第33話:青いキャップとファイナ〇ファンタジー

「嬌太郎!」


「なに?」


瑛人が珍しく朝からテンションが高い。


「明日ひま?」


…怪しいな、また合コンの人数合わせか?


「合コンは行かないよ」


「おいおい、おれが毎日合コンでもしてるかのような言い方はよせよ」


「すまん毎日は言い過ぎたな。訂正する、3日に1回だ」

こいつ合コンするだけして絶対彼女は作らないんだよなあ。

何考えてるのかよく分からん。


「親友に向かってそれはないだろ。でさ話し戻すけど明日ひま?」


「…まあ予定はないな」

動画の編集もひと段落したし。


「バイトしねぇか?」


「は?」


「日雇いのバイトなんだけどすげー金もらえるんだよ」


「なんだよそれ。怪しいな」


「怪しくないって!一日で2万だぞ!?」


…こいつ頭のネジが外れてるんじゃないのか?


「ますます怪しいだろ。地下労働でもさせられるんじゃないのか?」


「まあ落ち着いてこれ見ろよ」

瑛人はスマホを取出しそのバイトの求人画面を得意げに突き出した。


「…古着屋…のセールの手伝い?なんだそれ」


「な!フツーだろ!?」


「いや普通じゃねーって。古着屋で2万って何させられるんだよ。その辺の人から服取って来いってか?」


「あのな嬌太郎、お前はいつも考えすぎだぞ。たまには本能のままに動いてみろよ、いいこと起こるかもよ?」


「瑛人は本能のままに行動しすぎだろ。…でもまあ2万かあ」


この前ゲーム2本買ったから金ないんだよなあ…今日発売のファイナ〇ファンタジーも買わないとだし。


「やろうぜ嬌太郎!」


「…わかったよ。えーっと場所は…ああ、あそこか。確かに人は集まりそうだな」


何時に行けばいいんだ…?

は!?5時?


「おいおい、5時集合って書いてるぞ」


「うっわ、ほんとだ。おれ起きれっかなー」


無理だろうな。


「いいよ今日はうちに泊まれ。朝引きずってでも連れて行くよ。あれ、そういえば雪弥は?」


今雪弥は別の講義を受けている。


「雪弥は来れないって。『接客は絶対ムリー!』ってさ」


ああ、確かに言いそうだな。

おれも接客得意じゃないけど。


「よし、じゃあ今日は決起集会として嬌太郎んちで飲みだな!」


「のまねーよ」


♦♢♦


翌朝


「……なぁ、やっぱ行くのやめよぉぜ~」


「はあ?行くって言ったのお前だろ」


瑛人がソファの上で縮こまっている。


「むり」


「いーや行くぞ」


「…むりだー、ひとりで行ってきてくれ…」

スースーと寝息をたて深い眠りに落ちていった。


まじかよ、おれもやめるか?

いや2万は欲しいんだよなあ。

財布に入っている千円札を数える。

……行くしかないな。

バシッ支度をしアパートを出る前にふぬけ野郎のケツを蹴ったが彼は呻き声一つあげなかった。


ったく…。


合鍵を置き『鍵は閉めろよ』とドアに付箋を貼り戦場に向かった。


♦♢♦


ここかな…?

集合時間5時の15分前におれはその店の前に来ていた。

周りには今日共に働くであろう3人の同志が居た。いや3人しかいないのか?

好条件に見合わない人数に不安が宿る。


5時になると店の自動ドアが開いた。

その電気のついてない薄暗い店内から青いキャップをかぶった20代前半くらいの茶髪の女の人が出てきた、店長…いや店員だろうか。


「おはよー、今日は集まってくれてどーもー。店長の『相馬真梨』だよー」


この人が店長?


「あれー、なんか人少ないなー。やっぱり安すぎたのかなー」


安すぎる?2万なんて破格だよ。


「5千円くらいにしたらよかったかなー、うーん」


ん?


「…あのー、このバイト日当2万で合ってますよね?」

後ろに居た男が問いかけた。


「え?2千円だよ?」


2…千円??


「は!?2万ってここに書いてるじゃねーかよ」

他の男がスマホの画面を見せた。


「ありゃりゃ、一桁間違えたかなー。ごめんごめん」

店長は悪びれる様子もなく後頭部を掻いた。


「やってらんねーよ!帰るわ」

3人はさっさと帰って行った。


おれも帰るか、1日働いて2千円は割に合わないし。


「えー、みんな帰っちゃうのー?あ!きみ!」

彼女は出遅れたおれを指さした。


「…はい、なんですか…?」


「残ってくれるよね?給料上げるからさー」


何故この状況で笑顔で居られるんだよ。

変わってるなこの人。


「いや帰ります、ちょっと用事できちゃったんで」

こんなにも分かりやすい嘘をついたのは初めてだ。


「ちょっと待って、あれもつけるから手伝ってよー」


「なんですか?あれって…」


振り向くと彼女は店内に歩いて行った。


しばらく待つと紙袋を持ち店から出てきた。


「これ!」


突き付けられた紙袋の中を覗くと何やらビニール袋に包まれた文庫本よりも薄く少し縦長のものが入っていた。

なんだ?…これって。


「ふふーん、昨日発売のファイナ〇ファンタジーだよー。欲しいでしょー」


まさにおれが欲しがっていたものじゃないか!

むしろこのゲームの為にここに来たと言っても過言ではない!


「はい!やります!ここで働かせてください!お願いします!」


「やったー、2つ買っておいてよかったよー」


それにしても相変わらずふわふわしてるなあ、この人。


「あの…ゲーム好きなんですか?」

ゲーム実況者の性だろうか、つい聞いてしまった。


「うん、いっつもゲームばっかりなんだー。きみも好きなんでしょ、顔に出てるよー」


げ、顔に出てたか?


「なんてねー、そういえば名前はー?きみって呼ぶのもなんだしさー」


「あ、そうですよね。伏見です。伏見嬌太郎」


「おー、『きょんきょん』だねー」


きょんきょん…なんか古くさくないか?


「あ、あはは。えーっと、相馬さんですよね?よろしくお願いしますね」


「『まり』でいいよー。相馬って苗字堅苦しくて好きじゃないんだよねー」


まじか、下の名前で呼ぶのかよ。

それも初対面の人に対して。


「あ、はい。ま…まりさん」


「はーい。じゃあ今日は二人でがんばろー」



あ……そういえば求人で来たのおれ一人だったんじゃね…?



♦♢♦


結局その日は本当に二人だけで一息つく間もなく押し寄せる客をさばいた。


♦♢♦


21時、まりさんが店を閉め短い様で長い1日が終わり、体力を失ったおれは店内の椅子に腰をかけていた。


「はい、これどーぞ」

まりさんは手に750mlのエナジードリンク缶を握っていた。


「えーっと、これって頑張る前に飲むやつじゃないんですか?たぶん…」


「そうなのー?でもおいしーよ」


「美味しいからってそんなの飲んでたら病気になりますよ」


「ふーん、まあその時はその時で」


やっぱ変な人だな。


「きょーたろうくん今日はありがとーね。助かったよー」


あれ、きょんきょん呼びやめたんだ。


「いやおれそのゲーム欲しかったんで」


「ならよかったよー。ぜひ沢山遊んでやってくださいな」


「あ、はい。じゃあお疲れ様でした」


「うん、ありがとねー。バイバーイ」


ただの棒と化した足を使い駅に向かった。



♦♦♦♦♦♦♦♦♦



翌日の晩


―――― SNS【そまり】――――

『ロキくーん』

『なに?』

『ファイナルファン〇ジーもうやったー?』

―――― SNS【そまり】――――


昨日まりさんからもらったやつを今朝からずーっとやってたな。


―――― SNS【そまり】――――

『今朝からすっとやってたよ。昨日手に入れたんだよ』

『そうなのかー。ウチもやってるよー。でもショックっていうかちょっと心残りなことがあるのだよ』

『なに?』

『観賞用を人にあげちゃったんだよー』

―――― SNS【そまり】――――


観賞用、そういえばそまりって毎回2本ずつ買ってたよな。


―――― SNS【そまり】――――

『また買えばいいじゃん』

『うーん、今度来た時に返してもらおうかなー』

『あー、いいかもね。その時はその人もクリアしてるだろうし』

『だねー』

―――― SNS【そまり】――――


2本買いって結構金かかるよなー。



―――― そまりって社会人なのかな。





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