第28話 空は青いが、影は前を向く



ぴちゃっ……ぴちゃっ……ぴちゃぴちゃぴちゃ……




ジャバァァァァッ!




「……なぁにしてんのよ。……風邪、引いちゃうわよ?」


晴天続きの平野で、未だ、地面に転がる景虎。

そんな弱りきった彼に、水魔法をぶっかける悪魔……彼女の名前はリリス。

魔王軍幹部の1人であった。


悪魔と言うには美しすぎる風貌と、しかしながら人間ではない証明として生えている、大きく捻れた2本の角。

背中には毒々しい色の翼が生えていて、その大きさは成人男性1人くらいなら容易に包み込める程のものだった。


そんな彼女は艶やかな笑みを浮かべて、景虎を見下ろし、水魔法を彼の顔面に注いでいた。


「……リリス。もうやめておけ」


リリスの更に後ろ側。

太陽を背にするように歩いてきた大男……ミヤモトは、ため息混じりの声でそう言った。


「あらぁ? 裏切り者を庇うわけぇ? アンタも随分と丸くなっちゃって──」


リリスは振り返り、ミヤモトを見るや否や、わざとらしく驚いた様子を見せる。

しかし、彼女のそのような挑発的な様子をミヤモトは気に留めることなく、景虎に近寄ると、ゆっくり腰を曲げた。


「──裏切り者とは言え、同郷の男だ。……情の一つや二つ、ここに置かせてくれ」


ミヤモトはそう言って、風呂敷にくるまった何かを景虎のすぐ横に置いた。

リリスが目を凝らして風呂敷の中身を覗き見ると、大きくて不恰好なおにぎりが二、三個ほど裸のまま入っている。


「鮭と……梅干しと……鰹節?」


「──あぁ」


何故かおにぎりの中身を言い当てるリリスを、やはり気に留めないミヤモト。

彼は水が流れるように立ち上がった後、天を仰ぎ見て言葉を続ける。


「オレ達の好物だ」


そう言ってミヤモトは、景虎の元から離れる。

彼の背中を追うようにして、リリスもこの場を去った。







この空を、僕はどれくらい見続けるのだろうか。

恒常的に流れる雲の形も、もう見飽きて来た頃だろうに。


「僕は……救えなかった……のかな?」


この問いも、飽きるくらい口に出して呟いたものだ。


もしもあの時邪魔が入らず、僕があの少女を殺して、魔王軍の行先を完全に断ち切れていたのなら、多くの魔物が救われていた。

僕の新しい魔王くんならきっと……人間とも戦える。


……でも、僕自身がこの有様。


もしかしたらこの先、魔物の立場はどんどん弱くなっていくのかも知れない。

人間に負けて、捕まり、コスパの良い労働力として扱われるのかも。


そんな未来、嫌だよ。


でもっ……僕にはっ……力がない。


弱者が淘汰される中で、無駄に足掻けば犠牲が増えるだけ。

……そうか、僕自身も……僕自身も、弱者に数えられているんだった。


「──強く、なろう」


決意は固まった。

僕はようやく2本の足で立ち上がり、蒼空から視線を外す。


「──何者よりも、強くなろう」


前を見ると、終わりの見えない草原が広がっていた。

でも、世界はこんなもんじゃない。もっと広くて、自由だ。




──この日、新魔王軍(所属人数・1名)は、滅んだ。

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