第38話 過去現在因果の話

トクトクトクと血液のように、静かな時間が流れる。


ベットにて横たわるのは、細々とした呼吸を繰り返すモルトくん。

そんな彼を、私は立ち尽くして見つめる。


彼のパーティメンバーはすでに見舞いを済ませたようで、部屋の隅に置いてあるシンプルなテーブルには、バケットに入れられたフルーツが顔を覗かせていた。


「……これでも、幸運か」


相手はヤマタ・ノ・ライオネル……いや、今となっては

テイラーも私も魔力を使い果たし、回復までに数日かかる。

モルトくんは肝臓を食いちぎられて、それでもヤミィくんの魔力装填エンチャントで戦おうとして……。


だが、それよりも大きな被害は──


「──メディク」


回復・補助魔法に専念させていたのが失敗だった。

彼ほどの魔法使いであればライオネルの攻撃を喰らっても、即死さえ免れれば自己回復だって間に合うと……そんな、希望的観測だった。


「……っ! クソっ!」


苛立ちと後悔に任せて、太腿へと拳を振り下ろす。

鈍い痛みと共に、私の拳はキリキリと悲鳴を上げていた。


ライオネルの特性を理解していないわけではなかった。

が、まさか戦闘中に……それも生きたまま飲み込まれるとは。


そこからはメディクの回復魔法を半永久的に使われて……地獄だった。

斬っても魔法を当ててもすぐに回復され、挙げ句の果てには、既に斬り落としていた首の再生までされる始末。

そんな無限の戦いで遂にはモルトくんまで……。


だが、モルトくんへの応急処置のできる人間が、あの現場にいてくれて助かったのも事実。

なにも全てが悪いことでは、……なかった。




「──フロンちゃん、明日には魔力が戻るって」


いつの間にか私の背後に立っていたテイラーはそう言うと、モルトくんの寝ているベッドの隣に椅子を置くが、座らず。

少々姿勢を前のめりに、彼の額に手を当てながら、再び口を開いた。


「にしてもあの子、回復魔法なんてドコで覚えたのかしら?」


テイラーはそう言い終わると、ここでようやく椅子に座る。

足を組んで、眉を寄せて、難しい顔をしていた。


「……教会に通ってる様子もなかったし、魔導書なんてお高いモノだって、買えなそうだし。……ね、プロちゃん、どう思う?」


「知らん」


「えー。つまんない」


正直、誰かと話すのも億劫だ。

それでも私は、仲間のことを無下にするような人間ではない。

私は再び、重々しい口を開いた。


「……今は、そういう気分じゃない」


「もぅ、少しくらい気の利いたコト言ってよね」


「……ふざけているのか?」


私の怒りの孕んだ視線は、テイラーの方へ向いていた。

しかしながら彼女は驚いたような表情。

自分の言動を客観できていないのか、はたまたアイリスのように──


「なぁ、テイラー」


「んー?」


心が傷まないのか?

仲間の、たった一つしかない命を失って、傷つけられて、それでも何も出来なかった自分達が悔しくないのか?

自分の弱さと、向き合うこともできないのか?


私は、そんな言葉を全て含んだ視線を彼女に向けた。

だが、彼女の表情に変化を期待する方がバカらしい。


「……はぁ」


口からは勝手にため息が出た。


「キミは、メディクが死んでも──」


「──死んでなんかないわよ」


テイラーは私の言葉の続きを奪い取り、彼女の好きなように続ける。


「……今はただ、ライオネルの喉元で眠ってるだけ」


彼女はそう言うと、笑った。

晴れた空を見上げるときのように、それは、希望に満ちた笑顔だった。


「だから、プロちゃんも行くでしょ?」


彼女は、微塵も仲間の死の事を考えていないようだった。

それはつまり、あの絶望的な強さのライオネルから──


「──メディクを助けに」


「……本気か?」


「ええ、もちろん」




ライオネルについて──『魔物類纂』より一部引用。


さて、ここからはライオネル……冒険者殺しについての記述である。

上記の魔物の見た目は、一般的な雄ライオンと一致している部分がほとんどであるが、無論、差別化点も大いに存在する。


現時点で端的に表せば下記の2つ。


『捕食したモノの魔法や攻撃を一時的に再現し、自由に使える能力がある』

『捕食をした時点で首が一つ増え、その首に前述の能力が宿る』


という2点。


やはり攻撃や魔法のコピー能力が厄介で、冒険者にとっては大きな脅威となる。

特に、仲間思いの『人情』に溢れた冒険者に。


理由としては単純だ。


ライオネルに捕食された対象はしばらくの間生きており、喉元を切り裂いて救出する事が可能である……という研究がある。

それ故に、仲間を喰われた冒険者が仲間を救出する為に尽力し、その結果、芋づる式に被害が拡大するケースがあるのだ。


……ちなみに、仲間を助け出したという前例は、未だにない。


ヤツの別名が『冒険者殺し』であるのも、このような点から起因している。







「──おい! アイリスだけか!? アイツは!?」


「……」


夜、とある森のとある所で、アイリスは立ち止まっている。

うつむく彼女に呼応するように、心なしか、握っている剣も光を失っていた。


そんな彼女に追いつくような形で、プロテウスは合流する。

焦燥感に駆られた様子で、ただ事ではない様子で。


「──アイツは!?」


「……先に、行った。……私には『プロテウスを待ってるように』って言ってた」


「1人で、行かせたのか?」


「──うん」


プロテウスは目を見開き、衝動的にアイリスの肩を鷲掴む。

そこから、怒鳴るように質問を浴びせた。


「なぜ止めなかった!」


「……」


「アイツの体のことは分かってるよな!? もし、あと一回でも魔法を放てばっ! アイツの体はっ!」


「……」


「答えろアイリス!」


「……弱いから」


「──は?」


ボソッとアイリスは呟く。

その後、彼女ははっきりと言葉を続ける。


「……私はっ、弱いからっ! 足手纏いにっ、なるっ、からっ……!」


「お前っ……だからって、仲間を見殺しに──」


そう、プロテウスが言い終わる前に、辺りは閃光に包まれた。

ピカッと光ったかと思うと、その辺りに暴風が遅れてやってくる。

少しでも気を抜けば吹き飛ばされるくらい、とても強い風だった。


やけに暖かい風だ。

それはまるで、人の温もりのようでもあった。

2人はそれに包まれながらも、とある確信を抱いていた。


「──ヘラ」


「……」


「──そんなっ」


「……」




そしてやがて風は無くなり、やけに静かな夜の森が広がるだけだった。




「……帰るわよ」


アイリスは踵を返す。

地面にはポタポタと滴り落ちる雫。

それでも、彼女は声色ひとつ変えずに続ける。


「……クエストは成功。……けど、ヘラの事はギルドに報告する」


「──見捨てた仲間の報告か?」


プロテウスはアイリスとは反対に、ドス黒い声色で続ける。

それはまるで魔物のような声だった。


「いや、殺した仲間って言った方が合ってるのか?」


「……そんなことっ、私に言わないでよっ!」


「言うだろ、普通。人殺しには、人殺しって」


「──違うっ!」


「違わないし、言い訳は聞きたくない。……それにお前とはもう、仲間じゃない」


「──プロテウス?」


アイリスとは反対方向に歩くプロテウス。

その先にはきっと、最後の魔法を撃ったヘラの遺体があるだろう。

仲間の死体というこの世で最も見たくないものが、彼の向かう所にはある。


それでも、彼は供養してやりたかった。


「──ヘラ」


そう、何度も呟いて歩く。

彼の左手の薬指の指輪は、月明かりに照らされて鈍く輝いていた。

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