第8話 壊された夫婦の絆
「ちょ、ちょっと!どうして笑ってるの?」
あまりの可笑しさに体を震わす俺から、嫁が後退るようにして離れた。
どうして笑ってるの、なんてよく言えたもんだ。
こいつの記憶力はダチョウと変わらないのだろうか。
「ぷっ!くっくっく」
「笑うなんてひどい!私、怖かったんだよ!」
「もういいって。バレてんだよ、全部」
「……」
「監禁されながら電話する奴がいるかよ。じゃとりあえず見せてくれ」
そう言って俺は嫁に向かって手を伸ばした。
嫁はバツが悪そうな顔をしながら、持っていたスマホを俺に渡してくる。
「いや、それじゃなくて。タブレットの方ね」
「……なんのこと?」
「だからもう全部知ってるって。どこ?バッグに入れてる?」
俺がソファーの上に置いてあったバッグを取りに行こうとすると、慌てて嫁が先に駆け寄る。そして予想通り、取り出したタブレットを床へと叩きつけた。
更にひびが入った画面を足でガンガンと踏みつけている。
髪を振り乱しながらタブレットを壊す嫁の姿を見ていると、怒りを通り越して哀れに思えてきた。
前回もそうだったが、物的証拠さえなくなれば全てがチャラになるとでも思っているのだろうか?すでに浮気の事実を俺が知っているというのに。
俺はポケットに入れておいたICレコーダーのスイッチを入れた。
「気が済んだか?」
ハァハァと息を荒くしている嫁に向かって俺は言った。
乱れた髪を整えながら、嫁はなぜか笑顔でこっちを見ている。
「それを壊したところでどうにもならんぞ。もうそいつの中身は全部保存してるからな」
ようやく事実を受け入れ始めたのか、嫁の顔からみるみる血の気が失せていく。
呆然と前を向いたままストンとソファーに座り込んだ。
「どうしてだ?チャットのやり取りだけだったら、俺は許したんだぞ?」
俺の言葉を聞いて、嫁は俯きながらしばらく黙り込んだ。
そしてぽつりぽつりと小さな声で話し始めた。
「……この方法ならバレないからって、ケイスケくんがタブレットをくれたの」
どうやらアリバイ工作のアイデアは間男からの提案だったようだ。
タブレットの名義も間男で、GPSで追跡出来るようにしたのも敢えてそうしたらしい。
「前回バレて反省したってのは嘘だったのか?」
嫁は下を向いたまま首を横に振った。
「あの時は本当に反省しました。あなたに悪い事したなって……でもまた隠れてやり取りしているうちに、なんだか楽しくなってきちゃって。ケイスケくんと話していると学生の頃に戻ったような気分になって……」
「体の関係があった事は認めるな?」
「……はい」
「離婚はしてもらう。もちろん相手には慰謝料も請求する」
「待って!離婚はしたくない!もう金輪際あの人とは会わないから!」
嫁がソファーから立ち上がり、縋りつくようにして俺の両腕を掴んだ。
「慰謝料とかもやめてぇ!ジュンちゃんにバレちゃうじゃない!」
涙目になりながらそう訴えてきたが、もはや俺は何も感じなかった。
「有責者のおまえが何を言っても無駄だ。それにもう保育園じゃおまえらのこと噂になってるぞ」
「そんな……」
「あと娘の親権も俺がもらう。その代わりおまえへの慰謝料と養育費の請求はしないでおいてやる」
嫁の両親はすでに他界しており、離婚した場合、嫁の行く所などどこにもない。
働きながら子育てするのが難しい事は、本人が一番よくわかっているだろう。
「もう娘は俺の実家に預けてある。俺もしばらくは向こうに住むから、その間に仕事と住む場所を見つけておけ。それまではここに住んでも構わないから」
嫁はへたり込むようにしてその場に泣き崩れた。
寝室に向かい、俺は娘と自分の着替えなどをスーツケースに詰め込んだ。
その間も嫁はずっと泣き続けていた。
「今後は弁護士に任せる事になると思う。近いうちに連絡が来ると思うから――」
それだけ伝えると俺は家を出た。ドアが閉まる直前、リビングで泣きながらうずくまっている嫁がひどく小さく見えた。
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