第39話 反撃の狼煙は宙を漂う




──私よりも先に行く人を、私は仲間にできるだろうか。




──私は取り残されても、耐えられるだろうか。











「──私も行く」


快晴広がる地面の、カケダーシの街と外とを隔てる門の下。

プロテウスとテイラー、そしてヤミィとフロンは、ほとんど同時に振り返った。

そしてその4人が同時に見ることとなったのは、いつもより落ち着いているアイリスの姿であった。


「ライオネル、倒しに行くんでしょ? 私もついて行くわ」


その時吹いた温かい風は、アイリスの全身を優しく包む。

彼女の赤い髪が緩やかに靡くと、プロテウスは彼女の背中でひっそりと佇むヘラの幻影を、自身の瞳の奥に捉えたような気がした。


「……ヘラ」


プロテウスは俯きながら言った。

思い出したくない思い出ばかりが彼の頭を支配して、呼吸すら苦しくなる。

それらは全て、愛おしいモノのはずなのに、今では呪いのように絡みついてくるのだ。


「違うんだ。彼女は、もう……。私のせいで……」


アイリスはそんな様子の彼を静かに見つめる。

そして彼女はプロテウスの方へ一歩踏み出すと同時に、こう言い放つ。


「立ち止まって後悔ことは、本当に苦しいの」


その様子は、俯くプロテウスの目には映っていなかったが、確かに言葉は届いた。

俯いていた彼もいつしか、アイリスの方に視線を預けている。


「ねぇ、プロテウス」


アイリスはプロテウスの手をとる。

過去に囚われて苦しむ彼の手を、両手で優しく包み込む。


「昔みたいにはいかないと思うけど、一緒に戦おう」


「……」


「仲間として、一緒に」


「……」


そして、2人はゆくりなく視線を合わせる。

双方、口角はいささか吊り上がり、ほくそ笑む。


「──戦おう、一緒に」


「ありがと」


こうしてライオネル討伐は正式に、アイリスとプロテウスの合同パーティが担うこととなった。







──憂鬱だ。


鬱蒼と木々がざわめく森の中で、ライオネルは一匹、ため息を吐く。

上半身と下半身は逞しいライオンの姿であるのに対して、首と頭は九つ。

それもキリンのように長く、蛇のようにウネウネしている。


──なーんで俺たち、飯を食うたびに頭が増えるんだよ。


彼は苦悩していた。

自身の体の、わけわからん要素に。


──おかしいだろ、普通。


──どういう進化の過程を経てこうなるんだ?


こんな風に、彼が文句を垂れていると、彼の視線の端で何か、動くモノがあった。

いつもなら無視して文句を続行するのだが、そこから妙に大きな魔力を感じる。


それも、直近で感じたことのある質感と密度。

彼は九つの脳で記憶を整理して、しばしの時間が経ったのち、結論に達する。


──そういえばこの前食った冒険者の仲間、逃しちゃったんだっけ。


彼の記憶のフィルムがクルクルの回り、色々な映像が再生される。


回復魔法使いを食った時とか、その後、腰を抜かした少女を庇って、俺に噛みちぎられた少年の内臓の味とか。

魔法を撃ち尽くした魔法使いの絶望した顔、少年の血液をたっぷり浴びて、今にも壊れてしまいそうな表情をする少女。


──良い、思い出だ。


──全部の頭に記憶しておこう。


「ガルッ、ガルルッ! ガルガルルー……」と、鼻歌混じりのライオネル。

楽しい記憶の整理作業が、盛り上がっている証拠だ。

彼が記憶をダビングして、それぞれの脳に保管しようとするその瞬間──




「──到極上ドグラ火炎球マグラ


「ぶった斬るっ!」


ライオネルの右と左の双方から魔法と斬撃。

それらは彼の視界に入った時点で、攻撃として完成されていた。

完璧なタイミング、角度。そして、意識を逸らすための策略。


──魔力の存在はフェイクか?


そう、最初にライオネルが感じた魔力は、テイラーのモノ。

そして今まさに彼の首を切り落とさんとしている二つの攻撃は、アイリスとプロテウスのモノ。




──人間、賢いな。




ライオネルはその攻撃に対して、避けるような動作をしない。

むしろ首を差し出すように、2人の方向へ傾けた。




ボゴォン……!


ズシャァッ!




魔法、斬撃共に命中。

ライオネルの首は二つ、地面に転がる。


「メディクは中心! 五番目の首だ! それ以外の首は切り落とす!」


「りょーかいっ!」


短い意思疎通が終わると、2人は次の攻撃の体制に。

アイリスは剣を握り直し、プロテウスは手のひらに火球を作り出す。

ここに至るまでの時間は瞬き一回分ほど。


ライオネルが、彼らの次の攻撃に対して打てる手など、存在しないはずだった。




──赤黒い沼の底へジャック・ナイフ




「──っ!? なにこれっ!?」


アイリスの視界を塗り潰し、プロテウスの火球を鎮火する赤い液体。

地面から勢いよく噴き出すソレによって、2人の空中姿勢は崩される。


「アイリス! 避けろっ!」


アイリスは運が悪い。

液体が目の中に入ってしまった故、彼女をめがけて飛び出てくるライオネルの攻撃に対する反応が遅れた。


「……あっ」


既に、ライオネルの牙は彼女の喉元へと──


「──極上グラ氷結弾フリジアット


パンッと乾いた音を伴うその弾丸は、通った道筋全てを凍らせながらライオネルの首へと到達した。

その後、着弾点を中心に氷結が開始、瞬く間に首が一つ凍結。

すかさずアイリスは、ライオネルから距離をとる。




これにてライオネルの首は六つとなり、怪我人も皆無。




「なんなのよコレ。めっちゃ気持ち悪い……」


アイリスは自身の顔についた液体を袖で拭う。

すると、茂みの中からひょっこりとフロンが顔を覗かせた。


「おそらく血液です」


「血液?」


「はい。ライオネルはその赤い液体を、初めに切り落とされた二つの首から、アイリスさん達に飛ばしていました」


「……あー、確かにそう言われると、そうかも」


この会話の間に、アイリスの顔は綺麗になる。

再び剣を握って、いつも通りにこやか、自信満々。


「タネさえ分かれば、怖くないわね」


「そうですね。視界が奪われないように立ち回れば、無力化も簡単です」


フロンとアイリスは遠巻きにライオネルを見つめながら、会話を続ける。

その間、テイラーはもう一つの狙撃ポイントに移動していた。


「でも一応、毒があるかどうかだけチェックさせて下さい」


「おっけー。じゃあ終わるまで、私は待機──」


「終わりました。異常はないようです」


「早くない!?」


アイリス、戦線復帰。




そうしてアイリスとプロテウスは合流し、息を潜めてライオネルの動向を伺う。

テイラーが第二の狙撃ポイントに到着するまで待機。


「──もう再生してるのね」


「──あぁ、メディクの回復能力は素晴らしいな」


ライオネルは既に、切り落とされた首のうち2つを完全に結合していた。

残された1つの結合も、そう時間はかからないだろう。

圧倒的な回復能力……以前、プロテウス達が敗北した主な要因だ。


メディクを救出するには、短時間で全ての首を切り落とす必要がある。


「──魔力は? まだある?」


「十分……と、言いたいところだが、総攻撃はあと2、3回が限界だ」


「分かった。……じゃあ、慎重にいきましょ」


「……幻滅したか? ……悪かったな、魔力量が少なくて」


プロテウスの口調は依然として威圧感をもっていたが、肝心の中身は弱々しい。

そんな珍しい彼の姿に、アイリスは軽く微笑む。


「別に? 戦場じゃ見栄を張られる方が困るから、むしろありがたいくらいね。正直者ほど生き残るわ」


「……まぁ、そういう事だ」


アイリスの取り繕わない自然なフォロー。

プロテウスにも、笑みが生まれた。




──テイラーさん、第二狙撃ポイントに到着です




テイラーが第二の狙撃ポイントに到着したという知らせが、ヤミィからフロンへ、フロンから2人の元へとリレー形式で伝わる。


プロテウスは木の影から立ち上がり、両手に魔力を込めた。


「血液に注意。あと、右から3番目の首は火炎魔法を使う」


「りょーかい」


「万が一火炎魔法を放たれた場合、お前は避けなくていい。私が相殺する」


「信じてるからね」


「──あぁ、存分に信じてくれ」


その意思疎通が終わるや否や、2人は左右に分かれて展開する。


左から四つの首を狙うアイリスと、右から四つの首を狙うプロテウス。

そんな彼らを援護して、視覚からの攻撃を排除するテイラー。

情報収集と現状把握を行い、危機管理を徹底するフロン。


モルトに想いを馳せるヤミィ。


この完璧なパーティの連携は、ライオネルも想定できなかった。

少なくとも、以前戦った時のような楽勝さは、微塵も感じていなかった。




──くそっ!


──回復が間に合わない!




ライオネルは最初の奇襲で再び、2つの首を落とされた。

その時にカウンターとして使用した『赤黒い沼の底へジャック・ナイフ』は効果なし。

やむなく回復に徹しようとした矢先──


「──到極上ドグラ火炎級マグラ!」


「──ぶった斬るっ!」


またもや二つの首が切り落とされる。

地面に転がる自信の残骸を見て、ライオネルは珍しく焦る。

特に、右から2番目の首がお気に入りだったがために、精神的にもダメージを受けることとなった。




──あー!


──氷魔法が使えなくなっちゃった!


──でも、コッチも案外強いのだ!




ライオネルの右から3番目の首は口を開き、魔力を瞬間的に装填。

目の前で攻撃を仕掛けようとしているメガネの男に標準を合わせる。




── 到極上ドグラ火炎級マグラ




「──到極上ドグラ火炎級マグラ!」




火炎魔法同士のぶつかり合いは、火力が高い方に軍配が上がる。

つまり、プロテウスの方というわけだ。


ある程度威力が相殺されたとはいえ、火炎の最高クラスの魔法だ。

ライオネルはモロに喰らってしまう。


「── 極上グラ氷結弾フリジアット


そんな満身創痍状態の彼に対して、追い討ちをかけるかのように狙撃。


「──もういっちょ! どりゃあ!」


さらにはアイリスの斬撃。

コレは二つの首を同時に切り落とす。


こうして一瞬の間に、残すはメディクのいる首のみ。

もちろん、その首に攻撃を行えるような能力は備わっていない。

そう、というわけで──


「──これで終わりっ!」


アイリスはライオネルの首に対して、縦に斬りつける。

すると案の定、中ではメディクが半裸の状態で眠っていた。


「プロテウス!」


「あぁ!」


アイリスの掛け声に合わせて、プロテウスがメディクを首の中から引き出す。

なんかネチョネチョしていたが、そんなこと、今の彼には些細なことだ。

そのままメディクは近くにて待機をしていたフロンに担がれ、戦線から遠のいて行く。


「クエストクリア! 帰るわよ!」


「……いい仕事だったな」


アイリスとプロテウスがそう言って、ライオネルから意識を外したその時。

森が何となくざわめき、何かを伝えようと尽力しているような、そんな感覚。


が、2人は気づかない。


その事に気づいていたのは──




「……まだ! モルトがいる!」




突如、茂みに隠れていたヤミィが2人の元へ飛び出す。

いつもはボンヤリとしている彼女だが、今だけは必死に訴える。


「……ライオネルは!」


ヤミィはアイリスとプロテウスの背後を指差して、顔面蒼白。


「──えっ?」




アイリスも彼女の異様な雰囲気に呑まれ、振り返ったのだが。




……そこには、いた。




「──まさしく、怪物だな」




先ほどよりも一際大きく、そして上質な魔力を携えたヤツが。

理性のリミッターはとうの昔に外れていたらしく、ドバドバと涎を垂らすその姿。

苦しそうに繰り返す呼吸には、リズムと言う概念は存在しない。




ドパパパパパパッ!




「── 極上グラ氷結弾フリジアット・機関銃《ガトリング》」


テイラーも状況の異常さに気づいていた。

故、先ほどよりも殺意の高い攻撃でライオネルを襲ったのだが……。




──痛くない、痛くない。




──人間は賢いけど、俺よりも弱い弱い。




──全部、食料。




無傷、無反応、無効、無理……。

ありとあらゆる言葉を使って、この絶望は表現できる。

テイラーの魔法が、まるで子供の肩たたきのような扱いを受けてしまったのだから。




「──さて、どうしたものか」




プロテウスの言葉は、煙の如き弱々しさで、上空にて滞留した。

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