第10話 力を合わせて、王を封印す




ガルゥ!




ドラゴンの爪が引き裂くのは虚空だった。

しかしながらその風圧は常軌を逸脱しており、ヘヴィの視界が歪む。

するとヤツの攻撃の軌道はずれて、明後日の方向にある壁へと誘われた。




ドゴォォォォン!




ヘヴィの攻撃によって、壁には大きな穴が空いた。

俺はそれを見つめて、身震いをする。毛が逆だった。


「……あれは当たったら致命傷ですよ」


「あぁ、師匠。だが、我の攻撃も通用しないわけでは無さそうだ……」


ドラゴンが爪で示した方向の地面には、大量の鱗。

テラテラと黒く輝くソレは間違いなくキング・オブ・ヘヴィのものだった。


「モルト! ……と、ドラゴン??」


「にゃん。にゃんにゃん!」


「安心して。このドラゴンは仲間だっ……と言ってる。……よかった」


アイリスとヤミィは駆け寄ってきた。

2人とも目が赤く腫れていて、ついさっきまで泣いていた事がよく分かる。


……怖かっただろうに。


今はむしろ、2人とも安心しているようではあったが、完全に不安が消え去られているわけでは無さそうだった。表情が強張っている。




シャァァァァ!




どうやら、感動の再会を喜ぶにはまだ早いらしい。

ヘヴィはすでに、次の攻撃の体勢を取っていた。


「にゃ、にゃにゃ?」


「アイリス、まだ戦えるか? ……ってモルトが」


「ごめんなさい。私、ちょっともう……」


「モルト、休ましてあげて。アイリス、剣が折れても戦ってた。……私を庇いながら」


「にゃ。(わかった)にゃ、にゃにゃ(じゃあ、今度はヤミィがアイリスを守ってて)」


「……うん。私、頑張る」


そう言ってヤミィは杖を握りしめる。

彼女の瞳には、戦う者の覚悟が宿っていた。



「──師匠! 来ますっ!」


「了解っ!」


俺は再び、ドラゴンに魔力を流す。


「──魔力装填エンチャント




ガルゥ!




シャァァァァッ!




今度は攻撃がぶつかり合った。

ヘヴィの牙、そしてドラゴンの爪。

どちらかが少しでも力を抜いてしまえば、すぐに決着がつくだろう。

鍔迫り合いのような緊張感が漂っていた。


「──至極上ドグラ氷河流グレイシル


ここで俺が間髪入れず魔法を放ち、ヘヴィを仕留めにいく。

地面を這うように生成される氷はヘヴィを取り囲み、そしてその輪の中の温度を一気に引き下げた。




シャァッ!?




ヘヴィの長い胴体の一部が凍結した。

そして凍結している部分はほんの一瞬だけ、全ての攻撃に対して耐性を失う。


『……これはおそらく、ヘヴィ自身も知らない弱点だ。だがな、通用するのはその一回きりだと思え』


師匠はそう言った。

彼こそが人類で唯一、キング・オブ・ヘヴィを討伐した人間。

そしてつまり、目の前にいるキング・オブ・ヘヴィは二代目であるということだ。


「──師匠! いまですねっ!?」


「そうです! 今が最初で最後のチャンスっ! やっちゃって下さいっ!」




ガルゥァァァァァァ!




ドラゴンは物凄いスピードでヘヴィの凍結された部分に回り込み、自身の鋭い爪を振り翳した。

その攻撃はヘヴィの硬い鱗を易々と切り裂きそして、ヤツの肉や骨までもを切り裂いていく。




……と思っていた。




ドラゴンの爪は、ヘヴィの硬い鱗を引き裂けなかった。


「──先代はたしか、それで死んだよ」


ヘヴィはゆっくりと俺とドラゴンを取り囲み、そう言った。

巻かれる髑髏、そして絶望感がひしひしと登ってくる。


「──だが、オレたちは生物の頂点だ」


ヘヴィは俺たちを囲み終えると、ピッタリと止まった。

そのギョロギョロとした眼差しで、コチラを睨みつけてくる。


「──常に、進化し続けている」




そうだ、そうだ。


強さとは、こういうものの事を言う。

自身の力に自惚れず、常に上を目指して進化し続けていく。

自身の現在地が世界の頂点であったとしても、明日も同じ位置である保証なんてどこにもない。


だから、もっと強くならないと。




ヘヴィが俺たちに、最後の一撃を喰らわせる準備をしている。

それを知っておきながらも、その攻撃から逃れる術はない。


「師匠っ! どうしたらっ!?」


「……正直、今のままだったら負けますね」


「──そんなっ」


「でもっ、進化の壁を乗り越えたら或いは……、なにか突拍子の無いもので時間を稼げれば……」


考えろ! 考えろ!


いつもこんな絶望を、俺は乗り越えてきたじゃないか。

些細なことでもいい、なにか、この状況を覆すヒントを……


「──ヘヴィっ! 私が相手だっ!」


突然、アイリスの声が響いた。

声のした方向を見ると、フラフラになりながらも剣を構えるアイリス。

でも……その剣は折れているし、彼女だって立っているのがやっとのようだった。


これほど『満身創痍』という言葉が似合う状況はそうそうない。


ただ、俺の視線はアイリスよりも、もう少し下に降りた。

視線は……、彼女の後方に……。


そうかっ!


あれを使えばっ!


「──にゃ! にゃにゃにゃ!」


と、俺はヤミィに声をかける。

すると彼女はこくりとうなづいて、アイリスに耳打ちをした。


「──そんなこと、本当に出来るのっ!?」


「にゃ!」


「わからない……って」


「ええっ!?」


分からない。

わからないけど、1パーセントでも確率があるのなら、試してみる他ない。


「ドラゴンさん! ヘヴィの攻撃、少しだけなら受け止められませんかっ!?」


「……どうだろうか。ただ、師匠には考えがあるのだろう? なら、それを信じるまでだ」


「……ありがとうございます。──っ!?  きますっ!」




シャァァァァァッ!




そして、ついにヘヴィの噛みつき攻撃が飛んでくる。

俺はそれを見た瞬間、ドラゴンの頭を踏み台にして垂直に大ジャンプ。


「──おりゃあ!」


するとアイリスは、俺目掛けてアイテムボックスを投げた。

空中でそれを受け取って、限界まで入り口を大きく開ける。




シャァァァァァッ!




ガルゥァァァァァァ!




俺はそのまま、ドラゴンとヘヴィの攻撃がぶつかり合う中心に自由落下。

ゆっくりと鞄の入り口の部分をヘヴィに向けて、叫ぶ。


「──ドラゴンさんっ! 伏せてっ!」


俺がそう叫ぶと同時に、ドラゴンは伏せる。

すると進行方向に妨げのなくなったヘヴィは、そのまま直進する──


──その先にはアイテムボックスの口が。


シャァァァァァァ!?


アイテムボックスはヘヴィを飲み込んでいく。

ものすごい速度で、ヘヴィの体が飲み込まれてゆき、そして尻尾の先っちょがちゅるんっと入った瞬間──




「──至極上ドグラ火炎球マグラっ!」


俺の有する全ての魔力を詰め込んだ魔法を、アイテムボックスにぶち込んだ。


「どぉりゃぁぁぁ!」


そして最後に、勢いよく口を閉める。







冷たいダンジョンの床で、俺は寝転がる。

魔力を使い果たしたからか、全身の力が入らない。


「──モルトっ!」


するとアイリスが駆け寄ってきて、俺を抱き上げた。

彼女の目尻には涙が浮かんでいるが、同時に笑顔だった。


「よかった。……私たち、生きてる」


ヤミィも同様に、涙を流して笑っていた。

そして、ドラゴンも心なしか嬉しそうだった。




俺の火炎魔法が、災害を起こしたあの日……。

……あの日の光景がありありと、眼前に浮かんだ。


火柱が聳え立つ中での、暴風と爆音。

収まりのつかない破壊を眺める、自分の姿。


そして、それを見つめる、師匠の背中。





『分かるか? 制御できぬ力はまだ、お前の力とは言えん。……ただ、何か大切なモノを守る時。……最後の最後に頼るくらいの事は、してもいいんだ』




──と、師匠は言っていた。




師匠、これで合ってるんですよね?

俺は大切なものを守りましたよ、2つも……いや、3つも。

目の前に広がる光景は薄暗いですけど、みんなの笑顔はとっても輝いていて──


「──あぁ、お前はよくやった」


「……!?」


どこからか、師匠の声が聞こえた。

キョロキョロと周りを見渡す。が、誰もいなかった。






俺たちはダンジョンを引き返していた。

もちろん動けない俺は、アイリスに抱かれている。

そしてドラゴンは、肩身が狭そうに俺たちの後方を歩いていた。


「──にゃあ」


少し、眠くなってきた。

先ほどの戦いで消耗してしまった事や、アイリスの腕の中が暖かいという事もあり、睡魔がゆっくりと訪れてきた。


「どうしたのモルト?」


「……アイリスが乱暴に抱くから痛いって」


「そう、なの? でも、そんな感じに見えないけど?」


「……確かに。……気持ちよさそう」


「でしょ? モルト、疲れてるのよ」


なんて会話をゆっくりと聞きながら、俺たちはダンジョンを後にした。




後日、ダンジョンクリアの報酬を貰った。

が、俺の魔法によって壊れてしまったアイテムボックスの存在も発覚。

『中にはキング・オブ・ヘヴィがいて、俺たちが討伐した』というような事を説明しても、全く理解されなかった。

それゆえに、手元に残ったお金はかなり減った。


また、ドラゴンに関してだが、どうやらカケダーシ王国の住人に気に入られたらしく、毎日を楽しそうに過ごしている。

あいつ曰く「ゆくゆくは、武器屋を開きたい」とのこと。


そんなこんなで、初めて行った俺たちのダンジョン探索では、微量のお金とドラゴンの友人が手に入ったのであった。

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