第2話:あまりにもベタな出会い
mm…ミリ。
女の人のゲーム実況は伸びやすいのかな。
最近投稿した動画の再生数を見比べると、彼女の方がやや少ない程度だ。
つまり登録者数の割に再生回数が多いということ。
まあ、まだまだおれの方が上だけどね、と心の中でマウントをとった。
さぁて、気を取り直して生配信でもするか。
でもとりあえず冒頭で昨夜のことを謝っておこう。
PCを起動させyou○ubeの配信ボタンを押す。配信画面は【ロキ】と白字のロゴが入っただけの黒い壁紙。BGMは無し。マイクのテストから始める。
「…聞こえる?」
~~チャット欄~~
『ちょっと小さい』
『聞こえん』
~~チャット欄~~
「おけ」
マイクのボリュームを上げる。
「これでいい?」
~~チャット欄~~
『大きいかな』
『まあいいんじゃない?』
『若干でかいかな』
~~チャット欄~~
「え~、あとはそっちで調整してくださいよ」
毎回思うが視聴者側で調整してくれると非常に助かる。
「まずさ、最初に言いたいことがあるんだよね」
~~チャット欄~~
『昨日のことでしょ?』
『ロキ酒飲みすぎ』
『失恋でもしたのか?草』
~~チャット欄~~
「失恋できるほど出会いないんだよー」
ネットでは彼女がいたことを表立って言ってはいない。
~~チャット欄~~
『ロキもだけど、mmもすごかったぞ』
『あ~mmちゃんも相当荒れてたね』
『あれは完全に失恋だわ、浮気でもされたんかな』
『mmって彼氏いたん??ショックなんだけど涙』
~~チャット欄~~
「mmって人さ、どんな人なの?おれよく分からないんだよね」
昨日知ったばかりだから動画もチラ見した程度で正直彼女のことを何も知らない。
~~チャット欄~~
『mmさんの動画癒し系かなあ』
『マイ○ラよくやってるけどすぐマグマダイブしてる』
『ゲームの説明が丁寧で分かりやすい感じ』
~~チャット欄~~
「へぇ~、じゃあギャップすごいね」
スマホでmmの昨日のアーカイブ動画を見ようとしたが削除されていた。
…… 流石に消すよな、あれは。
ある程度視聴者と話し合った後、そのまま格ゲーの配信を始めた。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
―――― ロキの1時間半ほどの配信が終わったと同時に、すれ違うようにしてmmが生配信を始めた。
「えーっと…昨日は本当にごめんなさい!!」
配信を始めて早々に彼女は謝罪をした。
「ちょっとお酒飲みすぎちゃって…ほんとごめんなさい!」
~~チャット欄~~
『謝らなくていいよー、てかお酒飲むんだね草』
『よかった、もう実況辞めちゃうのかと思ったよ』
『アーカイブ見たけど、かなり荒れてたね』
『ミリ振られた?』
~~チャット欄~~
「うわぁ、いろいろ詮索されちゃうよね…アーカイブは間違えて残しちゃってたけどすぐ消したよ!あと恋愛関係じゃないから!」
振られたというよりは莉未は振った側である。
「でももう辞めたくなるくらい恥ずかしいことしちゃったよね」
莉未もまた昨夜の記憶が定かではないらしい。
その後1時間ほどで生配信を終えた。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
翌々日
嬌太郎はいつも通り大学で講義を受け、学食にて瑛人とラーメンを啜っていた。
すると食堂の扉を開き、2人の女子生徒が入って来た。
それに気づいた瑛人が立上った。
「おーーい!莉未ちゃーん!こっちこっち!」
ゲッ……なにしてくれてんだよ。
今会いたくない人ランキングぶっちぎり1位の人物だということ知ってて呼んでるのか?
星莉未は伏見嬌太郎と同じ大学である。
「おい、瑛人!呼んでんじゃねーよ!」
莉未と目が合わないよう耳打ちした。
「えー、だって仲直りしないとじゃん?」
爽やかな笑顔にこれほど苛立ちを覚えたことが今まであっただろうか。
「あ、瑛人君。…でもそっちには行かない。ごめんね」
莉未は最初に声をかけられた時こそ笑顔を浮かべたが、隣りにおれが居ることを見た瞬間表情を消し、友達と離れたテーブルについた。
「なんだ残念」
「残念でもなんでもねぇんだよ。もう仲直りする気なんてないって言ったろ」
瑛人はどうしてもおれ達を元通りにしたいようだ。気持ちは、ありがたい。
「あのさ嬌太郎」
「ん?なに」
「お前なんで莉未ちゃんと付き合えたの?全然理解できないんだよね、嬌太郎ってそんなにイケメンでもないしさ」
瑛人はこういった辛辣な言葉を悪気なく口にすることができる。
何度か指摘したけど一向に直る気配はない。
「別にー。忘れたな、馴れ初めなんて」
「はあ?なーんかガッカリ。本当に仲直りする気もないのかよ。まあ何かあったら相談しろよな」
どうしておれみたいな凡人が莉未と付き合えたのかを気になっていたのは瑛人だけではない。
莉未も友達にすら言っていないようだからたぶん二人しか知らないはずだ。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
結論から言うと告白したのはおれだ。
経緯は著しくベタな展開。
大学1年生の頃、服を買いに街中へ行く為、上りの電車に乗ったんだが何故か混雑していた。
うちの大学の生徒もこの駅から乗るから更に車内は人で溢れた。
こんな時に気を付けるのは痴漢扱いされないこと。おれは両手で吊皮に捕まり冤罪防止に徹した。
その直後、隣りからの女性が小さな悲鳴を上げた。
おれじゃないぞ!
早々に額に流れてくる冷や汗を感じながら恐る恐る隣りを見ると、女性が後ろのスーツを着たオッサンに背中を摩られていた。
―――― 痴漢だ。
漫画とかドラマでは見たことがあるがリアルで見るなんてことは予想もしていなかった。
正義心なんて持ち合わせていなかったが、おれは本能的にそのオッサンの手首を全力で握りいつも出すことのない大声で叫んだ。
「ここに痴漢がいます!!」
するとオッサンの顔は引きつり始め、周りの皆の視線が集まり両隣りに居た男の人が取り押さえた。
次の駅でおれと女性が降り、哀れな痴漢魔は駅員に捕らわれ消えて行った。
ふぅ、おれって意外と勇気あるじゃん。
額の汗を服の袖で拭っているとその女性が頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。本当に…ほんとに助かりました…」
声が震えている、無理もない。痴漢に合うのは女性にとって恐怖でしかないと聞いた。
「大丈夫ですよ。ここにも女性専用電車があればいいんですけどね」
「はい…」
話しが続かない、さっさと次の電車に乗ってしまおう。
「あの…できればお礼をしたいのですが…」
「お礼?そんなのいいですよ」
「いえ、お礼させて下さい。何か…どこかのカフェでコーヒーでもどうですか?」
うーん。これは断れない感じかな。
「あ、うん。じゃあそこの喫茶店でもいいですか?」
「はい!」
彼女の表情が少し和らぐ。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
コーヒーを手に取り俯いている彼女に話しかける。
「あのー、もしかして京治大学ですか?」
今更だがおれの通う大学の名だ。
「はい!そうです。あなたもですか?」
「うん、何年?おれは1年です」
「え!一緒です!」
彼女は一気に笑顔になった。
「じゃあ敬語なしにしようか。自己紹介でもする?」
「あ、遅れてすみません。…じゃなくて遅れてごめんね」
急に敬語をやめるのに戸惑ったようだ。
「私は星莉未、えーっと…好きな食べ物はたい焼きです」
自己紹介で好きな食べ物言ってくるタイプの人、久しぶりに会ったなあ。
「おれは伏見嬌太郎、好きな食べ物は…んー、甘い物全般かな?」
莉未は似たもの同士だねとクスっと笑った。
大学の講義やサークル、講義のことなどを歓談し、最後に連絡先を交換してわかれた。
―――― これがおれと莉未の出会い。
これ以来よく連絡をとるようになり、親交を深めていった。
莉未は痴漢にあったことを友達にすら言えなかったようだったので、おれもそれを誰かに話すことはなかった。
別れた今でも誰かに教えることはしないと決めている。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
次の講義まで時間があるのでカフェテリアで休憩をすることにした。
スマホを取出しSNSを見ると、目を引いたコメントが1つあった。
『今日21時から生配信します!』
mmのコメントだ。
あの一件以来、関連コメント欄にmmがよく出てくる。
―――― 配信か、動画編集でもしながら聞いてみようかな。
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