第6話 いまたしかに居たよねゲーム
次の日の朝。
僕は高校へと続く坂道を歩いていた。
青々とした並木が時折風に吹かれて、葉が小気味良い音を立てる。
見る分には趣深いこの道は、実際に通うと大変だという声を耳にする。
前に
しかし、僕は両手をポケットに入れて悠々とした足取りで通学路を歩く。
『陰のあるクールキャラ』はいかなる時でもへばった情けない顔は見せられない。
坂道を登るには、姿勢と重心の置き方、あとは体重移動を意識すると良い。
前髪が乱れてもいないのに、手でフッと払うと黄色い歓声が聞こえた。
教室に入ると既にクラスメイト達が談笑している中、ポツンと姿勢良く座っている女の子が一人。森姫さんだ。
これはお馴染みの光景となっている。
初めこそ話し掛けられていた森姫さんだったが、社交性がなく誰とも話さないので次第に孤立していった。
しかし、その美貌と成績によりみんなから一目置かれて遠巻きに眺められている。
その様子は孤高といっても良いだろう。
だが、今日でそれも終わり。
「おはよう。森姫さん」
僕は森姫さんの前に行き、しとやかに片手をあげて挨拶をする。
僕の行動にクラスメイトが目を丸くして驚いていた。
そしてその視線は、好奇心をともなって森姫さんに向けられる。
次に彼女がどういった行動に取るのか気になるのだろう。
「おはよう。トー……柚月くん」
森姫さんの鈴を転がしたような声が教室に響く。
普段、授業で先生に当てられた時にしか聞くことのない声と、返した言葉にどよめきは大きくなる。
「あの花冠のエルフ姫が挨拶を返した!?」「なんで貴公子が声を掛けたの?!」「どうなってるの……!」
教室は喧騒に包まれるがさして気にすることではない。
それよりもこの子、トールって呼ぼうとしたよね。あぶな。
顔がひくつきそうになるのを表情筋を固めて抑えつける。
「うん、おはよう」
もう一度挨拶を返してから自分の席へと座る。
森姫さんはというと、心なしか顔が赤くなっていた。
恥ずかしかったのだろうか、意外だな。
僕と同じで注目されることは気にならないタイプだと思っていたのに。
「透くん透くん」
ちょいちょいと制服の袖を引っ張りながら、口もとに手を添えてひっそりと話しかけてきたのは隣の席の麻琴だった。
「ん? どうした真琴」
「透くんってお姫さまと仲良かったっけ」
お姫さまとは森姫愛奈のことに他ならない。
通称、『花冠のエルフ姫』
だけどフルで呼ぶ人はそこまで多くなく、麻琴のようにお姫さまやエルフ姫、姫、エルフなど様々な形で呼ばれている。
僕はその通称で呼ぶことは絶対しないと決めている。
だって、僕以外の誰かがかっこいい二つ名で呼ばれてるのは悔しいからね。
「いいや、仲良くはないよ。でも、ちょっとね」
僕も麻琴にならって口元に手を添えてひっそりと話す。
そして、詳細を言うことができないので僕はバツが悪くなって顔を逸らす。
「それって、つまりそういうこと?」
目をぱちくりさせたあと真琴が、神妙な顔つきで僕に尋ねる。
「ああ、そういうことなんだ」
きっと、真琴は僕が言わんとしていることを分かってくれたんだろう。
これが友達か。僕は嬉しいよ。
「……ふぅん」
真琴は顔を背けて唇を尖らせていた。
友達が取られたようで寂しく思っているのかもしれない。
僕はその姿を微笑ましく思いながら頭をなでた。
◇
昼休み。
僕は今日も金欠によりお昼ご飯がない。
なので時間を潰すため一人で過ごしていた。
最近良い場所を見つけたのだ。
屋上のさらに一段上、ハシゴを登った先、給水タンクのあるあの場所だ。
一人で過ごすには一番かっこいい場所だと思う。
屋上は人気スポットになりそうなのに誰もいないのは不思議だ。
ただぼーっと過ごすだけでは飽きてきたので、僕はある遊びを見つけた。
それは「いまたしかに居たよねゲーム」だ。
まずは屋上の給水塔のあるあの場所の端に物憂げな顔で立つ。
これだけでも既に痺れるほどかっこいいのだか、もう一段階ギアを上げる。
昼休みはみんな団欒を過ごしており屋上になんか視線を向けることはないが、ふと見上げる瞬間があるだろう。
そういった視線がないか意識を集中させる。
校舎の二階の廊下を歩いている至って普通の女の子グループの一人がこちらを向いたのに気づく。
僕は目を合わせてにこっと微笑んだあと、その瞬間が来るまでじっと待つ。
女の子がぱちりと、瞬きを起こした刹那。
僕は勢いよくしゃがんでそのままの勢いで横になる。
僕は下から見えないように顔を出すと、女の子が屋上を指差しながら周りの女の子にバタバタと何かを言ってる様子が見えた。
いまたしかに屋上に人が居たよね!? となっていることだろう。
今日も成功だ。
こうして色んな二つ名がつくと良いな。
僕はそう思いながら仰向けになって青い空を見上げた。
雲のひとつが目玉焼きみたいに見えて僕のお腹がぐう、と鳴る。
美味しそうだなあ、卵ひとつ丸ごととは言わないから白身か黄身のどちらかだけでも良い。
そうなると僕はどちらを選ぶのだろう。
白身の方が量があって腹の足しになるけど、それではなんとも味気ない。
黄身は味が濃く、どんなものにでもひとつ乗ってるだけで幸せにする力がある。
となると、やっぱり。
「黄身だね」
そう結論を出して独りごちる。
「なんでもお見通しなのね」
突然の声に僕はびくっと体を震わせる。
空腹で空想を広げていたから油断していた。
足下にある扉が開いて、誰かが屋上に入ってくるのが分かる。
僕は立ち上がって、一段下にいる人物に目を向ける。
一体誰だ?
「お昼一緒に過ごしましょ」
「……ええ?」
そこに居たのは、お弁当を携えた森姫愛奈さんだった。
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【あとがき】
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よろしくお願いします。
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