第14話 次なるケジメ


 朗読会が終わる頃には、すでにとっぷりと日が暮れていた。

証拠の画像や動画もいくつか見せたがジュンコさんの反応はいたって冷静だった。


「よかったらこちらの証拠はお貸ししましょうか?」


 証拠があった方が今後の対応は有利に進められるだろうと思い、俺は彼女にそう提案した。


「いえ大丈夫です。私には必要ないですから」


 そう言って彼女は首を横に振った。

証拠などなくても間男は抵抗などしないという事だろうか?

ずっと正座のまま、間男は頭を床につけうずくまっていた。


「よかったら気の済むまで好きにしてもらって結構ですよ?」


 俺が間男を見ていると、ジュンコさんニコリと笑いながらそう言った。

その言葉に間男の体が一瞬ピクっと反応した。


「い、いえ。そういうのは大丈夫ですから。

一応慰謝料という形で責任は取ってもらいますが……」


「それはもちろんです。きちんと自分のお金で払わせますから。

じゃあこの男はこれくらいにして、次行きましょうか?」


「次……ですか?」


「ええ。浮気は一人じゃ出来ませんからね。森さんの奥さんにもお話を伺わないと」


 やはりそう来るか、と俺は思った。

ジュンコさんはいたって冷静には見えているが、本当は腸煮えくり返っているのだろう。仲良くしていたママ友の裏切りというのも、もちろんあるだろう。


 誘ったのは間男であったとしても、うちの嫁がした事が許される訳ではない。

ここは不倫がいかに周りの者を傷つけるかという事を、ジュンコさんにきっちりと教えてもらおう。


 もしかしたらまだ寝ているかもしれないと思い、念のため嫁に電話をかけた。

嫁はすでに起きており、今からジュンコさんを連れて帰る旨を伝えると「……はい」と小さな声で返事をした。



 二人で玄関へと向かおうとした時、ジュンコさんが足を止めた。


「そういえばあいつ、森さんにちゃんと謝りました?」


「えーっと、まだ謝罪はしてもらってないですかね?」


「ですよね。おいこら、おまえ一番大事な事忘れてるよ」


 ジュンコさんが振り返ると、間男はハッとした顔で俺に向かって頭を下げ始めた。


「遠いよ、馬鹿たれ」


 長時間の正座が祟ったのか、間男は急いで立ち上がろうとしたがその場で倒れた。

何度も立とうとするが、もはや足が言う事を聞かないのだろう。

「はぁー」とジュンコさんは一度大きな溜息を吐くと、間男へと近寄り、そして床を引きずるようにしながら俺の足元まで連れてきた。



「この度は大変申し訳ございませんでした」


 間男は土下座をしながら謝ってきたが、もうまともに正座をする事が出来ない様子だった。その姿は憐れそのものだ。

許した訳ではないが、一応はその謝罪を受け取った。




◆ ◆




「お見苦しい所をお見せしまして……」


 俺の家に向かっている途中、ジュンコさんが俺に頭を下げてきた。

そして歩きながら色々と話を聞いた。


 予想通りというか、やはりジュンコさんの実家はいわゆる裏稼業と呼ばれる仕事をしていたそうだ。だがこのご時世という事もあり、今ではきちんと足を洗ってまっとうな仕事をされているとの事。


 彼女自身も昔はやんちゃしていたが、高校を卒業後は真面目に働いていたそうだ。

間男とも普通の恋愛をして結婚。

子供も生まれ平穏で幸せな生活を送っていた。


 実家の事は間男にもちゃんと伝えていたし、それでも彼は結婚して欲しいと言ったそうだ。だがやはり最近は少し様子が変だった、と彼女は言った。


「実は過去に一度だけ浮気した事があって。その時に次はないよ、と釘を刺してはいたんですが……」


 さっきまでとは違い、ジュンコさんの顔はどこか寂し気に見えた。

サレた者同士という訳ではないが、やはりその虚しい感情というものは痛い程わかる。


「夫婦になるって難しいものですね……」


 ぽつりと呟いた彼女の言葉に、俺はただ頷く事しか出来なかった。


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