むくむく萌えて

 無事、詩音の頼みを断りきれなかった私はしぶしぶ話を進めることにした。


「曲は決まってるの?」

「まあ、なんとなくは」

「結婚式なんだから無難にーー」

「bad dayとか」

「メロディはそれっぽいけど、意味知ってる?」

「School Food Punishmentとヲワカがいいかな」

「却下」


 ストローに数滴分の珈琲を溜めて、飲み口を指で塞ぐ。そのままストローを水面から離すと、圧力で中に液体が留まる。それをストローの空袋に垂らしてしわしわ縮んでいくのを見るのが好きだ。


「まだやってるんだ、その癖」

「スリーピース以外組まないから」

「なんで私とやるときだけ3人にこだわるのさ」


 なんで、って。

 唇を噛みながら、詩音を睨んだ。当の本人はキョトンとしている。


 言ったってどうせ、わからないだろうに。


「意地」とだけ口にした。


「そうか……意地かぁ……意地ならまぁ、仕方ないかぁ」詩音が突っ伏す。意地悪じゃないよね? と上目遣いしてくるのを、見ないふりする。

 

 濡れて小さくなった空袋を端に避けて、温くなり始めた珈琲を吸い込んだ。やはり、ブラックのほうがキリッとしていて好みである。


「じゃあ、わかった。3人ね」

「ドラムは……羽海野?」

「もう声かけた。『七花がいるなら、この3人だね』って言ってたよ」

「わかってるじゃない」

「最後くらい大所帯でやりたかったぁ」

「私以外とやって」


 ちりっ、と耳の中がひりついた。最後。それはそうだ。なんならこれは、神様がくれたボーナスステージだ。


 あの日、これが最後になるねと3人で語らったときから6年越しに、またあの空間に立てる。時間が止まり、あらゆる光がこちらに飛び込んできて、私たちが世界の真ん中にいる、この世のすべて。替えの効かない、唯一無二の瞬間を味わえる。


 あなたとーー。


 二度と交わることのない分かれ道の、まさに分岐点での出来事になるとしても、そこから先を独りで歩くためのお供くらいはあってもいいだろう。


 大切な人の旅立ちを目の当たりにするのは嫌だが、その場にいないのも絶対に嫌だ。せめて思い出だけは、連れ帰らせてもらう。


「やろう。やるよ、バンド」


 そうこなくっちゃ、と詩音が指を鳴らした。

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