第20話 ロケット鉛筆みたいなもんよ
晴天下、そして平野の戦い。
アイリスは剣を勇猛に振い、ヤミィは知的に魔法を放つ。
フロンは……横倒れている魔物を避けながら、2人について行く。
「──どぉりゃぁぁぁ!」
リザードマン。
先刻までは大量居たはずなのに、今は孤独。
しかしながら彼は恐れたり逃げたりせず、槍を握り、果敢に突進する。
その正面にはアイリスが剣を構えている。
彼女は冷静に突っ込んでくるリザードマンを見つめて、一歩だけ右に踏み込んだ。
「……せいっ」
「ぐぇっ!?」
虚を突かれたリザードマン。
ドサっと音を立てて、地面に転がる。
「……安心せい。……峰打ちじゃ」
と言って、剣を収めるアイリス。
そんな彼女に駆け寄るヤミィはどことなく、困惑していた。
「……みねうち? ……なにそれ」
ヤミィにそう問われたアイリスは、静かに立ち尽くす。
風はささやかに流れ、彼女の赤く長い髪を揺らした。
そのタイミングに合わせるように、アイリスは口を開いた。
「──剣の柄を相手の腹に差し込むのよ。当然、差し込むのは柄だから、相手は斬れないわ。……けど、やられたら屈辱的よね」
アイリスは自身の服の裾をペロリと捲り、腹筋を露わにさせた。
無論ヤミィには、自身の腹筋を見せたというよりも、過去、ミヤモトに食らった峰打ちの跡を見せたのであるが。
「……痛そう」
「別に? もう痛くないわよ。……まぁーでも。剣士にとってはコレ、敗北者の烙印みたいで屈辱よね」
「……ふーん」
「興味ないの?」
「うん」
悪ぶれる様子もなく、うなづくヤミィ。
アイリスはヤミィの返答を聞き、呆れると同時に一つ閃いた。
「……これがモルトだったら?」
その言葉を聞いたヤミィは何故か、彼女自身の服の裾をペロリと捲った。
そして腹筋の横を両手でつまむ。
その部分というのは、アイリスの体に照らし合わせて表現すると、ちょうど峰打ちによるアザの部分である。
「……こうする」
「……? ……何をどうする気?」
ヤミィの奇行。
それを見ているアイリスの脳内には、大量の疑問符が繁殖していた。
するとフロンの声が、アイリスの後方から降ってくるのだった。
「──噛み跡ですよ。アザの部分を噛んで、烙印を上書きするんです」
「いやいや。いくらヤミィでも、そんなことしないわよ」
アイリスは一度振り返り、フロンの発言を否定するとすぐにヤミィの方を向き直し、彼女の様子を見る。
するとヤミィも、こくりとうなづいた。
「うん。そんな事しない」
「ほらっ! ね! フロンは考えすぎ──」
「──私のこの部分と、モルトの同じ部分を切り取って、交換するに決まってる」
「「えっ?」」
「……接合は、治癒魔法でどうにかする。難しいけど、頑張る」
アイリス、フロンの2人の背中には、サアッと悪寒が駆け巡った。
それはもちろん、ヤミィの狂気的な発言からで──否、ヤミィの背後に立っている人物と、目が合ってしまったからである。
「──こんにちは」
と、僕が軽く挨拶を投げかけたのと同時──ガキンッ!
「……危ないなぁ」
間一髪。
地面から影を伸ばし、盾のようにして彼女の攻撃を防いだ。
彼女が斬りかかってくる事は
赤くて長い髪の女の子。
彼女を眺めて分かったけど、殺意は、今ようやく芽生えたらしい。
要するに、さっきの攻撃は本能ってこと?
「──怖いね、最近の子は。……全く。……死んでほしいな」
「……この期に及んで考え事?」
彼女はクルリと身を翻すと、その勢いを利用して舞い上がる。
僕の視線も相変わらず彼女を追っていたのだけど、ひとつここでアクシデントが。
……太陽と、彼女の姿が重なった。
僕、太陽を見るとダメなんだ。
アレを見た後、一緒、僕の視力は完全に無くなる。
まぁ彼女が、そこまで計算していたのかは分からないけどね。
どちらにせよ彼女の攻撃が来るので、距離を取るに越したことはない。
「──
僕の足元の地面には、真っ黒な穴。
息を大きく吸って、影の世界に入り込む。
その後に、彼女たちから少し離れた場所に出口を作り出した。
すすすすっと影の中を移動して、飛び出した先は……。
「──距離、取ると思ったでしょ?」
そう、さっきと変わってない。
魔法使いの子の背後に再び立った僕は、影から鎌を作り出す。
どうせ、さっき斬りかかってきた子は僕のブラフに引っかかってるし、あの子以外は警戒に値しないし……。
「どぉりゃぁぁ!」
「──は?」
ズバァンと、僕の体に一文字。
何が起きたのか理解する前に、体が二つに分かれて倒れてゆく。
そして意識が……遠ざかって……息も……でき……ない……。
せめて……最後に……太陽を……。
「──はい、交代」
影の中から見てたけど、さっきの僕はバカだった。
僕に斬りかかってきた子、どう考えてもセンスで戦闘をしてるタイプだ。
だからブラフとかを打っても通じないし、寧ろ正直な方が闘いやすい。
なんてフィールドバックを巡らせ、僕は満を持して平野に立つ。
正面には3人の女の子。
状況は皮肉にも、さっきと全く変わっていなかった──ガキンッ!
「──それも想定内」
「……アンタ、不死身なの?」
「別に? 普通に死ぬよ? ……代わりが沢山いるけどね」
さっきと同じだ。
地面から影を伸ばして、盾にする。
変わっている事といえば、赤い髪の女の子の殺意が最初からあったこと。
後は魔法使いとギルド職員の配置くらいか。
右に前者、そんな彼女に隠れるように後者。
「覚えときなさい。……そういうのも、不死身っていうのよっ!」
「──は?」
ズバァンと、真っ二つ。
おかしい。
僕はちゃんと、影で、受け止めていたはず……。
影が……壊れたことなんて……ないのに……。
あぁ……せっかく外に出れたのに……こんな……すぐに……。
「──やったね」
前の僕が死んで、その死体を影の中に引き摺り込む。
そして太陽の元に現れるのが、僕だ。
「ふぅ、ようやく出番、回ってきたよ──は?」
「──バカね」
真っ二つ、そして意識が……途切れ……る。
傾く太陽。
それは宵の口が開き、そこに陽が落ちゆく光景である。
「──ふぅ」
と、アイリスは一息ついた。
さっきから無限に、同じ敵を斬り続けているため、飽き飽きもしている。
それにその敵がなんの歯応えもないのだから、彼女の飽きに拍車をかける。
彼女的には、美味しくない料理を大量に食べている気分だった。
「……もう復活、しないわね」
アイリスが一息ついたのも、そのためである。
さっきまでは敵が、休む間もなく影から敵が出てきていたのだが、今回はしばらく待っても出てこない。
その様子を見て、彼女は一息ついた。
「──あっ、終わった?」
「終わりましたー?」
向こうで座って、アイリスの虐殺を鑑賞していたヤミィとフロンも帰ってくる。
彼女たちも例に漏れず退屈した様子で、軽くあくびをしていた。
「えぇ。多分、ストックが切れたのね。……不死身かと思ったわよ」
「──まぁ、永遠なんて存在しませんから」
「うん。いずれ死ぬ」
「そうよね。……はぁ、疲れたわ」
アイリスは大の字になって、平野に寝転んだ。
でも、オレンジ色の空を見上げて飛び起きた。
「──あっ! 忘れてたっ!」
「まさか、モルトさんのことを?」
「……アイリス? それホント?」
フロンは普通に尋ねた。
がしかし、ヤミィの訪ね方は普通でない。
彼女は、答えを間違えると地獄へ送られそうな顔をしていた。
「──いやいやっ! 忘れてない忘れてないっ!」
「……アイリス?」
「ほんとっ! ほんとに忘れてないって!」
正直、ヤミィも分かってはいた。
アイリスの思考は上書きされやすくて、一言で表すならアホであると。
だからこそ、哀れな生物を見るような目をするのだ。
「……ねぇ、何その目? ……なんで同情してるの?」
「……行くよ」
そう言って、オロオロするアイリスの手を取り、魔王城へ歩き出すヤミィ。
彼女は半分は呆れ、半分は母性のような感情を抱いていた。
「あっ! 待ってくださいよ!」
その後ろをフロンが追いかける。
戦力のない自分が、夜の平野に放り投げられるのは怖い。
そんな気持ちを抱く以前から反射的に、彼女は慌てて2人を追っていた。
そして……その後ろ。
さざめく草原。
宵の口はさらに広がり、太陽を半分食べてしまった。
更にさざめく草原。
「──もうすぐ、夜が来るね」
影の中からそう、聞こえたような気がする。
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