第4話 強行の暗殺者
それからもスノウドロップはトレーニングを続け、毎晩の自警団活動でダーリントンの平和にささやかな貢献を果たした。
スノウドロップが前世の記憶を思い出してから1年が経とうとしていた。
内戦勃発の契機となる事件まであと5年だが、スノウドロップの運命阻止の使命はこの日から始まる。
今日はマリアの誕生パーティーが開かれていた。
婚約者のランディール王子は当然で、クルーシブル家と交流のある貴族も大勢招待されている。
パーティーは邸宅にある庭園で夜間に開かれていた。会場のあちこちに照明が設置され、まばゆい光を放っている。
魔力工学革命という文明の光が夜の暗闇が放逐されて以来、貴族の間では夜会を屋外で開くのが流行している。
スノウドロップはパーティーには出席せず、クルーシブル家の敷地内にある森で一人静かに佇んでいた。
ロベリアの姿がなくとも不審に思う者はいない。そもそも出席を許されていない。前日にわざわざ父であるクルーシブル卿がやってきて、絶対に顔を出すなと釘を刺してきたほどだ。
マリアはロベリアをパーティーに参加させたかったが、クルーシブル卿は断固として認めなかった。
だが気遣ってくれた姉には悪いが、出席する必要がないのは好都合だ。
スノウドロップは夜闇の中に気配を感じた。
やはりとスノウドロップは思った。
黒ずくめの男が現れた。
「誰だお前は」
スノウドロップはスーパーパワーで剣を生成する。
「ランディールの護衛には見えないな」
「ここから先は一歩も行かせない」
男は舌打ちしながら剣を抜く。
小説の描写と同じ形状。男が持つのは〈圧制者の剣〉というアーティファクトで間違いなかった。
これから起きようとする出来事は〈光の継承者〉の第3巻にあった過去編で描かれた場面だ。
マリアの誕生パーティーに出席していたランディールを狙って強行の暗殺者と呼ばれる男が現れる。
そしてマリアがランディールをかばって命を落としてしまうのだ。
その様子を遠くからロベリアは見ていた。
『神よ! 私の子が死ななければならないのなら、どうしてロベリアではなくマリアなのですか!』
小説でのクルーシブル卿のセリフをスノウドロップは思い出す。
マリアの死を目の当たりにしたクルーシブル卿の放った暴言。それはロベリアが悪の道へと進む最初のきっかけだ。
マリアの生死は内戦に影響しない。だがスノウドロップは必ず阻止するつもりだ。
子供と油断しているのか〈圧制者の剣〉の機能を使う素振りは見せない。
スノウドロップは足の大腿部を狙った刺突を繰り出した。
強攻の暗殺者は驚きに目を広げながらかろうじて避けた。刃がわずかに皮膚を切り裂く。
反撃が来た。〈圧制者の剣〉が真上から振り下ろされるのをスノウドロップは自分の剣で受け止める。
「やるな。かすり傷とは言え、攻撃を食らったのは久々だ」
強攻の暗殺者の目に喜色が浮かび上がる。
彼は戦いに喜びを見出す性分だ。それゆえに真正面から攻めて標的を殺すという、暗殺者にあるまじき手口を取っていた。
「少し、本気を出してやる」
〈圧制者の剣〉が超高速で振動を始めた。それは数万回の攻撃を凝縮したのに等しく、受け止めていたスノウドロップの剣は甲高い音を立てて真っ二つに折れた。
だがスノウドロップは振動が始まった時点で引き下がったので、剣を失っただけで無傷だ。
「俺の攻撃がどういうものか分かっているな? そういう避け方だった」
「あなたの手の内は知っている。まだ〈圧制者の剣〉の固有魔法を使ってなくて、今の攻撃は振動の魔法を利用したと分かってるわ」
新しい剣を生成しながら答える。
「なぜ知ってる。有名になってしまった〈圧制者の剣〉はともかく、俺の魔力が振動属性である事は誰も知らないはずだ」
小説で知っているから、とは答えない。
強攻の暗殺者は複数の感情が交ざり合っていた。未知の敵に対する警戒心と好奇心が同居している。
「剣の固有魔法は使わないの?」
「下手な挑発はよせ。〈圧制者の剣〉は使用者より魔力が少ない者の動きを封じる。それを知った上でここにいるって事は、効果を受けない自信があるんだろ」
「ええ、そうよ」
小説においてロベリアは〈圧制者の剣〉の効果範囲にいたにも関わらず、自由に動けていた。
ロベリアが魔法を使えないのは、魔力が無属性であるためだ。しかし、魔力量に限れば常人よりも遥かに多い。
「まあいい。〈圧制者の剣〉は便利な道具であって必勝の切り札じゃない」
耳をつんざく振動音が〈圧政者の剣〉から発せられる。強攻の暗殺者の真なる切り札は彼が積み重ねた戦闘技術だ。
強行の暗殺者が攻撃を仕掛けてきた。圧倒的な破壊力を持つ振動剣は防御できない。スノウドロップは全て回避しなければならなかった。
攻撃と攻撃の隙間を見抜いてスノウドロップは反撃するが、相手に防御されてしまう。
スノウドロップの剣が〈圧政者の剣〉に触れると粉々に砕け散る。そのたびに、新しい剣を生成する。
「ちっ」
打ち合いが十を超えたあたりで、強攻の暗殺者は目に見えて苛立ち始めた。依頼失敗の可能性が高まり、戦いを楽しめなくなってきたのだろう。
強攻の暗殺者はスノウドロップを倒すよりも突破しようとする動きに変わりつつあった。
もちろんスノウドロップは突破させないが、焦りが生じるという点では彼女も同様だった。
最優先すべきはマリアの死の阻止だが、強攻の暗殺者が逃げてしまうのもまずい。
この暗殺者は後に国王も殺害する。その結果、第一王子と第二王子が王位を巡って内戦を始める。
だから今、ここで倒すべきなのだ。
その時、強攻の暗殺者がわずかにバランスを崩した。スノウドロップがつけた足のかすり傷が原因だ。
「しまった!」
一瞬、だが決定的な隙。スノウドロップは剣を振るった。
スノウドロップの勝利だ。強攻の暗殺者すら敗北を認めざる得なかった。
だが、それを覆す者がいた。
「行け! ロックオン・ナイフ!」
木々の間から小さなナイフが弾丸のように飛び出してきた。
視界の隅でそれを見たスノウドロップは第三者からの奇襲を回避しようとした。
スノウドロップはプロテクターでナイフを受け止めようとした。
しかしナイフは物理法則を無視して軌道を変えた。
スノウドロップは右肩に冷たい衝撃が通り抜けるのを感じた。プロテクターの隙間をつき、ナイフが貫通したのだ。
激痛が走る。スノウドロップは敵に隙を見せてしまった。
振動の魔法を宿した〈圧制者の剣〉が恐るべき破壊の力をスノウドロップに叩
き込もうとする。
スノウドロップは前に出た。 あえて懐に飛び込む以外に即死の一撃を避ける方法がなかった。
その引き換えにスノウドロップは手痛い代償を払う事になる。
スノウドロップが懐に飛び込むと同時に、 強行の暗殺者は膝蹴りを叩き込んだ。彼女の小さな体は放物線を描いて木に叩きつけられる。
すぐに立ち上がらなければならない。だが、今の膝蹴りによって肋骨が折れたのか、内臓に突き刺さるような痛みが走った。
「俺を追い詰めたのはお前が初めてだ」
強行の暗殺者がとどめを刺そうと剣を振り上げる。
「そんな事をしている場合か! 早く仕事を済ませろ!」
強行の暗殺者を止める声はフェイトキーパーだった。あの追尾ナイフは彼が所有
するアーティファクトの一つで間違いない。
「誰だ、お前は」
「早く行け! お前がしくじるとこっちも困るんだ」
「礼は言わないぞ」
強行の暗殺者はクルーシブル邸へ向かって走り去っていった。
「待ちなさい……」
スノウドロップは歯を食いしばって痛みに耐えながら立ち上がり、暗殺者を追いかけようとする。
「無駄だよ。スノウドロップ。これが運命だ。運命には強制力がある、その上で俺が補佐するんだから、それはもう絶対だ」
フェイトキーパーは憐れみと蔑みのまなざしを向けながら言う。スノウドロップは無視して歩き続ける。
フェイトキーパーはこれ以上妨害しようとはしなかった。
まだスノウドロップがロベリアとしての運命を受け入れるのに期待しているのか、あるいは努力が失敗する様を見せつけて、心が折れるのを期待しているのかもしれない。
どちらにせよスノウドロップには関係のない話だ。 自分を愛してくれた人が今、命の危機にある。それでどうして足を止められるというのか。
「せいぜいがんばれよ、 スノウドロップ」
卑しい笑い声を残してフェイトキーパーは姿を消した。
●
マリアはたくさんの人々から祝いの言葉を贈られている。
その善意に彼女は笑顔で返礼しているが、 ランディールはそれが作り笑いであると知っていた。
この場にマリアの妹はいない。魔法が使えないというだけで、姉の誕生日を祝う事すら許されない。このような不道徳が平然と許さるのが今の世の名だと思うと、ランディールは憤りを感じずにはいられなかった。
そんな事を考えていると、夜闇の中に人影が見た。離れのある方向なので、最初はロベリアかと思ったが明らかに体格が違う。
抜き身の剣を握った男だ。暗殺者だとすぐに分かった。ランディールは自分が常に命を狙われる身分であると重々承知している。
「あそこに怪しい男が!」
そばに控えていた護衛の騎士に伝えた。 彼は即座に剣を抜くと、暗殺者に向かって「武器を捨ててその場に跪け!」と叫んだ。
暗殺者の剣に埋め込まれた宝玉が妖しい光を放つ。
パーティーの出席者たちが見えない重圧によって地面に押し付けられる。この場で立っているのはランディールとマリアだけだった。
「よりにもよって標的が〈圧制者の剣〉の効果から逃れたか」
暗殺者がこちらに向かってくる。
「剣を借りるぞ」
ランディールは倒れている騎士の剣を拾った。大人が使う鋼の剣は、13歳の少年にとって無慈悲な現実のように重たい。
聡いランディールは自分が暗殺者を倒せるとは思わなかった。
だが今背を向けて逃げ出せば確実に殺される。
生きるために、未熟を承知で立ち向かうべきだとランディールは考える。
なにも勝つ必要はない。時間を稼げればよいのだ。
すでにランディールは、皆が地面に押し付けられているのは、暗殺者が持つアーティファクトの固有魔法だと理解している。
以前、 魔法の指導を受けた時にとき教えられた事がある。魔法とは人の想像力を現実化する力であり、現実から離れた魔法現象ほど大量の魔力を必要とすると。
大勢の者を一瞬で拘束するほどの固有魔法だ。長時間持続させるのは不可能だろう。
ランディールは歯を食いしばって力を籠め、剣を全力で叩きつけた。
暗殺者が自分の剣を振る。するとランディールの剣は粉々に砕かれた。
「逃げなかったのは褒めてやる」
暗殺者が処刑人のように剣を振り上げた。
「せめて苦しまずに殺してやる」
「駄目っー!」
凶刃が振り下ろされようとしたその時、 マリアが割って入った。
「マリア!」
愛した少女が死ぬ。それも自分の身代わりとなって。ランディールの背筋が凍り付いたが、どういうわけか暗殺者は剣を振り下ろさなかった。
暗殺者の剣を持つ腕に鎖が手首に巻き付いて動きを止めているのだ。
鎖が伸びる先には仮面で顔を隠した少女がいた。
仮面の少女は右肩から血を流している。それでも彼女は鎖を握る手を緩めない。
「あれだけ痛めつけられたのに、なんて根性だ」
暗殺者は一瞬だけ意識を仮面の少女へと向けていた。 ランディールはそれを見逃さなかった。
ランディールは魔法を放った。 彼の魔力属性は炎だ。
炎の魔法は使い手が未熟だったため、暗殺者の体を一瞬だけ焼くにとどまる。
だがそれで十分だった。
仮面の少女はすでに間合いに入っており、手にしている剣を振るった。このタイミングでは防御も回避も間に合わない。
これに対し暗殺者は驚くべき行動に出た。 彼はあえて片腕を差し出して仮面の少女の一撃を受け止めたのだ。
刃が暗殺者の腕を切り落とす。それにより暗殺者本人は逃げ出す機会を得た。
「待ちなさい!」
仮面の少女は追いかけようとするが、もはや追いつけるだけの体力はなく、地面に膝をつけてしまう。
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