第53話:自信持って行けよ



 ―――― おれはあなたのことが好きです…。


「…が…好き…なの?」


 ……え?…!…うわっ…まぶし…



 しばしばする目を開けるとスウェット姿でPCを見ながらカップ麺をすする瑛人が居た。

 どうやらおれは瑛人のアパートで酔いつぶれてしまったらしい。


「…あれ、雪弥は?」


「ふつーに昨日帰ったよ。おれ達の面倒みるのが相当嫌だったみたいだな」


 そうか、それにしても瑛人よりも先に潰れるとは情けないな。


 ===レト〇ト動画===

『こんちゃーす!レト〇トと、申しまーす!』

『今日はね、今話題のこのゲームをやっていこうと思います!』

 ===レト〇ト動画===


 部屋中に明るい声が鳴り響く。


「お前ほんとレト〇トさん好きだな」


「実況者と言ったらレト〇ト1強だろ」


「いやいや、蘭〇んさんこそゲーム実況者の原点であり頂点だから」


「はいはい、で、誰のことが好きなのよ」


「は?だから蘭〇んさんだってば」


「じゃなくて、さっき寝ぼけて言ってたの聞いたぞ。『あなたのことが好きです~』みたいな」


「言ってねーよ、そんなこと」

 …たぶん。


「まあいいや、今日休みだけどどっか遊びに行くか?」


 そうか、今日は土曜日だったな。

 mmみりと動画を撮るのは夜だから。


「行くかー、どこ行く?」


「お、珍しくノリいいじゃん。そうだなあ、まあとりあえず街行かね?」


「そうするか。この辺じゃ遊ぶ場所なんて何もないしな」


 おれは着替えやシャワーを浴びるため一度アパートに戻り、駅でまた合流することにした。

 瑛人と街か…絶対あいつ逆ナンされるよな。

 今更だが若干鬱になりつつ身支度を終えたところでふと思い出した。


 あ、合鍵。


 あの日まりさんに貸していた合鍵をまだ取りに行ってないことに気づいた。

 せっかくだし返してもらおうか…。

 いつものどうでもいいスニーカーを履いて行こうと思っていたが、おろしたてのニューバ〇ンスのスニーカーを履き玄関を出た。


 ♦♢♦


 瑛人と合流し電車に乗り20分ほどで街に着いた。


「さてと、どこ行くよ」


「瑛人が決めてよ」


「別にいいけどよ、嬌太郎だってこの辺詳しいだろ?莉未ちゃんとよく来てたじゃん」


 そうだよ、あのデパートもあのゲーセン、あそこのカラオケも、莉未といつも来てたよ。


「…よし!じゃあおれがいろいろ連れて行ってやるよ」

 黙っているおれをチラッと見て、瑛人は声を張りおれの背中を2回叩いた。

 じゃあまずあそこ行くぞ!ー、その次はあそこな!と瑛人はおれが口を挟む間もなく引きずり回った。


 入ったことの無い服屋にコアなスニーカーショップ、カップルでは立ち寄れないようなダーツバーに水煙草屋、そして最後はビアガーデン。


「どうだ?少しは楽しめたか?」


「ああ、結構楽しかったよ」


「そりゃよかった」

 この時、瑛人がおれを連れまわした理由がやっと分かった。


「わるいな、気遣わせて」


「別に、気なんか遣ってねーよ」

 飲みかけのビールをテーブルに置いた。


「…なあ、1つ相談に乗ってくれない?」


「やっとその気になったか、なんでも言ってみな」


「あのさ……で……おれ…」

 瑛人は腕を組み、時に相槌を打ち、最後までおれの話しを親身に聞いてくれた。


 ♦♢♦


「じゃあな、嬌太郎。自信持てよ」


「あ、ああ。ありがとな」


 瑛人は振り返ることなく夜の街に消えて行った。

 そのうち飯でも奢らせてもらうよ。

 おれは彼を見送った後歩き始めた。


 ♦♢♦


 夜21時、電気が消えたその店の前でおれはある人を待っていた。


 ガチャッ


 扉の開く音が聞こえると後ろから青いキャップをかぶった人が出てきた。


「あれー、きょーたろうくーん。どしたのー?いきなり」

 一瞬驚きはしていたが、おれの顔を見るとすぐに表情は和らいだ。


「かぎ、ほら…鍵返してもらってなかったから…さ」


「あ、鍵ねー!でも今持ってないんだよねー。来るなら言ってくれればよかったのに、そしたら持って来てたよー」


 その通りだ……でも。


「いや、鍵は別に今度でいいんだよ」


「んー?どういうこと?」


「えーっと…あの…」

 …おれ…。


「…ラーメン行く?」

 彼女はキャップを被り直した。


「あ、うん…」


「じゃあ、しゅっぱーつ」

 まりさんはおれの腕を引き歩き出した。


 ♦♢♦


 初めてここに来た時もそうだったがまりさんはラーメン屋ではおれの話しを何一つ聞こうとはしなかった。

 店を出ると彼女は道のはずれでタバコを取り出した。


「で?なに?」


 やっぱり店を出てから聞く気だったようだ。


「あの…おれさ」


 まりさんはタバコを吸い始めた。

「うん」


「おれ…まりさんのこと…」


「好きじゃない、もしくは好きだけど付き合いたいとかそういうんじゃない…だよね」

 間髪入れずに口を挟んできた。


「店の前で会った時から顔にそう書いてたよ。きみ、分かりやすいから」


「…」


「きょーたろうくんとmmちゃんとのコラボ動画を初めて見た時からなんとなく分かってた。ウチじゃないなって、きみの想っている人はウチじゃないなって」


「それでもきみと一緒に居たかった。楽しかったから、きみと一緒に居たり一緒にゲームをしていることがすごく幸せだなあって感じていたから」


「きょーたろうくんはウチにとって特別な存在。でも片思いだったのだよ」


「え…おれ…おれだってまりさんとゲームしてて楽しかったよ…」


「だーかーらー、ウチはきみのことはなんでも分かるの」


「まりさん…」


「きょーたろうくん!そしてロキくん!ほんとにありがと!きみに出会えてウチは幸せだった!」


「おれも幸せだっ…」





「うるさーい!ばいば…い…早くかえ…っ…て」





 彼女の喉から絞り出すその声がおれ胸に突き刺さった。

 まりさんはその場でキャップを深く被り立ち尽くしていたが今のおれに彼女に立ち寄ることはできなかった。


 駅に向かう途中、ホームでの待ち時間、電車に乗っている時間、おれの脳裏には彼女の声が焼き付いて離れなかった。


 とてもじゃないが今日は面白い動画を撮れそうにない。

 そう思いmmに謝罪のメッセージを入れると心配しつつも快諾してくれた。


 おれ、まりさんとゲームするの好きだった、だけどもう一緒にすることはできない…。

 アパートに着き靴を脱ごうとした時、まりさんが選んでくれたスニーカーに涙がこぼれた。


 ♦♢♦


 翌々日11時

 雪弥と瑛人に少し話しを聞いてもらって楽になりたかったが、今日は2人とも休みなためそれは叶わなかった。

 まりさんとの繋がりが無くなりポッカリと空いてしまったこの胸の穴はいつ埋まるのだろうか。


 午前の講義を終え食堂へ行きいつものハンバーグ定食を買い、空いている席を探しているとおれはまさかの光景に全身を硬直させた。




「きょーたろうくーん!こっちこっちー!」




 食堂に入り食券を買っている時は声を掛けられなかったため、その時は彼女の存在に全く気付かなかった。


「…え!?ま、まりさん!?」

 この前あんな別れ方したばっかりなのになんで…。


「なーに、ぼーっとしてるのー?早く一緒に食べよーよー。冷めちゃうからー」

 彼女の目の前には生姜焼き定食が置いてあった。


「え、なんでここにいるの…?」


「なんで?別に大学って他人が入ってもいいんじゃないの?」


「え、そうだっけ…」

 どこからツッコんだらいいのだろうか。


「じゃなくて…どうしてここにいるの?」


 まりさんは箸で挟んだ肉を口に入れる前に答えた。

「だめなの?」


 …だめというか、この人には気まずいとかそういった感情はないのか?


「この前あんな風だったから…もう会わないものかと」


「え?なんで。会わないなんて言ってないじゃん、フラれちゃったけどさー」

 もぐもぐと美味しそうにご飯を頬張る。


 なんか埒らちが明かない気がしてきた…。


「用件は?何か用が会ってきたんじゃないの?」

 まあ用が無くても来る人なんだけど。


「そうそう、言いたいことがあってきたんだよー」


「え?なに?」


「みんなで生配信しようよー!」


「へ?」


「ん?きょーたろうくん耳遠いの?みんなで配信しようよってことー」


「いや聞こえてるけど理解できないんだよ。みんなって誰のこと?」


「そりゃー、ウチときょーたろうくんと、mmみりちゃんと廃はいリバーくんの4人だよー」

 言い切った後まりさんは炭酸ジュースを一気に飲み干した。




 ―――― 何言っちゃってるの?この人…



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る