ぐるぐる回って

 学生時代、暇さえあればワケもなく御茶ノ水を彷徨いていた。もはや庭同然のつもりだったが、歳月というのは残酷らしい。


「ぜんっぜん、わからん」

「こっち」


 終始視線を上げながら、人で溢れる御茶ノ水をなんとか羽海野についていく。


 はじめてこの街に来たときもこんなだったな、と苦笑する。右も左もわからず、自分が認められていないような不安。楽器を買った後は、背負って御茶ノ水にいることがなぜだか誇らしく、だから足繁く通ってしまった。


 この角、中古屋じゃなかったっけ。ここにラーメン屋なんてあったっけ。ここは……ずっとレコード屋だ。


 すっかり様変わりした街並みに昔の記憶をダブらせて、懐かしさと真新しさに戸惑いながら歩き回る。


「ついた」


 曲がった路地のその先に、相棒を見つけた楽器屋が顔を出した。入り口こそわかりにくいし小さいが、中は結構広い。秘密基地みたいで、好きだった。


「おおー、おおー!」


 店内は昔のまんまで、棚の裏に19歳の私が隠れてるんじゃないかと思うほど。さりげなく確認して、いなかったことに安心する。


「自分でも探してる?」

「そんなわけないでしょ。えぇと、弦は……と」


 ベースの弦はなぜこんなに高いのか、と買うたびに感じる。一応、1000円程度の廉価版もあるにはあるが、せっかくの披露宴だ。ちゃんとしたのがいい。


 ついでにピックも選ぶ。100円で雑多に売られているものでも、一つ一つ厚さや感触が違う。掻き分けて最高の一枚を見つけるのが楽しいのだ。


 お目当てのものを買い揃え羽海野を探しに行くと、スティックを天秤にかけているところだった。


「いいバチあった?」

「これが完璧」

「じゃあ行こっか」


 と、その前に。


「中身壊れてないか試しがてら、スタジオ入らない?」


 楽器屋に併設されているスタジオを指差す。幸い、今は誰もいないようだ。


「なに合わすの?」

「いや無理。昔やった曲とか全部忘れたし」

「私覚えてる」

「すごいねあなた。まぁ、適当に?それにやってたらなんかしら思い出すかも」


 手癖、なんて大層なものがあったかさえ記憶にないが、何かはできるかもしれない。


「もともと、その気で来た」


 羽海野はぶんぶんと、会計前のスティックを振り回した。店員がそわそわしながらこっちを見ている。

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