つらつら思って
「もう一回、合わせようか」
詩音が息を切らしながら、マイクに向かって言った。鏡越しに見ても、だいぶ疲れているのがわかる。当然だ。もう2時間も歌いっぱなしなのだから。
明らかに、私の練習不足が足を引っ張っている。卒業ライブは明後日。ここからどうこうというのは、現実問題として望みが薄い。
2人の優しさに甘えている、そんな自分が死ぬほど嫌だった。だからといって、泣き言を言っても仕方ない。せめてなんとか形にするしかない。
「他の曲はいい感じだからさ、大丈夫。なんとかなるよ。七花はもうちょい周り見て。羽海野にお願いあるんだけど、キメのときになんか合図欲しいな」
「おけ」羽海野がスティックを振り上げた。「こうする」
「いいね、それでよろしく」
壁面いっぱいの鏡にどうしても目をやれない。今の私は、どんな顔をしているだろう。惨めで卑屈で、嫌な奴だと思う。
最後をみんなで楽しみたかった。最高の形で終わらせたかった。でもーー。
本当に、付き合ったの?
サークルのOBと一緒にいるところを、同期が見かけたらしい。単なる友達とは思えない距離感だったと。
もやもやして、練習に身が入らなかった。悲しくなって、一人で夜の町を彷徨ったりした。誰が悪いのか、何がいけなかったのか、そもそも私は何を許せないのか。どうしたいのか。一つとしてわからなくて、ベースを持つたびに涙が溢れた。
変わらないままって、ダメなのかな。
たぶん、詩音は隠さない。聞けば教えてくれるだろう。自主的に言わないのも他意はなく、ただ言う意味がないと思っているに違いない。
自分が誰と付き合おうと、私を含む友達との関係はなんら変わらないと思っている。だから詩音にとっては、自分の恋愛事情など特別言う必要のないこと。
でも、みんながみんな、そうじゃない。私にとって詩音は。あなたは。
先に伝えて欲しかったとか、そういう問題では、とうにない。いまさら明かされたって、状況は良くならない。むしろ発狂するまである。こうなったが最後、どの道バッドエンドは確定で、できることといえば死に方を選ぶだけだ。
羽海野がバスドラを鳴らしはじめる。体の芯を震わす低音が、私の思考をさらに深部へ沈めていく。
鏡越しに、詩音と目があった。汗で前髪が額にくっついている。シャツを肩まで捲り上げているから、華奢な腕が剥き出しだ。その腕が、力強くマイクスタンドに絡んでーー。
あぁ、やりたかったことだけは、はっきりしてる。それはもう叶わないのだろうけど。ただ、私があなたの隣にいたかった。
この場所で、同じ音楽を奏でて、光のなかで一緒にいられるだけでよかったんだ。ずっとこの時間のなかに揺蕩っていたかったんだ。
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