第16話 それは転送か?



パカポコと揺れる馬車の窓。

雲に邪魔されることなく燦々と降り注ぐ日光は、山や川や草原を、ゆるやかに際立たせた。

そんな景色を窓越しに見ると、絵巻物のように移り変わってゆくのが分かる。




「……あれがトナリーノの街かしら?」


俺が窓の外を眺めていると、後方からクインに片手で抱えられた。

そして彼女はもう片方の手で、ちょんちょんと外を指差す。


「にゃあ?」


「ほら、あそこ。……思ってたりも大きいわね」


「にゃぁ!」


クインが指差した方向には、確かに街があった。


壁によってぐるりと囲まれたソレは、悠々と草原に鎮座している。

壁内の建物は煉瓦造りの家でほぼ統一されていて、街を両断するように川が一本。

特に城などの、大きくて目立った建物は建っていない。

強いて挙げるとするならば、1番北にある豪邸くらいであろうか。


このように、ここが少し高台だったので、その街の全貌は容易に把握できた。

そしてクインは軽く微笑むと、俺に語りかける。


「ふふっ、モルちゃんも見えた? きっと、もうすぐ着く──」




──キュイン!




「……ねぇ、何これ?」


突如、そんな音と共に馬車の床が青く光った。

そこから更に、カーペットが敷かれたみたいに魔法陣が生成される。

何が何だか分からない状態でありつつも、俺はとにかくクインの周りを陣取る。

最悪、俺が盾になって彼女を逃がそう……。


すると目の前に、朧げな人影が現れた。


「──猫がいるとは聞いてなかったんだけどよぉぉ」


「にゃあ!」


ソイツに飛びつき、引っ掻く。が、まるで当たらなかった。

きっと、やつの本体はどこか別の場所にあって、遠隔でこの霧を操作しているんだろう。


「──計画に変更はないぜぇぇ」




──キュイン!




──キュウイン!




魔法陣の光が強くなる。

その光は馬車内の全体を包み込むようにして膨張し、魔力量も上昇していた。


待て待て待て待てっ!


ここから攻撃魔法が飛んできたら、盾になるとか言ってられない。

俺もクインも諸共、消し炭になるだけじゃないか。


「……んにゃ! ……んにゃ! ……んにゃ!」


窓を開けての脱出を試みるが、もちろん開かない。

猫の力じゃどうしようもないのか、もしくはそういう魔法をかけられているのか。

とにかく、俺は前者である事に賭けるしかなかった。


クインの助力を得ようと、振り返る。

そんな俺の動作と同時に、クインは俺に覆い被さった。


「……せめてっ。……貴方だけでも生きてっ」


儚く、消え入りそうな声でそう呟くクイン。

全身を彼女に包まれているから分かるのだが、クインは尋常じゃないくらい震えている。

ちゃんと等身大に、死への恐怖を感じているのだ。




──キュウイン!




──キュウイン……キュインキュインキュイン!



「……にゃぁぁぁぁ!」


「ごめんね……ごめんね……」


鳴り響く魔法の音。




キュインキュインキュイン……!




光はやがて、俺たちを完全に包み込んだ。

俺は震えるクインの手に頬を擦り寄せて、最後の最後まで、彼女の温もりを感じられるようにする。

2回目の人生は、意外と呆気なかったな。




……キュイン!





──みんな当たり前に、今を生きてる。




──自分は今日、絶対に死なないっていう謎の自信を抱えて生きてる。




人間、死ぬことが1番怖い。


どんなに先生に怒られようと、どんなに怖い人に殴られようと、どんなに暗い夜道を歩こうと、死なないなら良いんだ。


俺はいじめられるよりも、死ぬことが怖かった。




──飛び降りる寸前、ずっと考えた。




ここに立ってるだけでも、みんな見てくれてる。

例えばこの状況をマスコミが報道すれば、学校側がイジメてるヤツらを処罰してくれるかもしれない。


だからもしかしたら……今日は殴られないかも、笑われないかも、机があるかも。

もしかしたら死ななくても、コレだけで十分な抗議になっているのかも。




──なんて、ね。




期待するだけ無駄だって、お前らが1番教えてくれただろう?







馬車は門の前に着いた。

それでもモルトとクインは、馬車から降りてこない。


「どうせ居眠りでもしてるんでしょ? ヤミィ! 叩き起こしてやるわよ!」


「……うん」


なんて、アイリスとヤミィは軽口を叩きながら扉に手をかける。

その後、彼女たちは扉を開けて、膝から崩れ落ちた。


モルトとクインの姿が忽然と、消えていたから。




「──なんでっ。……なんでいないのよっ!」


アイリスは馬車の中をくまなく探す。

……といっても、隠れられる場所なんて皆無だった。


逆にヤミィは冷静に、魔力を探知していた。

そして、現実的かつ絶望的な結論をポツリと、アイリスに呟くのだ。


「……転送魔法」


「──嘘っ! そんなのありえないっ!」


「いや、事実。……ここに魔法陣の跡がある」


ヤミィは座席を指差す。

無論、震えたその指で。

彼女とて、仲間が消えたことに無感情でいられる筈がなかった。


「──ウソウソウソ! 違うっ! それはただの模様っ!」


「違わないっ。……じ、事実」


「認めないっ! 違う違う違うっ……!」


アイリスがこれ程までに転送魔法の存在を認知しないのにも、訳がある。

それは転送魔法そのものの効果が関係していた。






『転送魔法』


それは古代の頃に完成し、現代に正しく伝えられる事のなかった魔法。


古代の頃はその名の通り、魔法陣内の人間をある地点からある地点へ転送させる魔法であった。


がしかし、現代に於いては異なっている。

現代の転送魔法は『魔法陣内の人間を粉々にする魔法』である。

無論、魔法陣内の人間は死亡する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る