最終第16話 後始末はきっちりと


 翌日、俺は一人で役所に離婚届を出しに行った。

昨夜のジュンコさんの言葉が効いたのか、それとも俺が教えたジュンコさんの実家の話で恐れおののいたのか。

嫁は早速仕事を探し始め、新しく住む場所も早々に決まった。


 ジュンコさんを見習ってと言っても彼女の足元にも及ばないが、俺も嫁には最低限度の手助けしかしなかった。

引っ越し費用等はきちんと借用書を作り、共有財産として生活必需品は嫁に渡した。

それと養育費も娘が成人するまで払わせる事に決めた。


 娘の方はというと、母親と離れ離れになり保育園も転園した事で心配はあったが、やはり子供は順応性が高い。

半年もすれば今の生活にすっかり慣れた様子だった。

俺の両親が甘やかしてしまうのが多少不安ではあるが。



 間男に関しては、あの後すぐに会社をクビになったようだ。

どうやら間男はジュンコさんの父親のコネで就職していたようで、こちらからアクションを起こすまでもなく即時解雇されていた。


「どうやら今回は私の出る幕はなさそうですね」と弁護士さんは行政書士の方を紹介してくれた。

慰謝料なども全く揉める事はなく、諸経費も抑えられたのでとても助かった。


 公正文書を作る時に間男に一度だけ会ったが、かなりやつれた顔をしていた。

まだ一週間と経っていないにも関わらず、その変わり果てた姿に俺は驚いた。

何度か話し掛けたが、何やらぶつぶつとうわ言のように呟くだけだった。




◆ ◆ ◆ ◆




 それから一年と半年が経った頃、街で偶然ジュンコさんに会った。

お互い子供を連れていたので娘達も久し振りの再会に喜んでいた。

「お茶でもどうですか?」と誘われ四人でファミレスに入った。



「新生活の方はどうですか?」


 ジュンコさんは昔のようにほんわかとした雰囲気で笑顔だった。


「ええ、娘もすっかり慣れたみたいで。

ジュンコさんはあれからどうされたんですか?」


「半年後くらいにうちも離婚しましたよ。でもまだ慰謝料と養育費の支払いが残ってるので、元主人の監視は続けてますけどね」


 コーヒーカップを傾けながらジュンコさんはにっこりと微笑んだ。

監視という言葉に少し引っ掛かったが俺も笑顔を返しておいた。


「彼は今何を?」


「あの男は今ちょっと出稼ぎに行ってます」


 そう答えながら彼女は両手でチョキチョキとVサインを作った。

深くは尋ねなかったが、おそらく蟹漁船に乗っているのだと俺は予想した。

かなり稼げる代わりに非常に危険で過酷な仕事だと聞いた事がある。

「まだまだ稼いでもらわないと……」とぽつりと呟く彼女に、一瞬あの日の修羅の姿が垣間見えた。



「そういえば、最近ユウコさんと連絡取ってます?」


 突然そう言われて俺はちょっとドキッとした。

実はここ最近、元嫁からの養育費の支払いが滞り始め連絡もつかない状態だった。

今日も本来は娘との面会日だったのだが、家を訪ねてもいなかったのだ。


「それが……電話が繋がらない状態でして」


「ですよね。またスマホ壊しちゃったのかしら?」


 呆れた表情でそう言いながらジュンコさんはコーヒーを一口飲んだ。

彼女の話によれば、間男と離婚した後、元嫁にも慰謝料をきっちり請求したらしい。

分割で払っていたそうだが今月になってそれが急に途絶え、とうとう連絡もつかなくなった。


「割のいいお仕事紹介してあげるって言ったんですけどねぇ。よければ私の方で彼女の行方を捜してもいいですか?」 


「も、もちろん。好きになさってください」


「じゃあ見つかったら連絡しますね」


 正直もう養育費などはどうでも良かったのだが、一応「よろしくお願いします」と答えておいた。



 ジュンコさん達との別れ際、俺は笑顔で手を振っていたが胸中穏やかではなかった。


「ちゃんと元嫁が見つかってほしい」という願いと「いっそこのまま逃げてくれた方がいいかもしれない」という二つの想いが俺の心に渦巻いていた。










◇ ◇ ◇ ◇


 読了お疲れ様でした。

コメントでの励ましの言葉や温かいお気遣い、☆やブックマークなど誠にありがとうございました。

この場を借りてお礼申し上げます。


 今後もこれまで同様、2ちゃんにありそうな修羅場がテーマの作品を書いて行こうと思っております。

もう公開停止に至る事はないと思いますので、安心してお読みください。


 ではまた次回作で。


   by 天狗


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嫁と間男の怪しいやり取りを発見!「ちょっとふざけただけ」と惚ける嫁を徹底追及!すると嫁がスマホを粉々に叩き割った 天狗のカミカザリ @tengunokamikazari

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