第5話 ヤンデレちゃんに一目惚れされる危険性
ムサシとの戦いから、一夜明ける。
ちなみに昨晩の酒場では、俺が奇跡的に生還してきたことを祝ってのパーティと称した、飲み会が開催された。
『本日の主役!』と書いてある大きなタスキをかけられた俺は、当然、逃げることもできない。
全員が酔って潰れるまで、酒場にいることとなった。
それでもまぁ……なんやかんや楽しかった。
ギルド職員のお姉さん達が総じて酒豪であったこともあり、大きなトラブルにも見舞われなかった。
──そして夜の空気は引き、朝日が人々を叩き起こす。
俺とアイリスは昨日と同様、朝イチでギルドに向かった。
更に俺を引き連れてアイリスは、横長いボードの前まで歩いた。
そしてその前に着くと、俺の方を振り向く。
「──これがクエストボードよ。左側が低ランククエストで、右に行くほど難易度が高くなるの」
「うん、分かりやすいね」
「で、今日行くのはこの辺の──」
と言ってアイリスは、どんどんボードの右側を眺めていく。
高難易度クエストに挑戦するつもりらしいが、1人で行くのか?
俺のランクじゃあ、受注条件を満たせてないし……。
「──これっ! ワイバーン討伐っ!」
アイリスは満面の笑み。彼女の指先は、エグいクエストを差している。
クエストの内容を、簡単に書き記してあるだけの紙でさえ、おどろおどろしい雰囲気を纏っていた。
「星の数が多すぎるんじゃないか? アイリスはランク9冒険者だろ?」
そのクエストは明らかに、星の数が9個を上回っている。
アイリスが受注できるような代物ではない。
しかもなんか星の色が赤黒いし、怖いよ。
「──それはいけませんっ!」
やはりギルドの方が声をかけてきた。
昨日、アイリスと口喧嘩を繰り広げたその人である。
名前はたしか『フロン』と言っていたかな。
フロントの人だから『フロン』とは、中々に覚えやすい名前だ。
「げっ!」
アイリスは嫌そうな顔をして、フロンさんを見つめる。
対するフロンさんは逆に、激昂していた。
「モルトさんはまだ、ランク1冒険者ですっ! アイリスさんとのパーティ関係は認められませんっ!」
「ぐぬぬ……」
と、引き下がるアイリス。
意外と物分かりがいい反面、屁理屈を並べ出したら止まらない彼女である。
フロンさんはこの機に乗じて、アイリスに発言をさせないように続けた。
「なので今日はモルトさんのために、私が幾つかクエストを持ってきました」
そう言ってフロンさんは懐から何枚かの紙を取り出す。
いずれも星の数が一つや二つの、いわゆる簡単なクエストだった。
冒険者としての勝手が分からない俺にとって、これくらいのクエストは1番嬉しかった。
死ぬ可能性も少ないし、チュートリアルにはもってこいだ。
「助かります! ありがとうございます!」
俺はそう言って、紙に再び視線を落とした。
──詳細を眺めるとこんな感じ。
『ウチの子猫を探してください』
『王国周辺の森で、薬草を集めてきていただきたい』
『大工募集! 経験問わず! 日給高め!』
などなど、バライティに富んだ内容となっている。
これを一読した上で、やはり冒険者らしいことといえば『薬草集め』だなと、俺はひとりで納得する。
「──じゃあ、このクエストを受注したいんですけど」
「えっと……はいっ、薬草集めですねっ! 承知いたしました!」
「ありがとうございます。……もう今から行っていいんですか?」
「もちろんです! 良いご報告を、ギルド職員一同でお待ちしております!」
と、フロンさんは軽く頭を下げてギルドカウンターへ帰って行った。
俺は反対方向へ歩く。もちろん、門をくぐって森へ行くために。
アイリスは「つまんないから行かない」と、クエストボードに残った。
こうして三人はバラバラに、しかしながら同じ一日を過ごすのだった。
────薬草探しにて────
「──これは薬草、これは毒草、そしてこれはキノコ。……間違い探しかよ」
前世にはひよこ鑑定士なるものが職業としてあったが、この世界にもあるのだろうか。
薬草鑑定士……か。
これくらい似ているものを見分ける力というものは、かなり重宝しそうだ。
俺は何にも分からないので、とりあえず食べてから確認している。
いささかのパワープレイは美しいとは言えないが、毒草如きであーだのこーだの言っていたら、師匠の料理なんて食べられた物じゃない。
アレは破壊兵器だ。
「ふぅ、とりあえず仕分け終わりっ──」
ドガッシャァァァン!
仕分け終わった薬草を横切るように、女の子が吹っ飛んできた。
あまりにも突然のことで、薬草よりも女の子の方に視線がいってしまい、仕分けた薬草はどこかに吹っ飛んでいってしまった。
だが、落胆しているような状況では無さそうだった。
「……ごほっ、ごほっ」
「大丈夫!? 怪我は…………してるね。ちょっと待ってて!」
女の子の脇腹あたりに、一直線の傷跡。
幸い深くはなく、ジンワリと血が滲んでいる程度だった。
俺は走って薬草を鑑定(物理)しに行く。
薬草、どこだ薬草……これは違う、毒草。
これもキノコ、今度は毒草…………あった!
女の子の脇腹に薬草を塗る。
俺の服を一部破って伸ばし、幹部に当たるように彼女の腹に巻いた。
「処置、ありがとう。……でも早く逃げて。アイツがまた──」
「──はっはっはっ! 死体が二つに増えりゃあ、オレの出世も増えるってもんですよぉ!」
クソ長い剣を振り回すトカゲ男。
ソイツは俺を背後から切りつけ……ようとした。正確には切り付けられなかった。
……ピタッ
トカゲ男の剣先は、俺の指の腹で止まっている。
彼は驚くというよりも、むしろ怒っていた。
「──んだよ、お前! 変な魔法使いやがってっ!」
もう一度、トカゲ男は切り付けるのだが、アイツもバカじゃないらしい。
魔法を切り裂けるように、しっかりと刀身全体にエンチャントを施している。
……ピタッ
が、俺は切り付けられない。
またもや指先一本で止められてしまう。
「──魔法じゃねぇ」
「んなバカなぁ!」
このトカゲ男、ガチでビビっているようで。
しかも、なぜこうなっているのかも理解できていない様子。
「だったら──」
トカゲ男はそう言って飛び上がり、刀身を天高く持ち上げる。
太陽と重なってなんだか、神々しくも見えた。
が、所詮はトカゲである。
そのあとは単純に、縦に剣を振り下ろすだけのようだった。
「キミ、立てる?」
「……っ! ごめん、まだ痛い。……わっ、私はいいから、早く逃げて」
まただ。
アイリスの時といい、なぜ自分を犠牲にしたがるのか。
なぜ恐怖に包まれていながら、他人のことまで気にかけることができるのか。
もっと泥臭く生きても、バチは当たらないと思うが。
「大丈夫、なら動かなくていい」
すると俺の言葉を誤解したのだろう。
覚悟を決めたような顔して、女の子は優しく話す。
「じゃあ、ギルドの人に『リザードマン討伐、受注者死亡を確認しました』って、言っておいて」
「──いや、そういう意味じゃない」
上空、トカゲ男は俺を見下ろす。
天高く上がった剣先が、加速しながら落ちてくる。
冷静になれば剣の軌道は手に取るように分かる。後は野となれ山となれ。
ひとつ、集中を深めた。
「──死ねぇぇぇぇ!」
ドゴォォォォォン!
地面すら切れるその攻撃は、トカゲ男の必殺技であるらしい。
攻撃後、舞った土煙を恍惚と眺める、彼の姿があった。
コイツは微塵も思っていない。
まさか自分の攻撃が逸らされ、挙げ句の果てにその剣を利用され、俺が登ってきているなんて。
「……殺そうとするなら、殺されても文句は言えないよな」
──だからこそ、決着は一瞬でついた。
トカゲ男の心臓を貫いた。
地上に戻ると女の子が安心し切った顔で泣いていた。
「たすかったぁぁ……」
────再び薬草探しにて────
「ふんっ!」
「せいっ!」
「やー!」
俺の集めた薬草を蹴散らすゴブリン三兄弟。
これはガチでムカついたので、毒草を塗りたくった木の棒でぶっ叩いた。
────またまた薬草探しにて────
「──ぐばっ!」
「……居合いきり、俺得意かも」
なんか俺に戦いを挑んできたのは、サムライの格好をしたトリ頭の人間。
「正々堂々、居合で勝負したまえっ!」と、俺に刀を渡してきた。
で、結局は俺に負けて真っ二つ。本当に何がしたいのか分からなかった。
だがアイツ、死ぬ時は笑顔だった。
────最後、薬草探しにて────
夕日が沈む前に帰ろう。
ただでさえ迷いやすいこの森で、明るさを奪われたらどうしようもない。
「──結局、全然集まらなかったなぁ」
今手元にある薬草は全部で五つ。
朝イチから始めてこれくらいの収穫量じゃあ、依頼主は満足してくれないだろう。
だが、はっきり言って今日は運が悪かった。
変なやつに絡まれるし、仕分けて集めた薬草は蹴散らされるしで散々だった。
あぁでも、フロンさんになんて説明すればいいだろう。
今日助けた女の子に証明してもらうのが1番なんだろうけど、あいにく名前を聞き忘れてしまった。
向こうは向こうで俺の名前を知らないし、報告のしようがない。
──なんて考えているうちに、ギルドについてしまった。
しかもタイミング悪くフロンさんと目が合ってしまい、彼女の元へ行く以外に選択肢がなくなるという不運。
俺は鉛のように重い足で、フロンさんの元へ歩いて行った。
「──大丈夫でしたか!? 先ほど、リザードマン討伐に行っていた方から、『モルトさんの採取範囲と彼女の戦闘範囲が被ってしまった』との報告を受けましたが!」
俺の体を心配そうに見つめるフロンさん。
俺は親指を立てて、言い放つ。笑顔も忘れずに。
「バッチリ、無傷です」
するとフロンさんは膝から崩れ落ちた。
涙も流して、緩み切ったえがおであった。
「はぁぁぁぁ……よかったぁぁぁ。……わたし、今回ばかりはもうダメかと」
「そこまで心配していただけるなんて……」
「……でもすごいですね、彼女。リザードマンを相手にしながら、モルトさんを無傷で守り切るなんて」
なんか、フロンさんは誤解をしているらしい。
俺が倒したんだけどな、あのトカゲ男……正式にはリザードマン?
でも、これを言ったところで信じてもらえるわけもないので、俺、帰ります。
──ムギュ
……ん?
なんか右腕に柔らかくて暖かい感触が……。
「──フロン、違う。その逆。彼は私を庇いながら戦った。そして勝った」
「あら? えっ!? そうなんですか!?」
「私は嘘つかない。ね、モルト。……私の王子様」
彼女は、上目遣いで俺を見る。
「……はい。……はい?」
聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。
俺の耳に間違いはないはずだ。
……にしても、グイグイくるな、この子。
俺の腕に抱きついて、その、胸が……。
「──モルトさん、何したんですか? 催眠ですか?」
フロンさんの表情は青ざめている。
あり得ないものを見るようなその視線、冷たい。
「いや、何をしたかなんて、俺が聞きたいくらいで──」
「ピンチの私を、カッコよく助けてくれた。それ以外に理由は必要?」
彼女の足がまとわりつく。
すると、こう、不可抗力で下半身に血液が回ってしまう。
それでもギリ、理性を総動員させて踏みとどまってはいた。
「私の王子様。好きっ……好きっ……」
怖い怖い怖い……。
これ、美人局ってやつだろ。
この後怖い人が出てきて、俺のお金を巻き上げるやつだろ。
いや、寧ろそうであってくれよ。
この子、依存体質というかそれ以上の何かがあるぞ。
その矛先が俺に向いているって事象が恐ろしいんだよ。
いつ刺されるか、分かったもんじゃない。
──頼むアイリス、助けてくれ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます