第4話:未だにほっとけない




―――― ん、ん…、ここどこだ。


 今が何時かは分からないがカーテンの隙間から差す光を見る限り、夜でないことは確かだ。


 知らないベッドの上だ…部屋の中は散らかっている。


 ぼやけた視界の中でここがどこかを詮索していると、耳を塞ぎたくなるほどの轟音が室内に響いた。


 そういうことか。


 ベッドから地べたを見下ろすと瑛人が転がっていた。

 イケメンならなんでも許せると聞くが、このいびきだけは論外だろう。


 ここが瑛人のアパートだと分かりさっさとうちに戻ろうとしたが酒が残っているせいか、若干の吐き気とふらつきに嫌がらせを受けている。


 記憶が定かでない。

 飲み過ぎたな…、3件目にカラオケに行ったことまでは思い出せるんだけど。


 今気づいたが、瑛人のアパートに来て正解だった。


 何故なら自分のアパートに戻ったならば、また泥酔配信を始めてしまう可能性があったからだ。


 立ち上がれないおれは仕方なくバネの壊れたソファに腰を掛けスマホを手に取る。


 そういえばSNSでアンケートとってたな。


 嬌太郎は昨日飲みに行く前に、他実況者とコラボしてほしいかどうかのアンケートをとっていた。


 んーっと、どれどれ。


 コラボしてほしいが91パーセント、しなくていいが9パーセント。

 圧倒的だな、つまりおれ一人だとつまらないってことなのか?と少し虚しさを覚えた。


 じゃあちょっと真面目にコラボ相手探してみようかなあ、視聴者の意見を無視するのは一番やっちゃいけないことだしな。


 でも誰にする…昔のあいつに頼むか?

 いやでも今更って感じもするし、視聴者も違う人とコラボしてほしいんだろうなあ。


 SNSの視聴者の意見をチラチラと見て周る。



 ん?ん??



―――視聴者意見 ――――

『mmさんと組めば?』

『泥酔コンビ草』

『マイ○ラ手伝ってあげて』

『お前にmmちゃんは渡さん』

『mmがロキの動画見たと思うよ』

―――― 視聴者意見 ――――


  mmと?  マイ○ラ?


 というか本当におれの動画見たのか?


 想定外の意見に戸惑ったが、頭の中を整理しよく考えてみた。


 mmとコラボか…。


 でも彼女の実況動画見たことないんだよなあ、下手だって話は聞いたけど。


 お、やっと耳障りな音が止んだか。

 これ以上続くようなら今すぐにでも出て行こうと思っていた。


「瑛人!!大変だ!!」

 少しからかう。


「え!は!なにhふぃうえfあ!?」

 瑛人はバッと起き上がりクルクルと首を回した。


「いや特になにもないよ」


「はあぁ!?お前ふざけんなよ!」

 ちょいキレの様子だ。


「……もうちょい寝るわ」


「寝るんかい、おれ帰るね」


 瑛人は変わらず地べたに頬を付けたまま弱弱しく手を振った。


 外へ出たのが11時。


 今日は夕方まで講義が無いのでまったりと過ごすことができる。


 帰ってmmの動画でも見るか。


 とりあえず腹が減ったのでコンビニで菓子パンとおにぎりを買ってアパートへ帰った。


 作業用PCのある机につき、つまマヨおにぎりを頬張りながらyou○ubeでmmのチャンネル【mm部屋】を開く。


 再生リストを見ると[マイクラ:生放送]のフォルダがある。


 なるほど、生放送の動画をリストに詰め込むタイプなのか。


 生放送をリストにするメリットは、視聴者が実況者の裏作業を見ることなく実況者と視聴者が同時進行できるということ。

 デメリットとしては動画1本単位の尺が長くなるため、途中で見るのを止めた場合にどこまで見たかが曖昧になること。


 まあ、作り方がおれとは正反対だということだ。


 とりあえず見てみよう。



―――― へえ、確かにこれは分かりやすい。


 マイ○ラは誰もが知っているゲームだと過信している実況者が多い中、マイ○ラ初見の視聴者に対しても丁寧な説明があり分かりやすい。


 それでいて常連視聴者が退屈しないようにチャットを多めに拾う。


 これがmmの強みなのか。

 同じ実況者として勉強になることが多く、50分ほど見ていた。



―――― 下手だな。


 でもそれもまたmmの良さを引き立てているようにも思える。


 これに対しておれはどうコラボするのが得策なんだ?


 ……っておいおい、まだmmとコラボするなんて決まってもいないし、彼女もおれなんかとコラボすることなんて望んでないだろ。


 でも視聴者の意見も尊重しないと行けないしなぁ…。


 今晩配信でみんなの意見をもう一度聞いてみよう。


 もう少しで講義が始まるので酒臭さを紛らわす為、ミント系のガムを2,3粒口に入れ大学へ向かった。


 瑛人はこの講義を履修していないためおれは一人で席に着く。

 まあどちらにしろあの様子では学校へ来ることすら難しいだろう。

 書くいう自分も教室に来るのがやっとで今にも瞼が落ちてきそうだ。


 講師が来るのを確認する前に机に突っ伏し、隣りの人に聞こえるか聞こえないくらいのボリュームの寝息をたて目を閉じた。



「…ねえ……ねえってば……もう、知らないよ」



「「「……ん…、この声…。mmか?でもなんでこんな所に…」」」



「講師が来るから起きた方がいいよ」


 前に立っていたのは莉未…か?


 視界がぼやけていたせいか彼女が去るのをしっかりとは確認できなかった。


 もちろんありがとう、とも言うタイミングもなかった。


 でもどうしてmmの声が聞こえたんだ。


 さっきまで実況動画を見ていたからか?


 それにしても莉未に起こしてもらうとは思ってもいなかったな。

 ついこの前まではよく起こしてもらっていたけど。


 莉未とmmのことを考えたお陰ですっかり目が覚めたが、モヤモヤとした感情が渦まき講義の内容など頭に入ってこなかった。


 あっと言う間に講義は終わり教室をあとにしようとした時、莉未が出て行くのが見えた。


 さっきはありがとな。


 なんて言う勇気は出なかったが、彼女を追うかのように自然と右手が動いた。


 …帰るか。


 アパートに着くと眠気と、このモヤモヤとした感情を支えきれずにベッドに倒れ込んだ。


 なんか疲れたな…。


 配信、今日はやめておくか。


 講義前に中断した睡眠を今再開した。



♦♦♦♦♦♦♦♦♦



―――― ほんの少し遡る、これは莉未の今日の出来事。


「この講義…嬌太郎、ちゃんと来てるのかな…」


 この講義は莉未の友達も履修していないため、以前は嬌太郎と二人で受けていた。


 莉未の表情は依然として固いままだが、ほんの少しだけ心配そうな表情も垣間見える。


 教室の扉を開き彼女は目をキョロキョロと動かし嬌太郎を探していた。


「あ、もう…ほんっとに…」


 莉未は机におでこをつけ気を失っているだらしのない男を見つけ、早足で緩い階段を駆け上り、その男の目の前で立ち止まった。


「ねえ、起きた方がいいよ。ねえってば、もう知らないよ?」


 彼はようやく目が覚めたようで顔をゆっくりとあげた。

 しかし莉未は顔を合わせるのが気まずく、さっさと遠くの席についた。


「なんで私、起こしに行ったんだろ…」


 彼女もまたモヤモヤとした感情が離れず、講義の内容が頭に入ってこなかったようだ。


 講義が終わり、嬌太郎が一言お礼でも言いに来るのではないかと思い少しだけ待っていたが、一向に来る気配がないので教室を出た。


「はあ、帰ったらロキさんの動画でも見ようかな」




―――― 莉未と嬌太郎、mmとロキ。2人はいつになったら、その正体に辿り着くことが出来るのだろうか。




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