第3話 パーティ加入
今、目の前で開く重厚な門が、街の活気を閉じ込めていたのだろう。
視界は一気に広がり、典型的なファンタジー世界の街並みが、俺を歓迎する。
よく分からない果物を売る店、大きな魚を吊るしている店、見たこともない花を売る店……などなど。
俺の知らないものは、この一瞬にもたくさん増えた。
「すごいなぁ……」
「でしょ!?」
俺の感嘆符に、弾けるような笑顔で返答するアイリス。
すると彼女は俺の前に出て、腕を組み、仁王立ちをした。
そして、ドヤ顔で一言。
「ようこそっ! カケダーシ王国へっ!」
彼女がそう宣言すると、周囲の人間が俺を取り囲むように集まってくる。
珍しいモノを見る視線と、目新しい人が来たという好奇心。
そういう空気感に満ちていた。
「──ようこそっ!」
「いい国だぜぇ、ここはよぉ!」
「よう新入りっ! 酒場ならウチが1番だぜー!」
三者三様とはまさにこのこと。
ただみんな、この国を愛しているということはしっかり伝わってくる。
『いい所に、いい人は集まるのさ』という師匠の言葉は、やはり間違っていなかった。
かぽーん……
俺とアイリスはひとまず、街で1番大きい銭湯に足を運んだ。
ここに来るまでの数日間、俺たちは歩き続けたのだ。
そんな長い旅路の疲れを癒すことが目的だ。
俺は湯船の橋に腰掛け、天井をなんとなく見つめる。
体全体が溶けてゆく感覚に包まれながら、その快楽を享受しながら……眠い。
かぽーん……
……ってか、この銭湯特有の音、本当に聞こえることあるんだ。
久しぶりの湯船に浸かって、そんなしょーもない事を考える。
すると突然、水面がざっぷーんと揺れた。
「よぅ、にいちゃん。見ねえ顔だな、新入りか?」
「……はい、今日からです」
隣に、男……おっさんが腰掛けていた。
彼のゴツゴツとした体には、沢山のアザと切り傷が刻まれていた。
荒っぽい感じで笑いながら、彼は続ける。
「そうかぁ! 新入りかぁ!」
そして男は、声のトーンを落とす。
「だったらコレだけは忘れちゃいけねぇ……」
なにか秘密の頼み事をするように、ヒソヒソと話した。
「……アイリスのパーティにだけは入るんじゃねぇぞ」
「──? ……どうしてですか?」
突然も突然、他人事ではない話題を振られて、俺も前のめりになる。
「アイツ、……アイリスさんはなぁ、たしかに剣の腕前はピカイチなんだ。にいちゃんも知っての通り、1人で『ランク9冒険者』を続けられるくらいにはな……」
「ほうほう……」
彼の表情には少し、怯えているような側面が垣間見えた。
それに彼、異常に周りを気にしている。
しかしながら、彼は続ける。
「だけどな、最近、アイツ、『ランク10冒険者になりたい』とか言い出しやがった」
「なるほど……」
「……ってことはだ。ランクを上げるために──」
と、このように、彼の話は長々と続いた。
この人の話をまとめると。
『ランク9冒険者』から『ランク10冒険者』になるには、パーティに入る必要があるらしい。
しかしながら、ここで生じる問題がひとつ。
『ソロ冒険者として到達できるのはランク9までである』というギルドでの取り決め。
つまり、ランク10より上は『冒険者』という個人ではなく、『パーティ』という集団での評価が主軸となる。
これらは人命を優先した素晴らしいアイデアであるものの、『ボッチで強い人』には足枷のようになる。
──ではなぜ、アイリスのパーティに加入してはいけないのか。
それは単純に、彼女が強すぎるからである。
並の冒険者では、足手纏いになるのが目に見えている……と。
そもそも『ランク9冒険者』以上の人間が少ない。
この国にはアイリスを含めて、五人しかいないらしい。
しかもアイリス以外の全員がパーティに所属済みということもあり、彼女は八方塞がりということである。
……とまぁ、この男がチュートリアル並みに全てを教えてくれた。
この国のギルド事情にやたら詳しいあたり、この人も冒険者であろう。
彼の身体中についている痛々しい傷も、職業柄、というやつだ。
未だ、湯船は温かく、俺と彼を包む。
俺は軽く、目の前の男に頭を下げた。
「ありがとうございます。こんなに丁寧に教えていただいて。なにかお礼でもできたらいいんですが──」
「礼なんていらねぇよ! だって、俺がアイリスさんに頼まれて話に来たんだ──っ!」
「……アイリスに? 頼まれて?」
「あっ! ……いやっ!」
男は口を押さえて、ガクブルと震えている。
彼が視線を向けた先は銭湯の壁。なんの変哲もない、壁。
……だが、その先は女湯だ。
まさか、アイリスが聞いているとでも?
「にいちゃん、俺を助けてくれっ! 余計なことまで言っちまったっ! 殺されるっ! アイリスさんに……」
「大丈夫ですって、心配しなくてもアイリスは人殺しなんて…………」
たしか、初対面の時。
俺はアイツに切りつけられたよな?
「──いや、しますね」
「うわぁぁぁぁ!」
アイリスは中々にイカれた人間だ。
誰かの命を奪うなんて、容易く行えてしまう。
だからコイツが泣き叫ぶ理由もよく分かる。
にしても、オッサンが泣き叫ぶレベルとは。
「……だったら、俺がアイリスに言ってやりますよ。『人殺しなんて、絶対にダメだっ!』って、ガツンと」
「そんなっ! いいんですかっ!?」
「ええ! 困った時はお互いさまですから!」
「ありがとうございます!」
と、涙でぐちょぐちょなオッサンからの感謝。
かなり未知の体験ではあったが、あまり経験したくもない。
俺は抱きついてこようとする彼をやんわりと避けて、脱衣所へと向かった。
「──ねぇ、私、その人に用があるの」
脱衣場を恐る恐る抜けた先、やはりアイリスが静かに立ち尽くしていた。
腕を組み、赤くて艶のある美しい髪を靡かせながら。
「ダメだアイリスっ! 人殺しなんて、どんな理由があろうともしちゃいけないっ! この人は俺が守るっ!」
俺の背中に大男が隠れる。
俺は逆に両手を広げて、アイリスを威嚇するように立ち塞がった。
「……あっそ。じゃあ、ここにアンタの名前、書いて。そしたら許す」」
「……? ……まぁ、別にいいけど」
アイリスが持っていて、ぺらっと見せられた紙。
その紙の内容をゆっくり読もうと──
「早くして」
と、アイリスに急かされてしまった。
軽く読んだところ、臓器売買の書類とかでは無さそうだったので、アイリスから渡されたペンを使ってサラサラと名前を書く。
名前は『モルト・イチジョー』
前世の名字である『一条』に、名前である『トモル』を入れ替えて『モルト』。
師匠に名付けてもらった、大切な名前だ。
「──はい、ありがとう」
「……ふぅ。これで大丈夫ですよ…………ってあれ?」
振り返って大男に笑いかけたつもりだったが、そこには誰もいない。
奇しくも、振り返って1人で笑う変なやつになってしまった。
「……あの人は、私が雇った人よ」
「まさか……」
「そう。私、アンタを騙したの」
アイリスは口角を上げ、もう一度さっきの紙を俺に見せる。
そこにはしっかりと『パーティ届』と記されていた。
なぜ?
どうして?
俺が一瞬のパニックに陥っていると、それを見越したアイリスからの一言。
「その、騙したのはごめんなさい。……でもっ、モルトと冒険者やりたくて──」
それは意外にも、真摯な謝罪だった。
またもや虚をつかれる形となった俺。
だって、騙したとかそう言うのには、俺、怒りを感じていなかったから。
むしろその逆で、憐れみが強かった。
「……普通にお願いしてくれても、パーティに入ってたよ」
すると、アイリスは顔を下げる。
さっきまでの罪悪感に満ちた雰囲気と並行して、イジメの被害者が背負うような、重くて暗い、孤独感を醸し出す。
「そんなの嘘っ」
消えてしまいそうなその声で、彼女は続ける。
「……どうせそう言っておきながら、クエスト終わりには『もうやめる』って言うんでしょう?」
そう呟いたアイリス。
俺を騙したとか言っておきながら、あのオッサンが言っていた『アイリスは、ボッチで強い人』であるということは、本当だったらしい。
──強さも弱さも、孤独を創り出す。
これは師匠の言葉。
俺も重々承知の上で生きていたが、目の前にしたのは初めてだった。
人生経験や対人経験の浅い俺にとって、最適解など見えるはずもない。
だから、師匠の言葉でしか励ませない。
「出会いを恐れるなっ! ……って、師匠は言ってた」
「……」
アイリスは聴いているのか、聞いていないのか。
ずっと俯いていた。
「過去に引きづられて、素敵な出会いを逃すなんて勿体無いよ。……って」
師匠も、たくさん裏切られた。
仲間や酒場の店主……それ以外にもたくさん。
でも、俺という存在を疑わず、『俺が転生者である』ということも受け入れて育ててくれた。
「大丈夫、俺は絶対に裏切らない。師匠に誓ってそう言うよ」
「……ふふっ」
アイリスの表情が緩んだ。
笑顔から笑い声が漏れ出て、空気が弛緩する。
「モルト、ほんとに師匠のことが好きね。……ことあるごとに師匠っ、師匠って」
「……そうかな?」
少し、恥ずかしかったが悪い気もしない。
俺にとっての師匠は、そういう存在でなくてはいけないから。
「──そんな人に誓われたら、信じるしかないじゃない?」
アイリスは一つ、そんな言葉を吐いて笑った。
それは初めて彼女と出会った時、ブラックドラゴンの子供に向けていたような、心からの笑顔だった。
────次の日────
ドンドンドンッ!
太陽は朝焼けを作り出す。
普段は活気あふれる王国も、文字通り眠ったように静かだ。
それくらい早朝なのに、宿のドアはけたたましく叩かれる。
「モルトー! 入るわよー!」
プライバシーという概念の欠落したアイリスは、お構いなしに俺の部屋へと侵入してきた。
腰にはいつもの剣、いつもの冒険者服。
準備万端ですっと、言わんばかりの風貌であった。
「……まだ、朝じゃん」
「今日は忙しいのっ! ほら、さっさと着替えた!」
お母さんかよ……と心の中で呟く。
が、ほんの少しだけ、やぶさかでない気分であった。
朝、美少女が俺を起こしに来る。
こういう日常もまぁ、悪くないよなぁ。
「今日はクエストに行くんだからっ!」
などと、アイリスは意気込んでいる。
鳥も目覚めていない頃なのに、元気な奴だ。
まぁ、だけど、『クエスト』だなんてココロオドル単語を聞かせられちゃあ、ベッドの上で寝っ転がってるなんて出来ないよな。
冒険者、やってみるか。
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