第2話 2人の初めて



一つ、外の世界に出る方法が分からない。


これは重大な問題だった。

そもそも10数年育ってきたこの森ですら満足に探索できていないのに、その先のことなんて分かるはずもない。


いわゆる、迷子である。


師匠っ!

森の歩き方くらい、教えてくれても良かったのではっ!?




「きゃぁぁぁぁっ!」




そうやって心の中で騒いでいると、突然、女の子の悲鳴が聞こえてきた。

正面から少し右、一時の方向。


木々で視界が遮られてはいるが確かに、何か動くものが見えた。


キラリと光るものと黒い翼が舞うように動いている。


あの光るものはおそらく悲鳴の主が携えているものだとして、あの黒い翼は?

ブラックドラゴンにしては小さすぎる。


俺はその正体の確認も兼ねて、悲鳴がした方向へ走った。




「──きゃあ! きゃわわわわわっ! ブラックドラゴンの子供!? かわいすぎゆぅぅぅっ!」


「……?」


こういう展開、相場では女の子が襲われているのでは?


……逆では?


この状況、俺の目には『女の子がブラックドラゴンの子供を襲っている』ようにしか見えない。

それになにか、見てはいけないモノを見てしまったような気分だ。


「きゃわわわっ! きゃわっ! きゃわ…………は?」


「──あっ、どうも」


ついに目があってしまった。

俺は後日、こうなる前に立ち去っておけばと、死ぬほど後悔するのであった。




「……みた?」


「いいえ、なんにも」


やはり見てはいけないものだったか。

俺はクルッと踵を返し、そそくさとその場を後に──。


「嘘、見てたでしょ。知ってるのよ」


なんと女の子が目の前に立っているではないか。

まるでホラー映画のワンシーン。なんて、ちっとも洒落にならない状況である。


彼女は徐に、腰に携えている剣を引き抜いた。


「悪いけど、あなたには死んでもらうわ」


「──は?」




ブワンッ!




彼女の言葉に恐怖を抱いて咄嗟にしゃがんだから、俺の命は助かった。


もし、この子が無言で切り掛かってきていたら……俺の首と胴体はさよならだ。

俺の頭の上を弧を描きながら、とてつもない速度で通過する彼女の剣先を見ていると、心底そう思う。


「じゃあ次っ、縦っ」


一撃目と二撃目のインターバルなんて、ほとんどない。

さすがに俺も、自分の腰に携えている剣を使わずにはいられなかった。




ガキンッ!




剣先と剣先が十字にぶつかると、火花が散った。

師匠と戦った時ぶりの経験で、心臓がドクドクと脈打つ。


すげぇ、すげぇ、外の世界すげぇ!


……俺の精神年齢が10下がった。


「分かってはいたけど、あなたも剣士なのね……。でも残念、本当に残念……」


彼女は、死にゆく人を見る目でそう呟く。

あの時、俺が師匠を看取った時も、こんな目をしていただろう。


「……残念?」


「だって──」




ズンッ!




と、彼女の剣の重みが増した。

地面に足がめり込み、俺は地面を抉るように後退してゆく。

ゆっくり、ゆっくりとだが、鍔迫り合いで押されている。


「──私よりも強い剣士、この世界に存在しないもの」


彼女は更に力を込め、俺を潰しにかかる。


……と思って、身構えすぎた。


現実はその真逆。


ふっと剣先が軽くなり、それに反応できなかった俺の体は上に投げ飛ばされる。

すると俺は空中で姿勢を維持しようとするあまり、目の前の敵から目を逸らす。


彼女はそこまで読んでいた。


「はい、終わり……」


最後、彼女は落下してくる俺の心臓の位置に合わせて、剣先を上に向ける。

彼女の剣の切れ味なら、俺の体は豆腐のように容易く貫かれてしまう。

パーフェクトゲーム。完璧な勝利。


柔と剛をしなやかに使い分けた、剣士として、最も美しい勝ち方。






……そういうストーリーを描いていたのだろうが、それは師匠に300回くらいやられた手法だ。

ただ、これも中々に古典的すぎて、俺が4歳を過ぎたあたりで使われなくなったが。




「よいしょっと」


俺は彼女の剣先に着地した。

足のつま先だけに体重をかけるこの立ち方、4歳以来してこなかったが、案外できるもんである。


ありがとう師匠。命が助かりました。




「──どいてくれる?」


「ん? あぁ……」


明らかに不機嫌な声。正直、降りたくない。

しかしながら降りないと何をされるのか分からないため、ここは素直に従った。

俺が地面に両足をつけると同時に、女の子は詰め寄ってくる。


「ねぇ、どこの流派?」


流派、という言葉には聞き馴染みがなかった。

師匠がずっとやってきた事を真似ているだけの俺にとって、真面目に剣術をやってきた人間は反対側にいる。ゆえに、何も答えられない。


「俺、師匠がやってたことを真似ているだけだから──」



なーんて柄じゃないのに、真面目に受け答えをしてしまったからであろう。

彼女の背後から伸びてくる、大きなブラックドラゴンの手に気づかなかった。




「きゃぁぁぁぁっ!」




今度こそ本当の悲鳴である。

ただ、そんな呑気に考えを巡らせている場合ではない。


相手はブラックドラゴン。

戦績としては70戦中の50勝20敗という、勝ち越してはいるものの、そこそこ負けている相手。

それに女の子を救出するというサブミッションまで加わった。




ひとつ、集中力を深める。




「──わっ、私のことはいいわっ! ……早く逃げなさいっ!」


「大丈夫っ! 絶対助けるからっ!」


「だめっ! ブラックドラゴンなんて、1人で戦う相手じゃないっ!」


声を震わせて、自分が1番怖いくせに。

彼女は自身の命を投げ捨ててでも、俺を助けようとしてくれている。


そんないい人を、無くすわけにはいかないだろう?




もうひとつ、集中力を深める。




彼女への被害を出さないため、攻撃は最小回数かつ必要最低限の破壊力。

師匠の言葉を借りて言うなら『人を救うための強さは、必要以上に行使しない』とでも言っておこう。


「腕だけを切り落とす、腕だけを切り落とす……」


ブラックドラゴンも、我が子を守るために戦っているのだ。

命までとる義理はない。だからこそ、再生される部分を狙って切り落とす。


「なにモタモタしてるのっ!? 早くにげ──」


剣を握る手のひらに、汗が滲む。

そしてしなやかに剣先を走らせ、一撃。


ブラックドラゴンの手首目掛けて。



シャン…………トサッ。






「──ふぇ?」


女の子の気の抜けた声が、森に優しく響いた。


木々がひしめきざわめく森。

俺は彼女を、いわゆるお姫様抱っこしながら駆ける。

とにかくドラゴンから距離を取る。




「ねぇ、あなたランクはいくつ?」


駆けている途中、彼女は突然そんなことを聞いてきた。


「……分からない」


『ランク』などという制度があるのか。

よく漫画とかアニメとかで、『俺のランクはSランクだっ!』ってかませ犬がやってるやつか。


嫌だなぁ、そういうマウント。

酒場とか結構憧れてるのに、行きづらくなっちゃうよ。


「ランクが分からない? ……嘘、つかないでよ」


「嘘なんてつくメリットがない。本当にランクが分からない。というか、ない」


「ないっ? 面白い冗談ね。……じゃあギルドカード見せてちょうだい?」


「……ん? あぁ……」




そう言えば昔、師匠が変なカードをくれた記憶がある。

その時は「これ何?」って尋ねても、「スタンプカードじゃよ」としか言ってくれなかった。

まさか、あれがギルドカードか?


「多分、右のポケットに入ってる。俺、見ての通り手が離せないからさ、キミが取ってくれると嬉しい」


「えぇ、もちろんそうするわよ」


そう言ってモゾモゾと俺の下半身をまさぐる女の子。

普通にアウトな光景であるが、異世界では日常なのか?


「──これ、かしら?」


と言って尋ねてくる彼女の頬は、ほんのり赤く染まっている。

ペラペラの白い何かしらを、握りしめているのだが──


「あぁ、それは替えのパンツ」


「ぱんっ!? つ!?」


「ごめん、左のポケットだったかも」


「はぁぁ!?」




それから何回か彼女にギルドカードを取ってもらおうとしたが、いずれも失敗に終わった。

パンツとか、靴下とか、変なものしか取ってこない。


結局は俺が立ち止まって、自分でギルドカードを取るハメになった。


「──へぇ? これがあなたのギルドカードね……」


彼女は「ギルドカードに嘘はつけないんだからっ」と得意げに俺のギルドカード眺めていたが、次第に顔が青ざめていった。


「あなたっ! なんてことしてるのっ!? ヘンタイっ!」


「はぁ?」


よくわからない事で怒られ、よく分からないまま変態認定された。

何がなんでも酷すぎやしないだろうか。


「サキュバスの利用回数……305回ってどういうことっ!?」


「知らない知らないっ! 一回も利用してないっ!」


とは言ったものの、彼女が示したギルドカードの項目には明記されている。

『サキュバス・305回』と、これでは言い逃れができない。

なんせギルドカードは嘘がつけないらしいので……?


あれ? これ……


「──じいちゃんのヤツだ。これ」


「はぁぁぁ。また嘘ついて……。……? でも確かに、さっきのドラゴン駆除がない……? どうして?」




──などというやりとりを挟んで、しばらく経った



「まさか本当にギルドカードがない人がいるなんてね……。さすがの私も初めて見たわよ、そんな人」


「なんかごめん。俺もそこまで異常なことだって、全然知らなかった」


ギルドカードは本来、生まれた瞬間にこの世界の役所的なとこから渡される、生涯の記録書のようなものらしい。


みんな持ってて当たり前。

持ってない人は死刑囚か、俺みたいなちょーーー田舎者。


「あなた、行くあては?」


「……ない」


「──はぁ。そうだろうと思ったわ」


「すみません」


「いいのっ! 自分が悪いわけじゃないんだから、すぐ謝らないでっ!」


なんて良い人なんだ。

俺のことを逃がそうとしたり、こうやって叱ってくれたり。


「……じゃあ、行くあてないなら、ウチの国に来る?」


「え? いいの?」


「ええ、もちろん。ギルドカードもすぐに発行できるし、ギルドも広くて使いやすいわよ。それに、仕事もすぐに見つかるわ」


「なんという好条件」


「ただし! 私のパーティに加入することっ!」


「パーティ? 何それ?」


「あぁーもぅう! パーティっていうのは──」




ざわめく森の、その中心から、俺と彼女の騒がしい日々が始まった。

熱心にパーティの話をする彼女とは正反対に、ゆっくりとうなづく俺なのであった。










「──って感じです。どうですか?」


俺のそこそこ長い過去の話を、女性記者は熱心に聞いてくれた。

だからだろうか、言ってはいけない部分まで言ってしまった。


「いいですねぇ、いいですねぇ……。特に『アイリス』さんの素の部分が可愛らしいのなんのって……」


「あっ、これを話したこと、アイリスには内緒にしててください。殺されちゃうんで……」


「あぁ! でしたらご心配なさらず!」


「えっ? どうしてですか?」


女性記者は俺から視線を外す。

まるで俺の背後に、恐ろしいものがあるみたいに。


「……その、アイリスさん? 私は止めましたよ?」


「あいりすっ!?」


振り返るとそこにはっ──


「モルト? そのお話、しちゃダメって言ったよね?」


ギリギリ……と、アイリスにほっぺたを摘まれる。


「ずみまぜんっ……」


そんな様子を見ていた記者は、自然にカメラを構えていた。


「ふふふっ。お二人共、目線くださーい」


「ふぇ?」


と困惑する俺


「あっ!」


と、慌てるアイリス。

そんな俺たちの姿は、しっかりと収められてしまった。

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