めらめら燃えて
Nirvanaを披露宴でやりたいという愚かな新婦を数の力で黙らせ、セトリはチャットモンチーとステレオポニーという、青春感満載の無難な落とし所となった。
まずすべきは、相棒の健康チェックである。
卒業から2度の引っ越しを経て、今や押し入れの最奥に鎮座する楽器ケースを引っ張り出す。途中、四苦八苦して作った耳コピ譜面やらピックコレクションやらが出てきて懐かしさに手が止まり、早朝から始めた救出作業はお昼までに及んだ。
「……こんなにデカかったっけ?」
私の相棒。真っ赤なIbanez。ツヤを消したマットな質感と飾らないシンプルな姿に一目惚れして、人生の一番大切な時期を一緒に駆け抜けた、心の拠り所。
ずっと日陰にいたからしっとりとしている相棒は、記憶のなかよりも大きくて重くて、よく私これ持って飛び跳ねていたなと、若さに呆れてしまう。
それはそれとして。
おかげさまで体型はここ数年変わっておらず、ボディを支えるストラップを肩から掛ければ思いの外しっくりくる。
ネックの傾きも、右手が弦に当たる位置もあのときのまま。
ネックは少し反っているし、弦は触った手が茶色くなるほど錆びているけれど、おおむね問題なし。「待ちくたびれたよ」なんて、欠伸しながら言っているような気さえする。
おまたせ。ただいま。また少しだけ、よろしく。
べん、と指で弦を弾く。ゆるゆるの弦が少し震えて、間抜けな音が独りの部屋に吸い込まれていく。
ちょっとワクワクしているのは、誰にも内緒だ。
■
「楽しそうね」
私のささやかな秘密は、出会い頭に暴かれた。卒業してからずっと会ってないんだぞ! 何年ぶりだと思ってるんだ。
「七花、なんも変わってないね」
「それは19歳から? 卒業してから?」
「高校生から。思慮深いようで単純。慎重なのに短絡的。すぐに顔に出る。まだ言う?」
「遠慮しとく」
数少ない高校時代からの友人である羽海野は、相変わらずの無表情でうなづいた。眠そうな雰囲気が堪らないと一部の男子たちは盛り上がっていたが、実際は感情の起伏に乏しいだけで、割とハキハキ言う子である。
「そういう羽海野も、あんまり変わってないんじゃない?」
羽海野が両手を広げる。
「背が伸びた」
「だからなんだ」
「七花はちっちゃいまんまだね」
「うるさいな」
「なんか、家事してると背が伸びる」
「旦那の背が高いからじゃない?」
羽海野も一昨年に会社の先輩と籍を入れている。式を挙げていない。羽海野の希望だそうだ。
「私と同じくらいだった七花が、こんなにも小さく」
「今もそんな違わないでしょ。ほら、行くよ」
むすっとしている羽海野を連れて、相棒を背負い、私たちは懐かしの御茶ノ水へと繰り出す。
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