見えているんだ」
顔以外は全てが正反対であるが故に、カーティスとクリフォードは顔を合わせるたびに険悪な雰囲気となってしまう。
「カーティス兄上もクリフォード兄上もどうか気をお鎮めください。お二人の気持ちは十分伝わっております」
ここ最近は双子の王子が口論になりかけるところを末っ子のランディールが間を取り持って納めるのがお決まりとなっていた。
さすがの二人も弟の前で争うべきではないと気づいたのか、お互い黙って目をそらした。
「後で俺のところに来てくれ。久しぶりに剣の稽古でもしよう。お前がどれだけ強くなったか確かめてやる」
「最近、政治学について優れた書籍を手に入れた。後で届けるから読むといい。勉強になる」
双子の王子達はお互い一瞬だけにらみ合った後、立ち去っていった。ランディールはそんな兄たちの背中を少し悲しげに見送る。
昔は二人の仲が良かった。互いの才能を認め合って切磋琢磨していた。
関係が変わったのは現国王であるベディヴィア13世が、カーティスとクリフォードの実力を見極めてどちらかを次期国王に指名すると宣言してからだ。
互いに次期国王の座を意識するようになると、競争心が少しずつ敵対心へと変わってしまったのだ。
ランディールは兄たちの関係が元に戻って欲しかった。どちらかが王になるにせよ、二人が互いの才能を補い合えば、アーサー王の治世に匹敵する時代がやってくると信じていた。
以前からそれとなく和解を提案してはいるが、あまり聞き入れてもらえない。
ランディールは兄たちと年が離れている。そのためか、兄達はいつまでも弟を子供だと思っている。
「早く、一人前にならないと……」
自分の言葉に耳を傾ける価値がないのなら、価値を持つしかない。兄たちを和解させるために、ランディールは一目置かれる人間になる必要があった。
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