第11話 貞操の危機(物理)




財宝ダンジョンから帰宅した翌日。そしてその早朝。

俺はフロンさんから指名を受け、1人でギルドに行った。


「──モルトさんっ」


ギルド内に入ると、コチラに手を振っている彼女がいた。

酒場の窓際の席で何も頼まず、どちらかと言うと険しい顔をしている。

いささかな嫌な予感を抱えつつも、俺は彼女の方へ歩みを進めるのだった。


「おはようございます」


「おっ……、おはようございます」


凛と貫くような声に、俺は確信した。

この人は俺の何かしらに対して、ものすごく怒っている。


「……なにか、あったんでしょうか?」


俺がそうやって問うと、フロンさんは正式に座り直す。

そして貫くような視線と声で続けるのだった。


「単刀直入に言います。モルトさんに、コチラのブレスレットを付けることが、先日のギルド職員会議にて決定いたしました」


そう言ってフロンさんは机の上に青いブレスレットを置く。

この色と形状に関しては、見覚えがあった。

魔法訓練場にて、俺の魔法の威力を弱めるために使用したやつだ。


「モルトさんは今後、このブレスレットをつけて生活していただきます」


「……でもこれ、小さすぎませんか?」


「はい。モルトさんの手首にピッタリ嵌ります」


試しに自分の手首に当てて見ると、それくらいのサイズである事が分かった。

でも、そしたら本当に外せなくなってしまう。




「……これじゃあ、魔法が撃てないです。俺、魔法の練習がしたいのに──」


「魔法はもうやめて下さいっ!」


「えぇ?」


「なんなんですか!? なんでいっっっっつも何かしらを壊すんですか!?」


フロンさんはかなり興奮しているようだった。

目の下にクマがあるし、寝不足で感情のコントロールが難しいのだろう。

やはり、ギルド職員という職業も楽ではないのだ。


「魔法の練習場だってそうですっ! 私の家っ! あそこの裏にあるんですよっ!? 朝早くからトンカン、トンカン、トンチンカン……って!」


「それは……本当にすみませんでした」


俺は深々と頭を下げて、謝罪の句を並べる。

しかしながらフロンさんの怒りは限界突破しているらしく、なかなか収まりそうにもない。

あげく、彼女の話を変な方向に着地した。


「──ですからっ! もう体験して貰おうと思いましてっ!」


「……体験、ですか?」


「そうですっ、体験ですっ! 今夜っ! 私の家に来てくださいっ! 一晩泊めますから!」


「……はい?」


「早朝のあの煩さをっ、自分でっ、体験してくださいっ!」


こうして、今日はフロンさんの家に泊まることになってしまった。

宿分の料金が浮くのでまぁ、悪い話ではなかった。






──フロンさんの話が終わった後も、一日は続いた。




──町を探索したり、買い物をしたり。




──武器屋にふらっと立ち寄ってみたり




──チュン、チュン、チュン







小鳥の囀り、そして眩しい光。

重い瞼を擦りながら、フワフワのベッドから起き上が……フワフワのベッド?


俺の利用している宿のベッドは、こんなにふわふわしてない。

床とそこまで変わりないくらいの超高反発なのに……。


「──すぅ、すぅ」


「……フロンさん?」


「──すぅ、すぅ」


髪の毛を下ろしているから一瞬誰か分からなかったけど、間違いない、この人はフロンさんだ。


なんで俺の隣で寝ているのか。

というか、ここはどこなのか……フロンさんの家だよな。


なぜここに来ているのかは知っているが、ここで何をしたのかは覚えていない。

昨日は確か、酒場で久しぶりに飲んだり食べたりしてたっけ。

くそぅ、俺は未成年だから、お酒は飲んでないのにっ……


「──ふわぁ、モルトさん。よく眠れましたぁ?」


いつものピシッとした口調ではなく、砕け切った、甘えるような声だった。

彼女の服装もガードの緩いもので、その……健全な男の子には刺激が強すぎる。




あとそれと、もうひとつ。

俺は何故かヤミィとも一緒に寝ていたようだった。

俺が左に視線を寄せると、俺の左足に自身の足を絡ませる彼女の姿があった。


「あっ……。おはよう」


ヤミィは目を覚ましたらしく、俺の方に絡みついてくる。

そして優しく耳元で……。


「モルト、昨日は凄く良かったよ……」


「──おいおい、既成事実をつくんなって」


「嘘じゃないよ。ほら……ココに赤いシミが」


「……はっ!?」


ヤミィが示したベッドのシーツには、確かに赤い血のようなシミが。

待て待て待て……俺、もしかしてヤミィに手を出して──


「あっそれ、私の鼻血です。すみません、洗っておきます」


「……失敗」


と、フロンさんの訂正により助かった。

このままでは俺が、とんでもない犯罪者になってしまうところだった。




──トンカン、チンカン、トンカンチンカン!




突然、部屋中に響き渡るこの音。

昨日フロンさんが言っていた、工事の音なのだろう。


「──これは確かに、煩いな」


「ですよねっ? 煩いですよねっ?」


と、目の笑っていないフロンさんが笑いかけてきた。

そして彼女は、呪いの言葉にも似ている何かを話し始めた。


「毎日毎日、私の朝はこの音から始まるんです……。雨の日も、風が吹く日も、ずぅっっとこの音は鳴り響くんですよ。ね、嫌ですよね?」


「……本当に、申し訳ないです」


と、俺は深々と頭を下げる。

こういう迷惑は、お金を払ったって解決しない。

必要なのは、こんなことを未然に防ぐための対策だ。


俺は深く、心の中に刻み込んだ。




ドンドンッ!




と、今度は部屋の扉が叩かれた。

この乱雑な叩き方に何処か既視感を覚えた俺は、フロンさんよりも先に扉を開ける。

そこにはエプロンを着たアイリスが立っていた。


「ちょっと! みんな起きてるなら早くこっちに来なさいよっ! ご飯冷めちゃうわよ!」


「──アイリスも泊まったの?」


「はぁ? 何を今更……今後みんなでここに住むって、昨日言ったじゃないっ!」


「……ステイ。ちょっと待ってね」


俺はくるりと振り向き、フロンさんの方を見る。

彼女はキョトンとして、なぜ俺に振り向かれたのか分かっていない様子。


「──皆んなで住むって……まじ?」


「はい、マジです」


にっこりと笑うフロンさん。

ちゃんと目も笑っていたので安心した。


そして俺は再び、アイリスの方を見る。

彼女もまた、きょとんとしていた。


「俺も?」


「そうに決まってるじゃない。アンタもパーティメンバーなんだから」


師匠、俺はどうしたらいいんでしょうか。

俺はこの、美少女しかいない同棲生活で、間違いを犯さずに過ごすことができるんでしょうか。

助けてください、犯罪者になってしまいます。


ただ、一つだけ言えることとしたら……正直、嬉しかったりもします。






チャカチャカと朝食を摂る俺とその他3人。

四角形のテーブルに4人で座り、アイリスの作った朝食を目の前にしている。


「──俺、ここにいて良いんですか? 男ですよ?」


と、朝食中にあるまじき質問から沈黙が破られた。

だって、そのことが1番気になるんだもん。

お風呂とかトイレとか、寝るところとか……もう、色々とありすぎて。


俺の質問には、フロンさんが答える。


「モルトさんは無害なので大丈夫です。……だって、昨日テストしましたから」


「……てすと?」


「はい。昨晩、私はモルトさんをメチャクチャ誘惑しました」


するとこの言葉にアイリスが反応した。

まるで、普通の会話をしているかのように、普通のテンションだった。


「──あぁ、確かにしてたわね。ほぼ全裸よ、あれ」


「ぜんっ!? そんなことしてたんですか!?」


「はい、それはもう誘惑してました」


なんでだっ、なんで俺は忘れてしまったんだっ!

あのフロンさんのほぼ全裸を……どうしてっ……。


「くっ……どうしてだっ……」


「モルト、全裸が見たいのなら私が──」


「バカね。アンタみたいな子供の全裸を見ても、モルトは喜ばないわよ」


アイリスの発言にカチンときたのか、ヤミィの顔は険しくなった。

そして、挑発をするような声色で続ける。


「……胸なら、アイリスより大きいよ?」


「ちょっと表でなさい。教育してあげる」


「私に? 胸で? ……いいよ」


そう言ってアイリスとヤミィは、玄関らしきところから外に出て行ってしまった。

2人ともすでに朝食は食べ終えたらしく、空の皿が二つ、残っていた。




「──その、テストに不合格だったらどうなってたんですか?」


静かになった部屋で、俺はフロンさんに話の続きを持ちかけた。

彼女は軽くうなづいた後、続ける。


「もし、モルトさんが私を襲っていたら……切ってました。何がとは言いませんが……」


ゾッと、背中を駆け巡る悪寒。

ニコニコ笑顔でフロンさんがそう言っているから、更に恐怖の度合いは増していた。

俺はその後、朝食を食べ終えるまで何もいうことはなかった。








「──今日は討伐クエストよっ!」


そう言ってアイリスは、酒場の机に紙を広げる。




『クロコダイル大量発生につき、討伐願いたい』




という文言で始まるクエストだった。

アイリスは得意げにクエストの内容を話し始める。


「最近ね、近くの湖でクロコダイルが大量発生してるらしくて」


「へぇ、それで?」


「でねっ、依頼主はそこの近くに住んでる大富豪なのっ! 一匹討伐につき十万ゴールドっ! しかも、ここで恩を売っておけば、今後も高額の依頼をしてくれる可能性だってあるわっ!」


「──アイリス、お金の亡者」


「まぁ俺たち、借金があるからな」


「そうよっ! モルトのせいで私たち、満足に生活もできてないのっ! 硬いベッドの宿で寝て、朝ごはんは硬いパン……私、この生活から抜け出したい……」


と、アイリスは涙ながらに語る。

そんな彼女の姿は、俺の目には痛々しく映った。


すると横から、ヤミィが付け加える。


「──だからフロンさんに頼んだ。家に住ませてって」


「……そうだったのか」


俺の借金は、至る所に迷惑をかけている。

パーティメンバー以外にも、フロンさんなどにも影響が及んでいるらしい。


もしかすると俺も、アイリス並みの金の亡者になった方がいいのか?


「──と、いうことで行くわよ! 一匹でも多くクロコダイルを倒して、大富豪に気に入られるためにっ!」


目的がすり替わっているじゃないか。

アイリスの中では、クロコダイル討伐よりも、大富豪の方が重要になっている。


「……いや、こうはなりたくないな」


「……私も」


アイリスは何故か、新品の剣を握りしめている。しかもブランドモノの剣だ。

お金がないとか言っていたけど、それが原因では……?


彼女の背中を見る俺とヤミィの意見は、一致していた。

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