第17話 魔王は……
「にゃぁぁぁ……」
俺自身の喉元から漏れてるその鳴き声は、猫のモノであった。
そして身を捩らせようとしたのだが、全身が上手く動かない。
もしかして、また転生したのか?
過去の記憶から連想されるこの感情は、かなり懐かしい。
極限まで引き上げられた『死』に対する恐怖が一瞬にして無くなり、逆に、清々しいくらい安らいでいるこの感情。
「──モルちゃん、大丈夫?」
そんな事を考えていると突然、クインの声と共に視界が開けた。
どうやら彼女が俺に覆い被さっていて、うまく動けなかっただけのようだった。
そして、このことから理解できたのは、俺とクインは死んでいないという事実。
それだけではあるのだが、嬉しい知らせではあった。
精神的に落ち着いた俺は、グルリと周囲を見渡す。
明瞭になった俺の視界をめがけて、周囲から情報が飛んでくる。
ココは、何処かも分からない牢屋。
窓に値するようなモノは無く、三方向は冷ややかな石壁。
そして一方向には鉄格子と扉、それに対応する鍵穴。
クインはシンプルな白色のワンピースを着ている。
馬車に乗っていた時のモノではないので、着替えたのか着替えさせられたのか。
ひんやりと冷たい風が、俺の頬を撫でる。
──ガチャン……キィィィ
背後、そんな音が鳴った。
俺が困惑しつつも振り返ると、そこには開かれた鉄格子の扉。
そして、その鉄格子の鍵を開けたであろうスケルトンが、ヒッソリと立っていた。
「…………お目覚め、ですか」
「……」
クインはギュッと、俺を抱えて牢屋の奥に逃げる。
比喩的であるが、彼女が石壁にピッタリと背中をつけると、抱きつかれている俺にまで冷たさが伝わって来た。
「……だれ?」
そう、抗議するようにクインは言った。
彼女の体はガタガタと震えている。
が、彼女が発したその声に、恐怖している様子が映し出されることはなかった。
「──ワタクシ、魔王軍幹部の者です」
スケルトンは深々とお辞儀をした後、元に戻り、続けた。
「いささか失礼では御座いますが、この程度の名乗りしか……。えぇ、もちろんお名前の方はいただいておりません……。どうしても言うなら『スケルトン300号』とでもお呼び下さい」
と、ゆっくり、つらつらと語るスケルトン300号。
魔王軍暗部の割には、風格が備わっていないように見える。
そして、クインも俺と同じような分析を行ったのだろう。
先ほどよりも震えは治っていて、質問をする余裕が生まれていた。
「……私に、なんの用ですか?」
「えぇ、それを伝えに参りました。いやぁ誠に、お手を煩わせてすみません……。えぇ、それでは本題に……」
と言って、スケルトンはクインの目の前まで近づいた。
そしてクインの手をその細い手で握り込むと扉の方を振り返り、歩き出した。
クインはほんの少し、体を震わせた。
「えぇ、クイン様。これから大切なお話が御座います故、是非とも抵抗なさらないでいただきたい。ワタクシ、戦闘の方は不得意でしてね……」
そうブツブツ話しながら、スケルトンは進んでいく。
牢屋を出て、牢屋の前を幾つか通り過ぎて、階段を登って、すると床が木の板になって、それから縁側のような所を歩いて。
俺とクインの心境とは反対に空は快晴で、心地よい風が優しく吹いていた。
「──いったい、どこに向かってるんですか?」
黙っていたクインも、流石に我慢ならなかったようだ。
キョロキョロと辺りを不安げに見渡して、体を再び震わせている。
すると、スケルトンがピタッと立ち止まった。
ただならぬ様な雰囲気を身にまとい、重々しく口を開く。
「…………魔王様の、元です」
「──えっ?」
クインが呆気に取られたその瞬間、隣の障子がバンッと開いた。
障子の中は普通の和室といった雰囲気。
部屋の中心には、旅館とかでよく見るような背の低いテーブル。
暖かい畳の床、そして床の間。
この世界で見るには非現実的で、どことなく異質な空気がそこにはあった。
そしてそして……テーブルの奥に鎮座している者が1人。
その見た目は完全に老人で、長い白髪に白色のギザギザ眉毛。
しかしながら依然として生気を保った瞳、ギラついている。
筋肉で凸凹したその両腕は、体の前で組まれている。
その姿はまるで……師匠。
「──にゃあ!?」
師匠!?
どうして!?
生きてたんですか!?
……師匠?
鎮座している人物は、ゆっくりと口を開く。
そして力強くはっきりと話すのだ。
「──座りなさい」
「……はい」
クインは言われるがまま、テーブルに近づき座る。
ちょうどその人物の真正面にあたる所だった。
そして、話は急展開。
魔王と呼ばれたその人物はクインをまっすぐ見ると、一言。
それは懇願するような言い方であり、全くもって予想だにしなかったもの。
「──魔王軍に、加入してくれないか?」
軽く、そして重大な。
彼の一言によって訪れた静寂は、この空間を悠々と支配する。
そしてどこからか、ししおどしの音色が響いた。
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