第3話 パーティ加入
重厚な門を潜り抜けて、視界が開ける。
アイリスは俺の前に出て、腕を組み、仁王立ちをしている。
そして、ドヤ顔で一言。
「ようこそっ! カケダーシ王国へっ!」
彼女がそう宣言すると、周囲の人間が俺を取り囲むように集まってくる。
珍しいモノを見る視線と、目新しい人が来たという好奇心。
そういう空気感に満ちていた。
「──ようこそっ!」
「いい国だぜぇ、ここはよぉ!」
「よう新入りっ! 酒場ならウチが1番だぜー!」
三者三様とはまさにこのこと。
ただみんな、この国を愛しているということはしっかり伝わってくる。
『いい所に、いい人あり』という師匠の言葉は、やはり間違っていなかった。
俺とアイリスはひとまず、国で1番大きい銭湯に足を運んだ。
ここにするまでの数日間、俺たちは歩き続けた。
長い旅路の疲れを癒すのである。
かぽーん……
この銭湯特有の音、本当に聞こえることあるんだ。
久しぶりの湯船に浸かって、そんなしょーもない事を考える。
すると隣に大男がざっぷーんと腰掛けた。
「よぅ、にいちゃん。見ねえ顔だな、新入りか?」
「はい、今日からです」
すると男の顔は大らかになる。
荒っぽい感じで笑いながら、彼は続けた。
「そうかぁい!」
そして男は、声のトーンを落とす。
「だったらコレだけは忘れちゃいけねぇ……」
なにか秘密の頼み事をするように、ヒソヒソと話した。
「……アイリスのパーティにだけは入るんじゃねぇぞ」
「──それはそれは。……どうしてですか?」
他人事ではない話題を振られて、俺も前のめりになる。
すると銭湯の湯船に浸かる男2人が、何やらヘンなことをしているような感じに見えたのだろう。
周りの客たちは、そそくさと湯船から出ていった。
「アイツ、……アイリスはなぁ、たしかに剣の腕前はピカイチなんだ。にいちゃんも知っての通り、1人で『ランク9冒険者』を続けられるくらいにはな……」
「ほうほう……」
「だが最近、アイツは『ランク10冒険者』になりたいとか言い出しやがった。するとどうなる? そう、パーティを作るかパーティに入るかすればいい──」
「なるほど……」
この人の話をまとめると。
『ランク9冒険者』から『ランク10冒険者』になるには、パーティに入る必要があるらしい。
そしてあの女の子……アイリスは、生活費をもっと稼ぐためにランクを上げて、難しいクエストに挑みたいとのこと。
ここで生じる問題が、『ソロ冒険者として到達できるのはランク9までである』というギルドでの取り決め。
つまり、ランク10より上は『冒険者』という個人ではなく、『パーティ』という集団での評価が主軸となる。
これらは人命を優先した素晴らしいアイデアであるものの、『ボッチで強い人』には足枷のようになっているらしい。
ちなみに、ギルドでの冒険者ランクは全部で『20』であり、ギルドから、各ランクに応じた難易度のクエストが割り振られるという仕組みだ。
──ではなぜ、アイリスのパーティに加入してはいけないのか。
それは単純に、彼女が強すぎるからである。
並の冒険者では、足手纏いになるのが目に見えている……と。
そもそも『ランク9冒険者』以上の人間が少ない。
この国にはアイリスを含めて、五人しかいないらしい。
しかもアイリス以外の全員がパーティに所属済みということもあり、彼女は八方塞がりということである。
……とまぁ、この男がチュートリアル並みに全てを教えてくれた。
この国のギルド事情にやたら詳しいあたり、この人も冒険者であろう。
彼の身体中についている痛々しい傷も、職業柄、というやつだ。
未だ、湯船は温かく、俺と彼を包む。
俺は軽く、目の前の男に頭を下げた。
「ありがとうございます。こんなに丁寧に教えていただいて。なにかお礼でもできたらいいんですが──」
「礼なんていらねぇよ! だって、俺がアイリスさんに頼まれて話に来たんだ──っ!」
男は口を押さえて、ガクブルと震えている。
彼が視線を向けた先は銭湯の壁。なんの変哲もない、山の絵がある。
……ちなみにその先は女湯だ。
「にいちゃん、俺を助けてくれっ! 余計なことまで言っちまったっ! 殺されるっ! アイリスさんに……」
「大丈夫ですって、心配しなくてもアイリスは人殺しなんて…………しますね」
「うわぁぁぁぁ!」
そうだ、初対面の時、殺されかけた。
師匠が使った技だったから良かったものの、もし、初見の技なら……。
コイツが泣き叫ぶ理由もよく分かる。
よし、ここは俺がガツンと──
「──ねぇ、私、その人に用があるの」
脱衣場を恐る恐る抜けた先、やはりアイリスが静かに立ち尽くしていた。
腕を組み、赤くて艶のある美しい髪を靡かせながら。
「ダメだっ! 人殺しなんて、どんな理由があろうともしちゃいけないっ!」
俺の背中に大男が隠れる。
俺は逆に両手を広げて、アイリスを威嚇するように立ち塞がった。
「……あっそ。ならこの人を見逃す代わりに、条件があるわ」
「……分かった。……なんでもする」
「じゃあ、ここに名前、書いて。そしたら許す」
アイリスが持っていて、ぺらっと見せられた紙。
その紙の内容をゆっくり読もうとするが「早くして」と、アイリスに急かされてしまう。
軽く読んだところ、臓器売買の書類とかでは無さそうだったので、アイリスから渡されたペンを使ってサラサラと名前を書く。
名前は『モルト・イチジョー』
前世の名字である『一条』に、名前である『トモル』を入れ替えて『モルト』。
師匠に名付けてもらった、大切な名前だ。
「──はい、ありがとう。これでモルトも晴れて、私のパーティの仲間入りね。明日ギルドに行って、正式な手続きをしましょう」
「……ふぅ。これで大丈夫ですよ…………ってあれ?」
振り返って大男に笑いかけたつもりだったが、そこには誰もいない。
奇しくも、振り返って1人で笑う変なやつになってしまった。
俺が一瞬のパニックに陥っていると、それを見越したアイリスからの一言。
「さっきの人、サクラよ」
「はぁ? えっ? どういう……」
「モルトをパーティに入れるために、一芝居打ってもらったの」
「──そうか、そうですか」
俺の様子みて、アイリスの表情が曇る。
人を騙すなんて、本当はやりたくなかったろうに。
そこまでしないとパーティに入ってもらえないなんて、かわいそうに。
「その、騙したのはごめんなさい。……でもっ、モルトと冒険者やりたくて──」
「いや、そうじゃなくて。普通にお願いしてくれても、俺はパーティに入ってたよ」
すると、アイリスは俯いた。
さっきまでの罪悪感に満ちた雰囲気から一変して、被害者が背負うような、重くて暗い雰囲気を醸し出す。
「そんなの嘘っ。……どうせそう言っておきながら、クエスト終わりには『もうやめる』って言うんでしょう?」
震える声でそう呟いたアイリスから、過去に何があったのかは想像ついた。
──強いって、時には辛い
という師匠の言葉。
俺も重々承知の上で生きていたが、目の前にしたのは初めてだった。
人生経験や対人経験の浅い俺にとって、最適解など見えるはずもない。
だから、師匠の言葉でしか励ませない。
「出会いを恐れるなっ! ……って、師匠は言ってた」
「……」
アイリスは聴いているのか、聞いていないのか。
ずっと俯いていた。
「だから、過去に引きづられて、素敵な出会いを逃すなんて勿体無いよ。……ってこと」
師匠も、たくさん裏切られた。
仲間や酒場の店主……それ以外にもたくさん。
でも、俺という存在を疑わず、『俺が転生者である』ということも受け入れて育ててくれた。
「大丈夫、俺は絶対に裏切らない。師匠に誓ってそう言うよ」
「……ふふっ」
アイリスの表情が緩んだ。
笑顔から笑い声が漏れ出て、空気が弛緩する。
「モルト、ほんとに師匠のことが好きね。……ことあるごとに師匠っ、師匠って」
「……まぁ、命の恩人だからね」
少し、恥ずかしかったが悪い気もしない。
俺にとっての師匠は、そういう存在でなくてはいけないから。
「──そんな人に誓われたら、信じるしかないじゃない」
アイリスは一つ、そんな言葉を吐いて笑った。
それは初めて彼女と出会った時、ブラックドラゴンの子供に向けていたような、心からの笑顔だった。
────次の日────
ドンドンドンッ!
太陽は朝焼けを作り出す。
普段は活気あふれる王国も、文字通り眠ったように静かだ。
それくらい早朝なのに、宿のドアはけたたましく叩かれる。
「モルトー! 入るわよー!」
プライバシーという概念の欠落したアイリスは、お構いなしに俺の部屋へと侵入してきた。
腰にはいつもの剣、いつもの冒険者服。
準備万端ですっと、言わんばかりの風貌であった。
「ふぁ……まだ朝じゃん」
「今日は忙しいのっ! ほら、さっさと着替えた!」
お母さんかよ……と心の中で呟く。
が、ほんの少しだけ、やぶさかでない気分であった。
朝、美少女が俺を起こしに来る。
こういう日常もまぁ、悪くないよなぁ。
「今日はクエストに行くんだからっ!」
と、アイリスは意気込んでいる。
鳥も目覚めていない頃なのに元気だなぁと、俺はひとりで感心した。
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