第40話 思い通りにいかない人生




ガルゥ!




暴走したライオネルの攻撃は、たった一つの鳴き声と共に繰り出される。

氷魔法を纏った前脚による切り裂き攻撃はおびただしく、私の瞳に映る残像が消えゆく間も無く、次々と襲ってくる。


「……これがモルト君の能力か」


氷は太陽光を乱反射して、宝石と同格の輝きを帯びている。

この現象がここまで鮮明に見られるのは、彼の魔力に不純物が、全く混じっていないからである。


例えるならこの輝きは……魔物。

そう、魔物のように生き生きと魔力を扱えるような、そんな環境が彼を取り巻いていたからこそ、不純物の無い魔力が生成可能になる。


「──やはり、美しい」


「プロテウス! アンタ、感動してないで──」




シュン!




私とアイリスの間を、ライオネルの前脚が分断する。

そしてその攻撃が、まだ網膜に映っているのに──




シュン!




次の攻撃が、アイリスに飛んで行った。


「──せい!」


彼女はそれを剣で受け流すと、私の方を睨みつける。


「今は避けることに集中して! モルトの魔法は、その辺の魔法使いとは──」


「──格が違う。……あぁ、理解している」




シュン!




今度は私の方にも攻撃。

軌道は直線的かつ、速度の変化もない。

帯びている魔法の質は良いのだろうがしかし、肝心の攻撃自体が弱点。


「……フェイクか」


前の攻撃を囮にして、背後からもう一つ。

氷結魔法のみを飛ばして、挟み撃ち……。

意外にコイツ、知性もあるらしい。


「……やられた」


戦場において誤算はつきものだが、その一つ一つが命に直結する。

だからこそ与えられた状況を把握し、常に最善を考える必要がある。

それは前回の敗戦で、より深く身に染み込んだ事だった。


この攻撃も確かに、予測の範疇ではあった。

だが、たった一つだけ見誤ってた事実によって、私の体を貫くのだ。




「──私は、弱い」




──氷の刃によって背中を貫かれ、私は意識を失うのだ。







あの時、私がヘラの亡骸を見て最初に抱いた感情は、無力感に浸された悔しさだった。



あの時、私がもっと強ければ、彼女はアイリスに「プロテウスを待ってて」なんて、言うこともなかったはずだ。

あの時の暮らしが今も、続いていたはずだ。




……私が弱かったから、彼女を失った。




強くありたい。

生きるための強さを手に入れたい。

アイリスのように、自由な強さをもって生きていたい。


そう、私が彼女に対して抱いていた感情だって、怒りではなく嫉妬だ。

私よりも先を走り、強く、そして皆から慕われる……嫉妬するに決まっている。

でも私はそんな感情に気付かぬふりをして、彼女を突き放し、あまつさえ人殺しであると罵った。


悔しくて、悔しくて、悔しくて……。


彼女が悪人でないと、自分が保てないような気がしていた。

そんな気持ちがいつの間にか表面化していて、彼女にぶつけられ、今に至るのだ。


しかしながら、彼女はそんな私を受け入れてしまった。

彼女は何も言うことなく私の視界から消え、そして何事もなかったかの様に、彼女自身の道を歩み始めた。




──私はまた、置いていかれるのだった。







「──あっ、目ぇ覚めましたぁ?」


「……あぁ、……メディクか、ありがとう」


「どういたしましてぇ」


ぷつりと切れていた意識が元に戻ると、そこは未だに戦場。

アイリスが何処かでライオネルの気を引いているおかげで、ここは安全地帯になっているらしい。

ぼやけた視界の端で私を心配するメディクに支えられ、私は両足で地面に立つ。


「……アイリス、死んじゃう」


するといつの間にか私の横には、ヤミィくんが立っていた。

音もなく現れた彼女に少々動揺しつつも、私はライオネル討伐に脳みそを使う。

アイリスの戦闘風景に視点を合わせた。




「──攻撃は完璧に捌いている。……がしかし、防戦一方のように見える」


「……うん。……ジリ貧」


「早急に手を打ちたいが、……私は弱い。策もなしにあの戦闘に飛び込んでも、かえって足手纏いになるだけだ」


「……うん」


「……結構、正直な子だな」


そうは言っても事実。

今更そこにプライドをもっても仕方がない。

それよりも今は、『弱者に出来ること』を考える事の方が大切だ。




……今の私に出来ることと言えば、ライオネルの弱体を考えることくらいか。




そうして、しばし考えを巡らせた後、私の中にひとつだけ疑問が湧いて出てきた。


あの時、ヤミィくんは『……ライオネルは!』と言った。

モルトくんがライオネルに食べられた部位まで、丁寧に。




だが──




「──どうしてモルトくんの喰われた部位が『肝臓』だと特定できたんだ?」


そう言って、隣のヤミィくんに視線を落とす。

彼女はいたって冷静に、表情を変えずに教えてくれた。


「……分かるから」


「それは、なぜ?」


「……モルトの事は、臓器まで愛してるから」


「……?」


「……だって、好きな人のいる場所、分かるでしょ? ……それと同じで、好きな人の臓器がどこにあるのかも、分かる」


「……なるほど」


なんとなく分かってしまう自分が怖い。

私もヘラの亡骸を見つけた時、足が勝手に動くような感覚があった。

おそらく彼女にある感覚も、それと同じかそれ以上のモノなのだろう。


「……すると例えば、今、モルトくんの肝臓は何処にあるのか分かるのか?」


「……あそこ」


ヤミィくんが指差した方向は、ライオネル。

そしてそのライオネルの……首……ちょうど人間で言う、喉仏の辺り。




「アイリスに、あそこだけ斬り落としてもらえれば……」


ライオネルの機能は停止する可能性がある。

少なくとも、モルトくんの肝臓が体外に出ることで、確実に弱体化はする。

そうなれば私やテイラーの魔法でも、十分攻撃として通用する。


「──よし。ヤミィくんのお陰で、作戦の主軸はできた」


「……よかった」


隣に立つ少女の安堵の表情を一瞥し、私は周囲を見渡す。

そしてとある一点……フロンくんと目が合った。








私はようやく、アイリスのいる前線へ到着した。

彼女の疲労感は一目で理解できるほどで、それでもまだ力強く剣を握っている。

私の事など視界に入れず、ライオネルの次なる攻撃に備えていた。


「──作戦は?」


彼女の第一声は、そのたった一言。そしてやはり、視線は送ってこない。

私も彼女のように視線をライオネルへ向けた後、続けて作戦を告げることにした。


「ライオネルの首だ。そこにあるモルトくんの肝臓を、キミが抜き取れば──」


「──そんなのっ!」




ガルッ!




ライオネルの攻撃が、アイリスをとり囲むように展開される。

彼女はその一つ一つを丁寧に捌きながら、叫ぶように続けた。


「無理に決まってるでしょ!? 自分でやりなさいよ!」


「──あいにく!」




ガルッ!




ついに、攻撃が私の方に飛んできた。

視界に映るモノでも、三方向からの攻撃。

そしておそらく背後からも三つ。


すべて避けることは不可能だが、被弾が最小限になるのは……。




「──私は弱いんだ!」




右から来る攻撃とその背後から来る攻撃にだけ、魔力の含有量が少ない。

それはこのライオネルが、右利きだからだろう。

私は迷わず、右側の攻撃に被弾する。


「……っ!」


右腕と右足の双方に、ライオネルの爪が食い込んで肉を切り裂かれた。

だが、これは火炎魔法を応用した止血方法でどうにかなる範囲。

私は傷口の範囲を熱して、肉と肉を強引にくっつけた。


……多少痛みは伴うが、死んでいないならよし。




「プロテウス! 無理しないで下がって!」


アイリスの声が上から聞こえてきた。

私を心配するような発言をしているが、彼女自身に余裕があるわけではない。

視線は常にライオネルに向いている。




「……もう、次が来るのか」




ガルッ!




かなり急いで止血したつもりだったが、まだ不十分。

右足の血液はトクトクと流れ出て──




「……あ゛あ゛っ゛!」




右足の傷口をっ……コイツ……わざと……。

先程よりも損傷が激しい……痛い痛い痛い……。

止血もおそらく間に合わず、次の攻撃には……私の命が……。




──だが、それでいい。




私は、懐から『青いブレスレット』を取り出し、手首に嵌めた。

これは初めてギルドに入った時、魔法使いとしての才能を診断する際に使用したモノ。

青いブレスレットの効果は、着けた者の魔法の威力を最低威力にする。


「──お前は賢いから、弱らせた獲物を喰らうのだろう?」


さっき保険として、フロンくんから借りておいて正解だった。

戦場において、誤算はつきもの。その誤算を想定して、幾つも策を練る。

初めからアイリス頼りの作戦一本で、どうにかなるなんて思ってない。




「……さぁ」




案の定、ライオネルの次の攻撃は爪ではなく、大きく開かれた口。

私を捕食して、新たな能力を利用する算段らしい。

だが、お前が喰って手に入れる能力は『最低威力の魔法しか放てない』という、圧倒的にいらない能力。




「……私を食え。……バケモノめ」




ガァァァ!




ゆっくり、瞳を閉じる。




「……アイリス、後は頼んだ」




ライオネルの口が近づく。

牙が綺麗に整列していて、その口で捉えられた獲物は、容易く噛み砕かれるだろう。

それはきっと……私も例外ではない。




ガキンッ!




……その、まるで金属が壊れるような音。

それが私を、どれだけ深く地の底に突き落としたか……。

うっすら、嫌な予感と共に瞳を開ける。




……あっ。




ブレスレットが、壊されて──




「──プロテウス!」




──ゴクン!




……私の目の前で、プロテウスは飲み込まれた。

足を怪我して動けない彼を、ライオネルは飲み込んだ。




──プツン




私の中で、何かが千切れる音がした。 

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