第4話 言い争いと、峰打ち




「──ですから、モルトさんのパーティ加入は認められません」


「いやいやいやっ! ありえないわっ! 『ギルドカードを作ってきたら認めます』って言ってたじゃない!」


「……その件に関しましては誤解があったと、何度も説明いたしました」


そう言ってギルド職員は、分厚い本を机の下から取り出した。

表紙には『ギルド規定』というシンプルな文字列が鎮座している。


彼女はパラパラとその本の項をめくった。


「……このように、ギルド規定で『個人間でのランク差が激しいパーティは、原則認めない』と明記してあります。ですので──」


「幾つのランク差がダメなのよ! 具体的に!」


「……それはですね。……ええっと、……前例ですが、4ランク差のパーティは認められませんでした」


「ふんっ! それはどこまでいっても前例よ! 具体性のない規則に従う方がおかしいと思わないのっ!?」


アイリスとギルド職員は互いに一歩も譲らず、主張をぶつけ合っていた。

周りの野次馬も増えてきて、ここに突っ立っている俺は公開処刑状態である。


……早く終わってくれ。


そう願うしか、俺に出来ることはない。

あとは、野次馬の皆さんに状況を説明するくらいか。


どちらにせよ、もうパーティとかどうでも良くなってきた。




「おう、にいちゃん。昨日はすまなかったな」


「……あぁ、あの時の」


昨日俺を騙した大男。

彼は申し訳なさそうに一礼した後、アイリスのことに気づいてため息を吐く。


「──はぁ」


「さっきからあの調子で。どうしても俺をパーティに入れたいみたいなんです」


「……で、何が問題に?」


彼は首を傾げた。

その様子を見て、俺は口を開く。


「それが──」


俺は一連の流れを説明した。


すると男は「なるほどねぇ……」と深くうなづき、「ランクを上げるのは、地道にやるしかないなぁ」と、半ば諦め口調で呟いた。


「あぁ、でも……」


と、彼は何か思いついたような表情に変わる。

俺もなんやら気になって「どうしました?」って尋ねると、彼は快く話し出した。


「たまーに、『ゲリラクエスト』ってのが開かれる。あれだな、魔王軍の重要なヤツが攻めてきた時に、冒険者を召集するためだ」


と説明した後、男は付け加える。


「まぁ、参加するのは強えヤツか、命知らずなヤツだけだがな」


「──それって」




カンカンカンカンッ!




街の中心に聳える鐘が、荒々しく鳴り響いた。

それはこの王国全体に迫る危険を、いち早く皆に伝えるかのように。

その利用用途は、あながち間違いではなかった。


「これのことですか?」


「おいおいおい……。マジかよ、マジできちまったよ……」


大男に似合わず、彼は著しく狼狽していた。

そして俺から背を向けると、一目散に鐘の下へ走る。


そこにはギルド職員らしき人物たちとそして、冒険者たちが集まっていた。

俺もよく分からないので、とりあえずそこに向かった。




鐘の下。

そこは噴水があったりして、普段は親子やカップルで賑わっているだろう。

しかしながら今日に限っては、冒険者という謎の集団で賑わっていた。




「ゲリラクエストですっ! みなさん、落ち着いてくださいっ!」


と、ざわめく周囲の冒険者に呼びかけているのはそう、さっきまでアイリスと言い争っていたギルド職員である。


「詳細はまだ分かりませんが、魔王軍の幹部である可能性が高いと──」


彼女は、彼女が握っている一枚の紙に書かれているであろう情報を、はっきりと述べた。

すると周囲のざわめきがさらに増す。


「おいおいっ! 魔王軍幹部!? 俺たちに死ねっていうのか!?」


「そうよっ! そんなの戦えないっ!」


「犬死にすらならねえよ!」


などと、怒号が飛び交う。

冒険者としても、自分の命より可愛いものはない。

これは当たり前の反応とも言えた。


「──落ち着いてくださいっ! まだ、可能性です! 確定情報ではございません!」


なんて彼女は制するが、膨張した集団の力には全くの無力だった。

彼女の呼びかけ虚しく、ほとんどの冒険者のなかでは『魔王軍幹部と戦わなければいけない』という認識になっていた。




「…………強いのかな?」


ボソっと、隣からつぶやき声。

聞き逃す寸前だったので、俺も咄嗟に視線をやった。


「……魔王軍幹部」


フードを深く被り、大きな杖を握りしめる少女。

身長は俺よりも低く、かなり小柄な体型だった。


どうやらさっきからの呟きは俺に向けているわけではなくて、ただ、1人でそう言っているらしい。


その証拠に彼女は背を向け、どこかへ立ち去っていった。






ザッ……


背後から突然、足音が聞こえた。

あまりにも自然かつ、隠密的なソレに鳥肌がたった。


「──オレは魔王軍幹部。……ムサシ・ミヤモト」


振り返る。

腰に2本の刀を鞘に収める、大柄な男。

俺を昨日騙してきた奴よりも、もう一回り大きかった。

例えるならそう、熊みたいな大きさ。




カランッ……




彼はどうやら下駄を履いている。

歩くたびに周囲にその音を響かせていた。


「──えっ?」


その男の背後に倒れているのはアイリスだった。

俺の狼狽を察知したのか、ムサシはゆっくりと話した。


「安心せい、オンナは切らぬ。峰打ちじゃ」


「……男は?」


「オトコでも、剣士と名乗る者以外は殺さぬ」


「じゃあ、俺は──」


「お前は例外だ。オレはただ、お前と戦ってみたい」


「──なるほど。俺も同感です」




異様な雰囲気。

ここまでの大男が近づいておきながら、俺は全く気づかなかった。

足音はおろか、アイリスとの戦闘の音も聞こえない。


まるで世界から隔離されているように、俺はコイツを認識できなかった。


「場所、かえよう。ここは邪魔が多すぎる」


チラッと後ろを見ると、冒険者の誰1人として、ムサシの存在に気づいているものはいなかった。

が、ここでドンパチやりあえば分からない。




「──あまり、目立ちたくない」


「……その体で? 難しいこと言いますね」


「そうか? ……そうかもな」


なんて軽口を叩きながら、王国の門を抜け、人の気配のない森の中まで俺たちは歩いた。

前を歩くのはムサシで、その後ろを俺がついて行くような状況だった。




「──じゃあ、この辺で」


そう言ってムサシは立ち止まる。

森の中に入って少しした所に、ちょうどいい広場があった。


ムサシは徐に刀をひとつ、引き抜く。

そしてスッと俺に近づき、手渡してきた。


「刀、オレの使え」


「──いいんですか?」


彼は表情を変えずに俺から離れた。

もう一本の刀に手をかけ、いわゆる『構え』の状態で佇む。


「ステゴロ殺して、何になる?」


ステゴロ、素手で喧嘩をする人間のことか……漫画でよくある表現だな。


「……こう、か?」


俺も見よう見まねで、構えた。


「正々堂々。それが殺し合い」


「──同感です。やっぱり俺たち、気が合いますね」


世の中には『勝てればそれで良い』という考えのもと、卑怯な手段を厭わない人間が大勢いる。

それは前世の日本でもそうだし、おそらく、この世界でもそうだろう。


そんな世界で、対等な戦いを求める2人が出会った。


なら、この先は言うまでもない。


「さぁ、始めよう」









────鐘の下にて────




「大変です大変ですっ!」


ギルドの職員は大慌てで、帰ろうとする冒険者を引き止める。

そして、彼らの背中側にある門を指差して叫んだ。


「新入りの子が! 新入りの子が魔王軍に連れてかれちゃいましたっ!」


そして大声付け加える。


「助けに行って下さいませんかっ!?」


それを聞いた冒険者たちは、やれやれといった様子だ。


「おいおい、そりゃないぜ」


「あぁ、全くだ……」


と、受け流すように話を聞く彼ら。

ギルド職員が絶望したのも束の間のことだった。


「助けに行って欲しいだぁ?」


「んなもんよぉ……」


チンピラみたいな冒険者や、主婦のような冒険者、子供の冒険者までいる。

彼らに共通する部分を探す方が難しい中、たったひとつ、簡単に分かることがある。

全員が一斉に門の方を向いた。


「当たり前だろうがぁ!」


「魔王軍のやろぅ! 新入りにケガの一つでもあったらぶっ殺してやるぅ!」


「アンタたち! モルトを助けに行くわよっ!」


「「「「オーーーーッ!」」」」


なんか、いつの間にかアイリスも加わっていた。

彼女の掛け声でさらにエンジンがかかった冒険者軍は、誰1人として臆することなく、森の中へ駆けて行った。







「──そっちはどうだ!?」


「いないっ!」


「こっちもダメだっ!」


ザクッ、ザクッ、ザクッ……


森の中だというのに、男達の足音と怒号が飛び交う。

ヤクザの抗争の方がまだマシだ。

これはもはや、飛んだ負債者を探す闇金……。




──そんなしょうもない事を考えている間にも、悔しさは押し寄せてくる。




相手はムサシ・ミヤモト。


完敗だった。


最後の最後、俺が一太刀を浴びせる、その一歩手前までは良かった。

アイツの剣筋も見切れていたし、俺の攻撃も鋭かった。


だけど、本当に最後の最後は、ムサシの方が速かった。


俺がアイツの間合いに入った瞬間、ドムって鈍い音がした。

その後に鉛のような痛みに襲われて、その瞬間にようやく気づいた。


峰打ちだった。


俺の右脇腹には、ムサシの刀の峰が突き刺さっていた。




「──あっ! モルト!」


アイリスが駆けつけた。

1人で切り株に座っている俺を見て、まっすぐこっちにきた。


「よがっだぁぁぁぁ! ……見逃してもらったんだっ!」


大粒の涙を流して、俺に抱きついたかと思えばすぐに離れて。

何がしたいのかよく分からないし、誤解もしている。


俺はムサシと戦ったのだ。


「いや? 普通に戦ったけど? 負けましたけど?」


「──嘘っ! それは嘘っ!」


いつものアイリス。

さては、マジで信じてないな。


俺は上の服をめくって、右の鳩尾を見せた。

そこにはクッキリとあざになっている部分がある。


「ほら、ここ。最後の最後にコレを喰らっちゃって──」


「私だってあるっ!」


そう言ってなぜか、アイリスも上の服をめくった。

白くて陶器のような肌だが、俺と同じ場所に同じあざ。


「……」


「……ふんっ」


なんか鼻で笑われた。

ムカついたので、彼女のあざに攻撃を行う。


「おりゃ」


「痛いっ! やめっ! ……このっ!」


「あっ! ちょっ!?」


アイリスは俺に攻撃しようとしたのだろう。

しかしながら体勢を崩して、俺にまたがるように倒れ込む。

するとどうだろうか。なんか良くないコトをしている2人のように見えるのだが、こういう時はいつもタイミングが噛み合ってしまう。




「──ちょっと! 感動の再会だからってここでそんなことっ!」


運悪く、ギルド職員さんに見つかってしまった。

前の大男ならまだ誤解は解けそうだが、この人はどうだろうか。


「はぁ!? 私がそんないかがわしい人間に見えるってわけ!?」


アイリスは激怒し、立ち上がり、ギルド職員に詰め寄った。

詰め寄られた側も詰め寄られた側で、アイリスをガチで睨みつける。


あぁ、始まった。


「だいたい、あなたって人はいつもいつも──」


「私の何を知ってそんなこと言えるわけ!? 所詮ギルド職員でしょ!?」


「あっ! 今ギルド職員をバカにしましたねっ!?」


野次馬が集まってきたあたりで、今日の成果を振り返ってみると、とあることに気づいた。


あれ?


今日、何も進んでなくね?








「──って感じですけど、どうですか? ミヤモト様?」


パラパラと本を捲るミヤモトの部下は、縁側に座っていた。


「オレは知らん。そんな物、わざわざ持ってくるな」


「えー? 面白いのに……」


対するミヤモトはというと、部下の目の前に広がる庭で、木刀を握りしめ素振りを延々と繰り返している。

大粒の汗が、地面にポタポタ落ちる。




──しばらくして




「──ただ、ひとつだけ間違いがある」


汗を拭きながら、ミヤモトは部下から本を取り上げる。

項をパラパラと捲った後、とあるページを指さして呟いた。


「最初の勝負、オレの完敗だ」


「……そーですかー? よく分からないですー」


「なら……」


と言って、ミヤモトは上の服を捲る。

見事に六つに割れた腹筋の横に、痛々しい傷跡が一筋残っていた。


「オレあの時、峰打ちをせねば死んでいた」


「ふーん」


「……興味が無いなら無いと言え」


「──興味ないです」


部下のその言葉に、ミヤモトはしょんぼりしながら素振りに戻った。

今日の魔王城周辺の天気は快晴、雲ひとつなかった。

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