第15話 変わらない日常




フロンさんがパーティメンバーに加わってから数日が経った。


新しい仲間が増えたから、それはそれは新鮮な冒険ができるのであろうと、胸躍らせたこの期間。

結局変わったのは、クエストを持ってくるメンバーだけであった。




酒場。

俺たちのパーティ内で『いつもの場所』と言ったらここだ。

もっと言うと、窓際の1番端っこが定位置である。

そして今日も、俺とアイリスとヤミィは席につき、フロンさんがクエストを持ってくる。


こういうルーティンは、既に出来上がっていた。


「モルトさんモルトさんっ! 私、このパーティにピッタリのクエストを持ってきたんですっ!」


フロンさんが紙を抱えて、走ってくる。

チョコチョコとこちらに向かって来る姿を可愛いなと思うのは、俺以外の冒険者も同じである。


「──じゃん! 護衛クエストですっ!」


そう言ってフロンさんはテーブルの上に、紙を広げるのであった。

そしてアイリスが覗き込んで、首を縦に振る。


「たしかに、コレなら借金は増えなさそうね」


どうやら、ウチの大将は乗り気なようだ。

まじまじとクエストの詳細を読んで、条件などを確認している。


「……まぁ、アイリスが行くって言うなら否定しないけど──」


「モルト。……これ」


ヤミィがちょんちょんと人差し指で示したのは、護衛対象の欄。

そして自然と、俺の視線はそこに移った。


「──ええっと、カケダーシ王の娘を、トナリーノの街まで?」


「うん」


「……これが何か?」


「この人、男が嫌い。モルトがいると、ダメかも──」




『カケダーシ王の娘』


彼女はとある理由により、男性へ物凄い恐怖を抱いている……らしい。

ヤミィの話によると、それは実の父親にも発動するようで、つまるところ、初対面の俺なんて問答無用で門前払い……。




「じゃあさ、3人で行ってきてよ。この300万ゴールドは見逃せないし」


そう、このクエストの報酬は300万ゴールド。

護衛するだけなのに、破格の値段設定だった。


すると、アイリスが首を横に振った。

そして紙面の1番下を、トントンと指差しながら続ける。


「──猫の同伴は可能……だって」


そう言って俺を見るアイリス。

獲物を見る目であった。ニヤリと、彼女は口角を上げる。







「──アイリスさんと、ヤミィさん。そしてフロンさんと……ペットの猫ちゃんですね。はい、覚えました」


丁寧な口調と所作、そしてピンと伸びる背筋。

この、鈴が鳴っているような優しい声の持ち主は、カケダーシ王の実の娘である。


名前を『クイン』という。


カケダーシ王国の門の前で、初対面。

隣には馬車が止まっているので、もうそろそろ出発だ。




「にゃぁぁぁぁ……」


「きゃっ……。もぅ、甘えん坊さんだなぁ……」


俺はヤミィの腕から、クインの胸に飛び込む。

すると彼女は驚いた表情こそ見せたものの、しっかりとキャッチしてくれた。

さすがの男嫌いでも、オスの猫なら大丈夫らしい。


「アイリスさん。この猫ちゃんのお名前は、なんて言うのかしら?」


「──モルちゃんよ」


「あら、素敵な名前。この長旅も、短く感じてしまいそうね……」


クインはそう言いながら、俺の喉を優しく触る。

手慣れた猫の扱い。暖かい彼女の懐で、ゆっくりと堪能する。


「モルト……」


ヤミィから殺気が放たれているが、これは仕方がない。

彼女もここにくるまでにものすごく葛藤していたのだが、結局、お金のためなら仕方ないと結論づけた……はずだよな?


「モルト……」


しかしながらヤミィの視線は依然、人を殺してしまいそうであった。


仕方ないって言ったはずだよな?

刺されたりしないよな?


でも、あの視線は獲物を見る眼だ。

……もしかすると俺は、今日までの命かもしれない。




「クイン様っ! もうそろそろ出発ですっ!」


馬車の運転手が、運転席から声かけた。

それに対してクインはゆるりと振り返り、反応する。


「えぇ、承知いたしました」


そしてアイリス達に向き直すと、俺を抱えたまま丁寧に頭を下げた。


「……では、アイリスさん、ヤミィさん……そしてフロンさん。本日は護衛、よろしくお願いいたします」


クインはそう言った後、俺と一緒に馬車へ乗り込むのだった──。







「──ふふっ、自分のお話を子供に読み聞かせるなんて、変な気分ね」


そう言って寝室から戻ってきたクインは、本を机に置いた。

そしてその動作を継続させ、ゆっくりと俺の隣に座る。


ソファが少し狭くなった。


「自分から持ってったくせに。……しかもそれ、何回目だ?」


「さぁ、覚えてないわ……」


とろん、とそう呟くクイン。

俺の方にもたれかかり、優しく瞳を閉じた。


「随分と昔の話なのに、いつも思い出すの……。あの時の猫ちゃんが、あなただったってこと」


「……ふーん」


俺は栞を挟んで、本を閉じる。

最近はこの読書の時間を、妻との時間に変換することが多くなった。

そして……今日もそうなるだろう。

だからこの本を読み終えるのは、まだまだ先のことである。


「ねぇ、モルト……」


クインはゆっくりとした動作で、俺にまたがる。

彼女の視線と俺の視線はぴったり重なった。


「──好き」


そして触れるようなキスをした。

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