第4話 反撃は突然に


 電話の向こう側は静かなもんだった。

うしろで聞こえる雑音がないという事は室内にいるのだろうか?


「あ、ああ……ごめん。ちょっと今日は遅くなるかもしれないから連絡したんだ」


「そうなの?LINЁで教えてくれればよかったのに。あっ、ん……」


 急に嫁の背後がガサゴソし始めた。

 おそらくあの男が一緒にいるのだろう。


「どうした?」


「あっうん大丈夫。やん、ちょっ……」


 嫁がスピーカー部分を押さえたのだろうか?

ガサっという音と共になにも聞こえなくなった。


「もしもし?」


「…………」


 一瞬ビデオ通話に切り替えようかと思ったが、あえてそれはしないでおいた。

もうすでに俺は覚悟を決めつつあった。

嫁が反省していたなど、ただのパフォーマンスだったんだ。

今日までの嫁がしおらしくしていた姿が全て虚構に変わる。


 甲斐甲斐しく妻を演じながら、二人は影で鈍感な夫を嘲笑っていたのだろう。


「舐められたもんだな……」


 俺はわざとその言葉を口に出して言った。

どうせ聞いちゃいないだろう。電話の向こうは相変わらず無音だ。

そろそろ切るかと思った時、嫁が少し荒い息遣いで喋りだした。


「ごめんごめんっ。えっと、何時くらいになりそう?」


「たぶん10時は過ぎるかな。ご飯は食べて帰るから」


 そう伝えると俺は電話を切った。

今夜は嫁が作った料理など食べれそうにない。

俺は体を投げ出すようにしてソファーにドサッと座り込んだ。


 

 しばらくの間、ぼーっと部屋を眺めていると自然と涙が流れてきた。

結局、嫁は浮気をやめなかった。

あんな細工をしてまで男と会っていたのだ。


 いやあいつ等にとっては、夫を巧妙に騙す事さえちょっとしたスパイスになっていたのかもしれない。

もしかしたらスマホを壊した事も計画の一部だったのだろうか?



「よしっ!」


 俺は両手で膝を叩きながら立ち上がった。

そして再び鞄を持ち家を出た。

スイッチが入るとはこういう事を言うのだろう。

さっきまで脱力感に包まれていた体が嘘みたいに軽い。

もしかしたらサレラリというやつだろうか?



◆ ◆



 まず俺はICレコーダーと小型カメラを買った。

子供の保育園が終わるまではまだ時間はある。

カメラは2台購入し、1台はリアルタイムで外からでも見れるものを買った。



 すぐさま家に戻り、寝室とリビングにカメラを仕掛けた。

いろいろテスト撮影などしていたら、思いの外時間がかかってしまった。

時計を見るともうすぐ嫁達が帰ってくる頃だ。

俺は慌てて家を出た。


 鉢合わせにならないよう、嫁が来る方向とは逆に歩く。

すると家の前に一台の車が停まった。

俺は思わず反射的に物陰に身を隠した。

車から降りて来たのは嫁と子供だった。


「お世話になりました~」


 そう言いながら嫁は車に手を振っている。

運転席に座っているのは男。

そして助手席のチャイルドシートに座っている子供の顔に、俺は見覚えがあった。


「たぶん母親の名前はジュンコさんだったよな……」


 その人とは何度か会ったことがあり、確か嫁が「ジュンちゃん」と呼んでいた。

という事はやっぱりあの男が――



 嫁と娘を降ろした車がこちらへと走ってきた。

俺はさらに身を隠して車が通り過ぎるのを待った。

車が目の前を横切る時に男の顔が見えた。

当然男が俺に気付く事はない。

だが俺はその顔をしっかりと目に焼き付けた。



◆ ◆



 家から少し離れた所まで歩き、俺はスマホを取り出した。

リビングに仕掛けたカメラにアクセスすると、嫁がソファーに座っていた。

手にはスマホではなくタブレットを持っていた。


「なるほど……」


 それは俺が見た事もないタブレットだった。

おそらくあれを使ってLINЁをしたり電話もしていたのだろう。

だが何度か家捜しをしていた時はあんなものはなかった。

一体普段どこに隠しているのか……


 嫁の手元の画面までは見えなかったが、たぶんメールかチャットを打っているのだろう。しばらくすると嫁がタブレットの電源を落とした。

そして立ち上がり、そのタブレットを子供のバッグの中にしまい込んだ。



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