第15話 本物の追い込み
家へと着くと嫁が玄関先で土下座の体勢のまま待っていた。
「ジュンコさん……本当にごめんなさい」
俺達が扉を開けてすぐに嫁は頭を床に押し付け謝罪した。
いきなりキックが炸裂するのではないかと俺は少しひやりとしたが、ジュンコさんは中腰になって嫁に声を掛けた。
「頭を上げて、ユウコさん。とりあえず話をしましょう」
俺が腕を抱え上げてやると、嫁はよろめきながら立ち上がった。
キッチンのテーブルに俺とジュンコさん。そして向かい合うようにして嫁が座った。
嫁の話はほぼ俺が聞いた事と同じ内容だった。
「学生気分に戻ってしまい浮かれていた、調子に乗っていた」
ジュンコさんも淡々と質問を投げかけ、時には呆れたようにして溜息を吐いていた。
「どうして最初に旦那さんにバレた時点でやめなかったの?」
ほんと、まさにそれだ。
あそこできっぱりと連絡を絶っていれば、こんな大事にはならなかったはずだ。
「ケイスケくんのアイデアを聞いて……つい試してみたくなって。まるでゲームしているように感じてしまったんです」
「確かにうちのバカ亭主も悪い。でも乗ったあなたも同罪よ。それと……」
ジュンコさんが立ち上がり嫁の胸倉をギュッと掴んだ。
「人生はゲームじゃねぇぞ!夫婦は……家庭はごっこ遊びじゃねぇんだよ!」
初めて見るジュンコさんの姿に、嫁は怯えるよりも先に驚いていた。
「旦那さんを裏切っといて、何が学生気分で楽しかっただ!いい大人が善悪の区別もつかんのか!おまえらの所為でうちの娘は父親と友達を一人なくした!ユイちゃんだってそうだろうが!おまえがいくら後悔して謝っても、もうなんも返ってこないんだよ!このバカヤロウがっ!!」
ジュンコさんの力強い平手が嫁の頬をパチーンと鳴らした。
吹っ飛びそうな勢いだったが、ジュンコさんはがっちりと胸倉を掴んでいた。
衝撃を逃さない、見事な平手打ちだった。
「うっううう!ごめんなさい!ごめんなさい!」
嫁はテーブルに突っ伏すようにして泣き崩れた。
ジュンコさんもわずかに目を涙を浮かべていた。
強い女性に見えても、やはり彼女も傷ついているんだ。
そして最初にこれくらい俺が叱っていればと後悔した。
嫁の愚行を止められなかった責任は俺にもある。
「俺からも謝罪します。うちのがすみませんでした」
「いえ……それはお互い様ですから。お二人は今後どうされるんですか?」
俺は今決めている事をジュンコさんに話した。
離婚後この家は引き払い、俺はしばらく実家で両親の助けを借りながら娘を育てていく事。嫁には慰謝料は財産分与と相殺という形で請求しない事。
嫁がちゃんと自立するまでは多少の援助は考えている事などを話した。
「随分お優しいですね」
にっこり微笑まれて思わずビクッととなってしまった。
両親もいない嫁にとって一人で暮らしていく事がなによりの罰になる、と俺は思っていたのだが……
「うちはとりあえず離婚はしません。あの男はきっちりと再教育してから野に放ちます。甘ったれた根性を叩き直さないと、また人様に迷惑を掛けるでしょうから」
確かに、と妙に納得してしまった。
やはりうちももっと制裁をしておいた方がいいのだろうか?
俺がそう考えているとジュンコさんが話を続けた。
「うちの事は気にせず、森さんは自分のやり方でやってください。
もちろん慰謝料は請求してもらって構いません」
「それはうちも同じです。遠慮なく慰謝料は請求してください」
「いえ、私は慰謝料は請求しません。今は」
今はという言葉を聞いて俺は少し首を傾げた。
「不倫の慰謝料は発覚してから三年の猶予があります。
それに離婚してからの方が多く請求できますからね」
ジュンコさんは体を乗り出しながら嫁の顔を見た。
「後ほどがっつり請求しますので覚悟しといてね。
仕事が見つからなかったらいろんな仕事紹介しますよ」
微笑みながら彼女が言った仕事という言葉にあれやこれやと想像してしまった。複雑な心境ではあるが、それは嫁の自業自得という事にしておこう。
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