わたし星間飛行

きらきら輝いて

「いやだよ」

　かろん、とグラスの氷が鳴った。深く深く染まった黒を、氷が透明に切り抜いている。気を抜けば吸い込まれそうな、どこまでも澄んだ美しさ。同じような輝きが、今、私をじっと見つめている。

「そんな目しても無駄なんだから。何度、痛い目を見たことか」

「そう言わずにさ、ササッ」

　私の目の前にあった珈琲を、詩音がさらに寄せてくる。賄賂のつもりか。

　私をたらしこまんとする双眸が一個増えた気がして、たまらずミルクで濁らした。本人に、そんな気はないのだろうけども。

「ブラック派じゃなかったっけ？」

「うるさいな」

「どうしてもお願いできない？」

　詩音が居住まいを正す。

「七花じゃなきゃ、いやなの」

　あーもう。ダメだよ！あーダメ！そんな目で見られたらもうおしまい！試合終了！どれだけ堅牢に守りを固めたって、見つめられたら七花城は呆気なく落ちるのみなのです。

　9年前の私、つまり19歳の私が頭の中で騒ぎ、勝手にしょぼくれている。

　わかるよ、私。

　詩音は氷の彫刻なんて呼ばれたこともあったね。どこまでも静謐で、冷たいほどに綺麗で、あっという間に壊れそうなくらい儚げで。

　でもそれは、遠くから見ているだけの人たちの称。

　詩音の破壊力が最も高まるのは、瞳に熱を湛えて子供のように今を楽しんでいるとき。自分が美人さんなんて爪の先ほども自覚していない、無垢で無鉄砲で無遠慮で火の玉みたいな生き様から、どうしても目が離せなくなる。

　氷と熱。二律背反をいとも容易く超えていくから、困る。

「卒業してからずっと……もう何年も触ってないんだよ。指だってふにふにだし」

「ほんとうに？」

「触んな」

　詩音が伸ばした手を振り払う。

「大丈夫だって」

「ほら、仕事も家のこともあるから、練習する時間も取れないかも」

「2か月あるんだよ、いけるいける」

「結婚式の余興なんだから、もっと上手い人とか……というか、旦那さん私とパート被ってるじゃん。旦那とやりなよ」

「二人で練習したら誰が育児するのさ」

「……曲だって簡単なのしか無理だよ」

　詩音が悪戯っぽく笑う。

「その悩みはすでに傾いている人のだよ、七花」

「〜〜〜〜っ！」

「卒業以来、6年ぶりの再結成だ。ライブしようよ、ね？」

　ごめん、19歳の私。何も変わってなかった。きらきら輝いていたあのときみたいに、私はまた籠絡されたのだ。

　失恋相手の結婚式の余興のライブなんて、字面だけでも地獄なのに。