第2話 破壊されたスマホ


 差し伸ばした俺の手を嫁が……払い除けた。


「だからただの悪ふざけだって言ってるでしょ!なんなのよもう!だいたいもうチャットもしてないわよ。知り合いの旦那と変な事するわけないでしょ?」


「これのどこが悪ふざけだ!この男と浮気してるだろ!?」


 俺がそう言ってプリントアウトした紙を嫁の目の前でバサバサとやると、いきなりその紙を奪い取られた。

そして嫁はその紙をビリビリと破り始めた。


「こんなのが浮気の証拠になるわけ!?逆にプライバシーの侵害じゃない!」


「だったら今すぐスマホを見せてみろ!」


「いやよ!自分の妻を信用できないような旦那とか最低っ!」


 そう吐き捨ててから嫁は部屋に閉じ籠ってしまった。

あんなチャットや画像を見せられて逆ギレするとはいい根性だ。



◆ ◆



 その後、夕飯の時も口を利かず嫁はずっと不機嫌だった。

 

 そしてそれからしばらくは冷戦状態が続いた。

飯の用意や弁当はちゃんと作ってくれるが、家にいる時は目を合わそうともしない。これじゃまるで俺が悪い事したみたいじゃないか……


 夜の方も相変わらずで、嫁は子供とさっさと寝てしまう。

確かに俺が出した証拠は決定的なものではない。

でもあの内容なら限りなくクロに近いグレーだろう。

しかも嫁はスマホを見せるのを拒んだ。


 

 さすがにこのままでは一向に進展しないと思い、俺は夕食後に話をする事にした。

キッチンでは嫁が洗い物をしていた。


「なあ?」


 俺が声を掛けると嫁の背中が一瞬ビクッとなった。

だが嫁は手を止めようとしなかった。

蛇口から水がジャーっと流れる音だけが聞こえてくる。


「確かにおまえの言葉を信じれなかったのは悪いと思ってる。けど考えてみてくれ。

あんなやり取りを見せられて、はいそうですかと簡単には信用できないだろう?

だから絶対にやましい事はないという確証が欲しい」


 嫁が水道を止めて振り返った。

手を拭きながら俺の目をじっと見ている。


「何もないと言うならスマホを見せてくれ。頼む。俺だっておまえを信用したいんだ。もしそれでも嫌だと言うのなら……俺は離婚も考えている」


 俺は再び嫁に向かって手を差し出した。

嫁がゆっくりとポケットからスマホを取り出す。

そして次の瞬間――


「ガシャッ!!」


 嫁がスマホを床に叩きつけた。

俺が驚きのあまり声を失っていると、嫁は今度はフライパンを手にした。

そして床に転がるスマホ目掛け、そのフライパンを振り下ろした。

鈍い音を立てながら嫁のスマホは粉々に砕けていく。


 フライパンを握りしめる嫁の顔は鬼気迫るものがあった。

グシャッグシャッとスマホを叩く度に俺は思わず顔をしかめた。

「ふーふー」と荒い息を吐きながら嫁が俺の方を向いた。

まさか今度は俺か?とビビりながら、俺は半歩ほど後退りした。


「これでいい?スマホなんかあるから離婚だとか変な事言い出したんでしょ?」


「い、いや……それは……」


「私は浮気なんかしてないし、離婚なんてする気ないから」


 そう言いながら嫁は、すっかり変わり果てた姿となったスマホを片付け始めた。

いくら嫁の金で買ったとはいえ、買い替えたばかりのスマホだったのに。


 しかしなぜ嫁はスマホを壊すという選択をしたのか。

身の潔白を証明したいならスマホを渡せばいいだけの話だ。

これじゃあよっぽど見せたくなかったとしか思えない。



「じゃあお風呂入って寝るからね」


 そう言って嫁は子供を連れて風呂場へと向かった。

今夜嫁が取った行動ははっきり言って逆効果だ。

俺はますます嫁への疑いを強めてしまった。



 ところが後日、スマホをまた買い替えた嫁の態度は急変した。

「いつでも見てどうぞ」とロックも掛けずにスマホをその辺に放置するようになった。一応隅から隅まで見てみたが、怪しいものはなにもない。

チャットやメールの履歴はすでに消去済みという可能性もあるが……



 これで嫁のシロが確定、するはずがない。

 その日から俺は嫁の動向を探る事にした。




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