第13話 百鰐夜行すら喰らう獏




ドドドドドドッ!




「くそっ! こういう時、師匠ならっ……」


俺はそうやって思考を巡らせつつ、後方へと視線を移す。

迫り来るクロコダイル達の速度は、衰えることを知らない。

何か手を打たない限り、この状況が好転するような見込みはなさそうだった。


「──モルト、疲れた」


隣を走るヤミィも、もうそろそろ限界なようである。

ヘロヘロと前へ進んではいるが、いつ倒れてもおかしくない。


俺は再び、こういう時に師匠なら……と考える。


「足止め……そうだ。足止めだ」


それは一瞬に垣間見えた、記憶の断片であった──。




『いいかモルト? 複数人に追われている時は、こうするんじゃ!』


師匠はそう言って、地面をブン殴る。


するとそこを中心に地面に亀裂が入り、やがて土が溢れ出すように飛び出てくる。

激しい砂埃が立ちこみ視界を遮断し、それがようやく収まったと思っても地面は抉れてデコボコで、とても歩けるような状況ではなかった。


『な? 簡単じゃろ?』


『流石にそれは無理だろ……』


師匠がニコッと笑いかける中、俺はドン引きしていた。




──この記憶はたしか、俺が4歳の時の記憶だ。




あれから何年経った?

あぁ、そう言えば……10年と3年の月日が流れている。


あの時の俺にはできなかった事かもだけど、挑戦しない理由もない。

まぁ失敗したとしても、ヤミィを守りきるくらいの事はできる。 




……俺の命の保証はないけど。




走っている途中、ちょうど良いところに合図になりそうな木が見えた。

合図……と言っても、ヤミィが何かするわけではない。

俺はゆっくりと、そして確実にヤミィへ話しかける。


「ヤミィ聞いて。あの木を過ぎたら俺、立ち止まる。だけどお前は、そのまま走り去ってくれ」


ヤミィの返答はすぐだった。


「……やだ。私も止まる」


「大丈夫。絶対追いつくから」


「──ほんと?」


ヤミィの瞳は揺れた。

それが俺への信頼ではなく、裏切られる事への恐怖であることは一目で分かった。


「……約束。だよ?」


ヤミィのその発言には未だに、不安がこびりついている。

だから俺は、心を込めて返答する必要があった。


「もちろん」


俺がそう言った直後、木の前に到達。

ヤミィは振り向くことなく、走り去っていった。




ドドドドドドッ!




相変わらず、クロコダイル達の猛追に翳りはなかった。

俺は息を大きく吸って、右手に意識を集中させる。


「──せいっ!」


そして思いっきり、地面をブン殴った。




……パキパキ…………ボコッ! ボコッ…………ブシィィィィ!




俺の放ったパンチによって地面に亀裂が入り、静かになって、そして間欠泉のように土が噴き出す。

砂埃と共に視界が悪くなって──ジュル、ジュルルル。


……?


なんの音だ?


焦り、訝しむ俺の思考はあるのだが、いかんせん視界が不自由であった。

なんとも言えない気分のまま砂埃が消え失せるのを待っている間、何やら大きな影が俺の目の前に飛んできた。




ドゴッッッ!




後方へ吹っ飛ばされ、俺の頬を掠めた何かしらの正体を掴むため、俺は振り向く。

すると、後方の木に、クロコダイルの体が叩きつけられていた。


「──食われた?」


クロコダイルの腹には、まん丸の穴が、ポッカリと空いていた。

しかも、その穴から見えるのは内臓などではなく、暗黒。

血液すら流れ出ていない。




──俺はこういうモンスターの死体を、師匠の家の周辺でよく目にしていた。




『バクバク・バク』


ヤツの姿は、大きくなったアリクイ。またの名をバク。

そのほかに特筆すべき点はない。


しかしながら、主食とする生物に大きな違いが生じていて、奴らは大型モンスターを好んで食べる。

腹に口先を突き刺して、そこから全てを啜って食す。




「──遂に来たわねっ! 私の『バクバク・バクソード』の出番がっ!」


突如、俺の目の前にアイリスが出現。

彼女は『ドラゴンソード』改め『バクバク・バクソード』を正面に構え、嬉々として前に出る。




シュルルルルル……




「モルトっ! 私が来たからには──」


「馬鹿っ! よそ見すんなっ!」


「してないっ! それよりも感謝でしょ!?」


サッと一歩分左に動くアイリスは、迫り来るバクの口を避けた。

かのように見えたが、最初からヤツの狙いはアイリスではなかった。

シュルシュルと伸びるその口はゆっくり……俺の方へと伸びている。


「なんでだよっ!? 」


俺は再び、バクから背を向けて駆け出した。







「──モルトっ! ソイツ、さっさと私に譲りなさいよ!」


アイリスはバクに狙われている俺が羨ましいらしく、俺と並走してずっと文句を言っている。


「譲れるならなっ! 最初っから譲って──あぶねっ!」


時折、ヒュンと後方からバクの口先が伸びてくる。

もちろんコレに当たった時点で、俺の内蔵と血液は無くなってしまう。

この鬼ごっこに関してはさっきと違って、常に神経を張り巡らせなければ、死んでしまうのだ。




「──火炎球マグラっ!」


「ナイスタイミング! ヤミィ!」


と、アイリスは賞賛する。


そう、どこからかヤミィの火炎魔法が飛んできた。

俺は今走っているから後方こそ見えないが、命中したことくらいは分かる。

この、腹の底に響く重低音が、その事を知らせてくれているから。



……しかし突然、バクの気配は後方から消えた。




「きゃぁぁぁ!」


ヤミィの悲鳴。

それは俺の後方、5時の方向から聞こえてきた。

咄嗟に振り向くとそこには、バクがヤミィの…………杖を、啜っている姿が。


なぜ?

ヤミィ本体の捕食よりも、杖を優先した?


魔力含有量?

いや、杖はあくまで触媒だから、魔力もクソもないか。


単純に間違えた?

いや、あのバクの獲物を捉える技術は本物だ。




だったら……なぜ?




なぜさっき、近くにいるアイリスよりも俺を狙った?

なぜ今、ヤミィではなくヤミィの杖を狙った?

なぜ奴は、獲物を一瞬で啜って食す?




「──熱だ」


ヤツは熱に反応して、餌を探している。

それも熱ければ熱いほど良いらしくて、その優先順位はその都度入れ替わる。

そして、最高に熱い獲物を、冷めないうちにいただく。




……なら、ヤツが最も嫌っているものはその逆、か。




俺はひとつ、アイリスに尋ねることにした。


「なぁアイリス。バクバク・バクの討伐ってどれくらいの金になる?」


「──そんなの分からないわよ。だってカケダーシのギルドで、誰も倒してないんだから」


「……じゃあ1000万ゴールドとかか? 俺らの借金の三分の一くらい?」


「まぁ、それくらいが相場だとは思うわ」


「燃えるな……」


俺の心の炎はメラメラと燃え上がり、頭も支配する。

ただ、それだけではバクは追ってこないので、小細工をする事にした。




「──至極上ドクラ火炎球マグラ


俺は掌を上に向けて、最上級魔法を放つ。

が、青いブレスレットの作用でその威力は激減。

ちょうど手のひらサイズの、かわいい火球が出来上がった。

俺はそれをしっかりと握り込む。


「じゃあなアイリス。俺、先帰っとく」


「──はぁ? それを持って? 何言ってるの? そんなことしたら……」


「あぁ! アイツバクバク・バクも追ってくるだろうなっ!」




俺はカケダーシ王国へと走った。

無論、後方にはバクバク・バクを一匹連れて。

やつも俺の想定通り、火球に釣られて俺を追いかけてくれている。


あとはこのまま、カケダーシの門を飛び越して街の中に入り、ギルドに直行して、フロンさんにこのブレスレットを外してもらう。




そのあとは簡単だ。




ドッ、ドッ、ドッ……




一定のリズムで追いかけてくるアイツ。

目の前にはカケダーシ王国の門が聳え立っていたが、無視して飛び越す。

門の上に到達した時に一瞬下を見たが、アイツも駆け上がってきていた。


俺はそれを確認した上でギルドに走る。




「フロンさんっ! これ外して下さいっ! 早く! 早く!」


「えっ!? 今ですか!?」


「そうです今です! 今すぐです!」




カンカンカンカンッ!




そうやって鐘が鳴り響くのは、ゲリラクエストの合図。

フロンさんはその音を聞いて、ビクッと、体を跳ねさせた。


「すみませんモルトさん。それは後で──」


「あぁもう! これで外れるんですよねっ!?」


流石の俺も痺れを切らして、フロンさんの服の胸ポケットに刺さっている鍵らしき物を勝手に取り上げた。

そしてブレスレットに当てるが、はまらない。


「ちょっと! それは私の家の鍵ですっ! いくら同棲してるとは言え……もぅ、ブレスレットはこっちの──」




ドゴォォォォオン!




ギルドの扉をぶち抜いてきたのは、バクの口先。

その光景はまさしく、巣の中のアリを食うアリクイそのものであった。

俺を目掛けて、口先をゆっくりと伸ばしてきている。


「すみません。説教は……後でたっぷり聞きます」


「えっ!? ちょっ!? 何をして──」


「とりあえず、ここから離れます」


俺はフロンさんを通称『お姫様抱っこ』の状態で抱えて、ギルドの裏口から外に出た。

フロンさんは借りてきた猫のように静かになったが、状況は好転せず。




──後方から迫り来るバクの気配は未だに、近くに感じられるのであった。

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