第22話 地に堕ちた

月は魔王城の真上に鎮座していた。

真っ黒な影が一つ、ゆらりと、クインの寝ている和室に入り込み、モゾモゾと蠢き形を変える。

やがてその影はカゲトラの形になり、落ち着く。


「──キミがいるから」


寝ているクインを見下ろし、カゲトラは呟いた。

そして影の中から大きな鎌を取り出して、振り上げる。




──近年、魔王軍の衰えは、魔王自身の衰退とも言えた。




彼の所有している魔力が、その他の魔物が所有している魔力を下回って、魔王ですら、各地で繰り広げられる下剋上の荒波に、飲まれようとしていたのだ。


それにこの現状を裏付けるように、幹部の1人であるカゲトラは着々と、魔王打倒への準備を進めていた。




カゲトラの振り上げた鎌は、彼の真上でピッタリと止まった。


「──これで、魔王軍は……」




──カゲトラの計画は、順調に進んでいた。




魔物達に反乱を起こさせ、幹部の多くをそちらに向かわせる。

自身は側近として魔王城に残り、逐一魔王の動向を探れるようにする。


その結果手に入れた情報が、『カケダーシ王国の姫と、次期魔王候補とを結婚させ、人間側にも魔王勢力を伸ばす』と言ったもの。


その作戦を聞いた時、カゲトラは激怒した。


魔王軍と人間との間の溝をそのような形で埋めてしまっては、両者の関係はより拗れて、多くの死者を出す事は明白だ。


そんな単純なことを、魔王自身が理解していないのだろうか。

否、彼はきっとそれを理解した上で、多くの人間や魔物の命よりも、魔王軍の存続を優先したのだ。


弱者が淘汰される過程で無駄に足掻けば足掻くほど、犠牲が伴う。


もう魔王軍は存続できない。

少なくとも、現状の体制では。

そう結論づけてしまえばいいものを……。




「──だから、ごめんね。キミが天秤にかけられた時点で、こうなる事は確定していたんだよ……」


諦めたように呟くカゲトラの目尻から、一筋の涙が溢れた。


大勢の命、クインの命。

天秤はクインを天に持ち上げ、大勢を地に堕とす。


カゲトラの鎌は天を刺すように持ち上がっていて、やがてはきっと、地に堕ちるのであろう。


きっと……きっと……きっと……


しかしまだ、カゲトラの振り上げた鎌はピクリとも動かない。

彼の視線はクインの傍ら、彼女の枕元にある違和感へと流れる。

ぽっかりと、まるで何かが置いてあったかのように、布団のシワが寄っていた。




……ピシッ




彼の視線が今度は、自身の鎌へとスライドする。




「凍って──」




……ドゴッ!




カゲトラは何者かに顔面を蹴られ、吹っ飛ぶ。

彼はそのまま、背後の障子を突き破った先の庭に転がると、敵の居場所を探る為、魔力での探知を始めた。

が、クイン以外の反応はない。




「──不可視と不可探知」




カゲトラはこの時点で、さっきの攻撃の主を特定した。


無音で魔法を放つ技術、古代魔法の重ねがけを行う集中力。

彼が長らく生きてきた中で、こんな芸当を行える者など1人しかいない。


「──魔王様。衰えてもなお、ここまで……」


カゲトラは両手を開き天を仰ぐ。

信仰している神が舞い降りたかのように、恍惚と震えていた。


「──でもっ……僕にはもう……勝てない……」


カゲトラを中心にして、地面に大きな影が生まれる。

そしてその影は、間欠泉のように噴き出して、周囲に撒き散らされる。


「見えないのなら、見えるようにすればいい……」


そう言ってカゲトラは周囲を見渡すが、やはり何もいない。

すると彼の中にひとつ、ざわめきが生じて、彼はクインの方に視線をやった。


「──そう、ですか」


そこにはクインの姿なんてものは無く、布団が敷かれているだけ。

先ほど、カゲトラを攻撃してきたヤツは、最初から戦う気なんてなかったのだ。


「──アンタ、地に堕ちたな」















































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