第50話:莉未と麻梨


「おーーい、きょーたろうくーん」

 校門の外で手を振る青いキャップを被る茶髪の女の人はまりさんだった。


「え!?まりさん!?なんでここに居るの!?」


「なんでって、ちゃんとLI〇Eしたじゃーん。大学案内してよー、って」


 ポケットに入っているスマホを見ると充電が切れていて画面がつかなかった。


「あ、充電切れてたごめん……って、そういう問題じゃないよ!来るならもっと早く言ってよ、せめて昨日とかさ!」

 当日連絡して返答もないのにそのまま来るなんてどうかしてる。

 …まあ、まりさんらしいといえばそうなのだが。


「えー、だって会いたかったもん」


 …会いたかった?

 何故かおれは自分の顔を見て顔が赤くなっていないか確認したくなった。

 なんでまりさんはこんなにも真っすぐなんだ。


「あれ?きょーたろうくんの後ろの子はだれー?」

 まりさんがおれの後ろを覗き込んだ。


「あ、ああこっちは友達の星莉未さん。一緒に研究してる人だよ…!…イテッ」

 おれの紹介の何かが気に入らなかったらしく、莉未は右足首を強めに蹴ってきた。


「あ、はじめまして。星莉未です。嬌太郎くんとは”た・だ・の”友達です」

 言い終えると眉間にしわを寄せにらんできた。


「よろしくー、ウチは相馬麻梨、まりでいいよー。……ん?りみちゃん?んー…どっかで会ったことあるようなないようなー」

 まりさんは目を閉じながら腕を組み、数秒後目をパッチリ開け、思い出した!と手で表現した。


「きみ、るみちゃんでしょ!?黒髪になってたから分からなかったよー、この前は手伝ってくれてありがとねー」


 ああ、惜しい、惜しいよまりさん。


「あ、いや…私はその瑠美の姉です…」


「んん??るみちゃんのお姉さん?……あー!噂の美人お姉さん!ほんとに美人さんだー」

 まりさんは莉未のつま先から頭の先までゆっくりと見上げた。


「あ、あの…美人とかやめてください…」


「え?だってきょーたろうくんがそう言ってたよ?」


「は?…あ、おれじゃない!それ言ったの瑠美ちゃんでしょ!?」


「え…嬌太郎が…?」

 莉未は俯きながらチラとおれの表情を覗いた。

 …なんか莉未めちゃくちゃ怒ってないか?

 そりゃ元カレに可愛いだの美人だの言われたら引くだろう。


「きょーたろうくんは美人好きらしいからねー、だから今はウチのことが好きなんだよね?」

 まりさんはいたずらな笑顔を向けた。


「いや、おれはべ…」

「え、嬌太郎って今この麻梨さんって人のことが好きなの??」

 莉未は、はっとし顔を上げた。


「違うおれ…」

「そうそう!いつも職場に来てくれたり一緒にご飯も行ってるんだよねー、ほら、大学まで教えてくれたしさー」


 …言ってること全てに偽りはないのだが。


「そ、そうですか。ですよね、私も好きな人ができて嬌太郎にも幸せになってほしいと思っていたところなので嬉しいです!嬌太郎をよろしくお願いします」


 その時、莉未の笑顔に一瞬陰りが見えたような気がした。


「はーい、ウチに任せてね」


「あ、そうだ!私ちょっと行くところあるから研究の話しはまた今度しようね。ばいばい嬌太郎」


「え?あ…うん、気をつけてね」

 なんとなく彼女を1人にしてはいけないような気もしたが元カレのおれがどこまでも心配し追いかけるのも莉未からしたら気持ちが悪いだろうと思い彼女から目をそらした。


「ばいばい、りみちゃーん。気をつけてねー」

 まだ明るい歩道を早歩きで駅の方向へ向かう莉未にまりさんは手を振った。


「えーっと…そろそろ教えてほしいんだけど、まりさんは何しに来たの?」


「あれ、言ったじゃん。きみの部屋に行くって」


「……は?」


  ―――― 頭の中を真っ白にしたおれの手を引きまりさんはコンビニへ向かった。



 ♦♢♦


 コンビニで会計を終えたまりさんが外へ出てくると同時におれは少しずつ正気を取り戻してきた。


「おーい、だいじょうぶー?」

 まりさんはビニール袋の中に手を入れたばこを取り出した。


「あ、まりさんってたばこ吸うんだ」


「電子だけどねー、緊張してる時とかはこれ吸って落ち着かせてるんだよー」


「緊張…?」


「…うん」

 まりさんはたばこを咥えた後に青いキャップを脱ぎ、おれに深く被せた。


「え、ちょ、ちょっと、何?」


「べーつに、ウチの顔見すぎじゃん?って思ってさ」


 え?なに?いつものまりさんとは何かが違う、緊張…しているのか?

 でもなんで緊張なんて…。

 ……え?…もしかして…。


 ぬるい汗をこめかみから流し始めた時。


「行くよ、きょーたろうくん」

 ポンッと頭を叩かれた。


「は、はい!」

 一瞬足がすくんだ。

 まりさん…おれ…。


 ♦♢♦


 アパートの場所を教えるとおれ達はすぐにそこへ着いた。

 まりさんは靴を脱ぎベッドに腰を下ろした。

 言葉なくキョロキョロと部屋を見渡す彼女を見ておれは察した。


 でも今のおれにそんな度胸は…、それに…。


「きょーたろうくん…早くしようよ」


「え!?…早く!?おれ準備とかまだ…」


 まりさんはゴソゴソとコンビニで買ったであろう何かを探していた。


「…ウチはいつでもいいよ」


「へ!?でも!おれ…」


 おれは…。




「ねえーー、早く!早く配信やろうよーーー」




 まりさんは袋からビールと柿ピーを取出した。


「………は?」


「は?じゃないよ、ウチが何しにわざわざこんなところまで来たと思ってるのー?」


 いや全く理解できないんだけど。

 てかさっきまでの言動って。


「あのさ…緊張って…」


「緊張?ああ、リアルで一緒に配信なんてウチだって少しは緊張するもん」


 そ、そういうこと…なの?


「なに?一緒に配信はまずかった?」


「いや、まずいというかなんというか…」

 相変わらずまりさんの思考にはついていけない、じゃなくてこの人の思考についていこうとするのが無意味なのか。


「分かったよ、配信ね。でも急に一緒に配信だなんて絶対誤解されるよ」


「えー、どんな誤解?」


「どんなって…。なんかちょっと…」

 付き合ってると思われるよ、だなんて本人を目の前にこんな恥ずかしいことが言えるかよ。


「付き合ってると思われる、とか?」

 プシュッ、と缶ビールを開け、ノータイムで答えた。


「…まあ、そういうこと…」


「それはそれでいいじゃーん。だって”ロキ”はアイドル実況者でもなければ、彼女作らない宣言をしてる実況者でもないんでしょ?」


「そりゃそうだけどさ…」


「なーに?ウチじゃ不服ってことー?」

 ビールをぐーっと飲んで顔を向けた。


「そ、そういうわけじゃ…ないけど…」


「じゃあいいじゃーん、やってみよー」


 もう酔っているのか?というくらいに彼女は虚ろな目をし、ヘラヘラと笑っている。

 こんな状態で本当に配信なんてできるのだろうか。


「じゃあ…配信の準備するよ?」

 めちゃくちゃ嫌だ…、そもそもなんで普通に男の部屋にあがり込めるんだよ。

 …普段からそうなのか?

 おれはモヤモヤとした気持ちを持ったまま準備を始めた。


「はーやーくー」

 完全にできあがっているまりさんはベッドに横になり始めた。


「はいはい、あと3分後にはできるよ」

 もうすでに準備は終わっているが、やはり気持ちの準備がつかないでいた。


「はやくー!」


「分かったってば」

 もう引き延ばせない。


 …よしやるか。




 ===ロキ配信===

「…どうもロキです。みんなこんにちわ…じゃなくてこんばんわ」


  ―――チャット欄 ―――

『お、ロキだ』

『こん』

『こんばんわー』

『ひさびさに来てやったぞ』

 ―――チャット欄 ―――


「急な配信にも関わらず来てくれてありがとねー」


 ―――チャット欄 ―――

『暇だったし』

『勉強しながら聞くわ』

『何か重大発表でもあんの?』

 ―――チャット欄 ―――


(少なからず怪しんでいる視聴者もいるかー、いつも配信する時はSNSで前もって告知してるからなあ)

「えーっと…今日はこの配信に遊びに来てくれる人がいるんですよ」


 ―――チャット欄 ―――

『え、だれ?』

『男?』

『女?』

『女なわけがない、ロキに彼女できるわけないやん』

『ロキに彼女できるならおれにもできてる』

 ―――チャット欄 ―――


(ひどい言われようだな…)

「まあまあ、実はですね…今この部屋に来てくれてるんですよ、その人が」


 ―――チャット欄 ―――

『は!?』

『あwせdrftgyふじこ』

『どういうことや』

『ん』

 ―――チャット欄 ―――


(やっぱり荒れるよなあ)

「じゃあちょっと呼んできますねー」


 ―――チャット欄 ―――

『信じられん』

『どうせ男』

『男以外あり得ん』

 ―――チャット欄 ―――



 ===ロキ配信===



 一旦ヘッドセットを机に置きまりさん(そまり)を呼ぼうとベッドを向くと……。


 そこには、酔いつぶれ爆睡しているまりさんの姿があった。


 はあ!?何寝てるんだよ。


「…ねえ、まりさん…起きてってば…今出て来てくれない困るって…」

 おれは小声で彼女を呼んだが返答はない。


 まずいな……いや、まずいのか?これは。

 配信前の心境を取り戻し席に着き直した。



 ===ロキ配信===

「えーっと…ちょっと帰っちゃって出てくれませんでした、ははは」



 ―――チャット欄 ―――

『は?』

『草』

『そんなことだと思った』

『まあそもそもロキは友達少ないしな』

『来るとしても”廃リバー”さんくらいかと思ってた』

『あほらし』

 ―――チャット欄 ―――


 グサっと胸に突き刺さる言葉がいくつか目に入ったが全て正論であった。

「そ、そうだよねー。じゃあ今度は”廃リバー”さん呼ぶね」


 ―――チャット欄 ―――

『無理すんなよ』

『なんか可哀想』

『マウント取るのに必死すぎ』

『大丈夫だよ、ワイらがいるから』

 ―――チャット欄 ―――


 いろんな意味で涙したおれはその後視聴者とスマ〇ラに明け暮れた。



 ♦♢♦


 翌朝10時。おれはもう大学に来ていた、まりさん宛にテーブルの上に書置きを合鍵を残して。

 合鍵に関しては近日中に取り戻しに行くと、まりさんにも通じるように太字で書いておいた。



「おはよー、嬌太郎くん!」

 ニコニコと雪弥が駆け寄ってきた。


「おはよ、どしたの?」


「昨日配信少し見てたよー」


「へ、へえ。そうなんだ…」

 なんとなーく嫌な予感。


「あれってさ、本当は誰か部屋に居たんでしょ?」


「は!?い、居ないよ」

 ぼーっとしているように見えて鋭いところもあるんだよなあ…。


「へえ、まあいいけどー」


「な、なに笑ってるんだよ!」


「べっつにー、でも僕で良ければいつでも行くからね」

 バレバレ、ってわけね。

 でもまあ誰が居たかまでは分かっていないだろう。


 早く行くよ、と言われ小走りで教室へ向かった。



  ―――― なんだかややこしくなってきたな。少し人間関係を整理してみるか…。



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