第29話 快楽物質の供給過多

ギルド長と別れた後、俺たち4人はクインのクエストを受注し、その足でフロンさんの家に帰った。

ちなみに、彼女の家の裏にある魔法の訓練場に関しては、すでに大半の工事が終了しており、あのけたたましいモーニングコールは鳴り響かなくなってしまった。

月日はゆっくりと、しかし確実に過ぎているのだ。




「──じゃあ、アイリス。……魔法、かけるからね?」


「……ん」


アイリスは家のリビングのど真ん中に正座して、やや緊張しているようだった。

こわばった顔で、目の前に立つ俺を見上げている。


「……よし。……じゃあ、始めるよ」


かく言う俺も、かなり緊張している。

……だって、今から彼女にかける古代魔法は、扱いが色々と面倒くさいから。


「──んっ」


俺が腰を曲げ、アイリスの両肩にそれぞれ両手を置くと、彼女は軽く声を漏らした。俺は気にせず、そのまま彼女の肘の方に、両掌をゆっくり滑らせる。


この古代魔法は、彼女の体の造形を正確に記憶しなくてはならない。

彼女の形を正確に記憶して、その範囲ピッタリに魔法をかけなくてはいけないのだ。

もしもここで範囲をミスしてしまうと、後々もっと面倒臭いことになる。


だから決してやましい気持ちなんて、ない。

仕方なく、本当に仕方なく、俺はアイリスの全身を触らなくてはいけないのだ。


これは大切なことだ。


「……ふぅ」


俺はアイリスの肩から腕にかけての形を脳内に刻み込み終えると、一息ついた。

額に滲んだ汗を軽く拭き取り、集中力を上げる。


次は……アイリスの……胸部。

大丈夫、大丈夫。形を確認するだけで終わり、それ以外には何も考えない。


「……さっき説明したから、大丈夫だと思うけど。……胸、触るよ?」


「いいから、早くして」


アイリスは先ほどよりも緊張しているようだった。

……いや、それは俺も同じか。……何はともあれ、ここから先は危険地帯だ。


「じゃあ──」


肩から掌を滑らし、彼女の鎖骨のラインを一往復。

そして形を、脳内に刻み込む。


「…………………………んんっ」


この時点で一息、アイリスの口から零れ落ちた。

俺は大きく息を吸って、そのまま、彼女の鎖骨から下に、下に向かって──。


「…………………………」


柔らかい……じゃなくて、形を記憶しないと。

ひとまず、胸部の外周を確認して……で、膨らみの大きさの確認と──。


あと……あと……。


俺の両手は、いつの間にか止まっていた。いや、意識的に止めたのだ。

アイリスの、慎ましくもハリのある小山の、その頂点を手前にして。


限界だ。これが、俺の限界だ。

この先に進めるのは俺じゃなくて、彼女が本当に愛した人だけだ。

俺みたいな下衆な人間が、安易に踏み入れてはいけない聖域が、そこにはあった。


「はやくっ……してって……言ってるでしょ?」


アイリスの熱籠った言葉によって、俺は現実に引き戻された。

突如広がった視界。俺の周りにはヤミィや、フロンさんだっている。


そんな中で、アイリスを辱めるようなコト……


「……ごめん。……こんなこと、俺にはできない」


そう言った直後、……もしくは、かなり後。

アイリスの掌は、俺の腕を掴んだ。


「アンタっ……」


息の上がった彼女。

艶やかな呼吸と共に、俺に何かを訴える。

しかしその訴えは言葉として発せられず、行動として反映されるのだった。


「……あいりす!?」


彼女は、自身で、その小山の頂上に俺を導く。

より一層熱の籠った表情と視線は、俺に注がれるのだった。


「──ちゃんと、覚えてっ」


「…………」


そう囁く彼女の声はきっと、この部屋には響かない。

いや、それ以前に、ヤミィにもフロンさんにも届かない。

だって、アイリスは、俺の耳に直接そう言ったから。







部屋にさす日光は、少しずつ長くなっていた。

部屋には2人の女の子と、猫が2匹。

……そしてアイリスの服が、とさっと置かれている。


「にゃにゃにゃにゃ!」


「にゃーん……」


赤色の猫は怒っている様子で、黒色の猫にパンチを連発していた。

まぁ、そういう風になるのも無理はない。

俺が、アイリスにかける古代魔法をミスしてしまったのだから


そのミスの内容を端的に表せば、指定範囲のミス。


俺は確かに、アイリスの体の形は完璧に覚えていた。……そう、形は。

でも、最終的に変化させる際に、彼女の服の分の範囲を忘れてしまったのだ。


ではこうなった場合、何が起きるのか。

……これも端的に言えば、変身が解ける時に、アイリスが全裸になってしまうのである。


……やはり、古代魔法は面倒くさいな。


「にゃにゃにゃにゃ!」


「喧嘩しないでくださーい」


そう言ってフロンは、アイリスを抱き抱えた。

しかしながら、フロンさんの腕の中でも暴れるアイリス。

俺の方へと、今にも飛びかかってきそうである。


「にゃゃゃあ! にゃにゃぁ! にゃ──にゃ!?!? にゃ!?」


そんなアイリスに対して、フロンさんは容赦なく腰トントンを決行。


「はーい。大人しくして下さいねー……」


「にゃ!? にゃ!? にゃ、にゃぁぁ!?」


……一定のペースでトントンされる、アイリスの腰。

猫だから分かるが、あれは気持ちいいんだ。

あの部分、ちょうど仙骨のあたり、神経が集中してるからね。




「……モルト」


アイリスが快楽に蹂躙されゆく様を眺めていると、背後から、大きな影が俺を覆った。


「──にゃ!?」


ヤミィは俺を抱き抱えた。


ムギュュュュュゥ……


すぅぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁ


彼女は苦しいくらいに抱きついて、深すぎる呼吸を繰り返す。

これは、猫に顔を埋めて呼吸をする……いわゆる猫吸いである。




アイリスの鳴き声……


「にゃ!? にゃ!? にゃ!? にゃ!?」


ヤミィの呼吸音


「すぅぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁ……」




そういうカオスはしばらく続き、日が傾いて太陽が覗き込んで来るまで行われた。

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