第5話 黒歴史ノート
僕が異世界転生に憧れていた頃。
自分を主人公にして剣と魔法の世界に転生した創作をしていたことがある。
いわば、あれはオリジナルの世界観で綴られる非常に恥ずかしい黒歴史ノートだ。
ノートというかそれは一冊の本だった。
当時の僕はこだわりが強く、ちゃんと印刷会社に依頼して製本までしてもらったのだ。
一冊から依頼できるところで頼んだから高くついたけど。
装丁も、黒を下地に真っ赤な薔薇が絡みついているような魔本のようなデザインにした。
今思えばかなり痛いデザインだ。
裏の見返しに著者のサインとして自分の名前を書いたのが仇となった。
「……それをどこで」
退院した日にまとめて捨てたはずなのに。
「ふふ、あなたの物と認めたようね。そしてやっぱりあなたは転生者」
それを僕が書いたのは間違いないが、なぜ僕が転生者になるんだろう。
「もう調べはついているわ。どうしてあなたが転生者だと気付いたか、順を追って説明しましょうか」
それはお昼休憩のこと、そう前置きを挟んで彼女は語り出す。
「あの日私はいらいらしていて精霊に強く当たっていたの。でもそれは本来なら誰にも気づかれないはずだった。なぜなら私の魔力探知で近づく人がいたら気付くもの。なのにあなたは反応しなかった」
ああ、そういう設定だったんだ。
「その日から私は学校にいるあなたを観察し始めたの」
恥ずかしい行動しているのを見られたら口外しないか気になっちゃうよね。
それにしても観察されてたなんて全然気づかなかったな。
「まあ当然あなたは気づいていたんでしょうけれど。そして、観察すればするほど理解できないことばかり。授業を受けずに遠くをただ見つめたり、それなのに成績は優秀だったり。お昼ご飯を食べずに一人あてどなく彷徨っていたり、何がしたいのかさっぱりだった」
最近はとある事情で金欠がさらに加速して、菓子パンすら買うことが出来ずにお昼ご飯を抜いていたんだよな。
「観察を続けたある日のこと。私はたまたま立ち寄った古本屋さんの同人誌コーナーでこの本を見つけたの」
古本屋の同人誌コーナーに?
ゴミとして捨てたっていうのに拾って売ったやつがいるな。
それが回り回って森姫さんの手に届いたと。
「一体、いくらで売られていたんだ」
「20円よ」
安い、安すぎる。
気になって聞かなきゃよかった。
「ただならぬオーラを持っていたから手に取ったら、驚くことにあなたが書いた本だったわけ。ただの痛い創作かと思っていたけど違った」
真っ黒だったから本棚で目立ったのかな。
それに自分でいうのもなんだけど、ただの痛い創作だから。
「だってここに書かれていることはどれも本当のことばかり」
うわ、なんか雲行きが怪しくなってきたな。
「私はこの本に描かれていることを知っている。なぜならエルフの国であるユースフィリアは私の故郷ですもの」
たしかにユースフィリアはエルフの国として書いた。
森姫さん中身までしっかり読んだな。
それに僕のオリジナルの世界観に自分を割り込ませてきた。
図々しいにも程がある。
おまけに自分のことをエルフだって?
『花冠のエルフ姫』って学校で呼ばれているからってそれは安直すぎないか。
「ここまで話して気付いたと思うでしょうけど」
ここまで話して気付いたことがある。
「私も、あなたと同じ異世界転生者なの!」
森姫さんは僕とは違う現在進行形の中二病だ!
「私があなたを異世界転生者だと確信したのは今日、体力測定の時よ。あなたは本気を出せばもっと早いはずなのに自分の実力を隠していた、本気を出してしまえば現代では目立ってしまうから、そうでしょ?」
本当はクールな表情のまま本気で走っていたなんて、ネタばらしするのはかっこよくないから言えない。
「そしてもう一つ、私が走っているときのこと。ゴール直前で急に魔力がなくなったような感覚がしたの。いつもとは違う感覚に戸惑って危うく転びそうになったわ。もしかしたらと思ってあなたを探したら、あなたは私を見ていた」
「見ていたけど、それがどうかしたのかい」
「ここまで話せばもうあなたは気づいているでしょうけど、どうしても私にいわせたいようね」
「……ふむ」
何を言いたいのかさっぱりだ。
けれど神妙に頷いてみる。
「あなたは見ているだけで対象の能力を消す能力を持っている、そうでしょ!」
森姫さんはびしっと人差し指を僕に向ける。
あ、つまづいたことを僕のせいにしようとしているな。
というか、そんな能力が僕に?
「あなたは大賢者トール、そんな能力を持って転生してきたとしてもおかしくない」
だ、大賢者トール。
その本の主人公としての僕じゃないか。
恥ずかしいからやめてくれ。
「その名前はもう捨てたんだ……」
僕は遠くを見つめて呟く。
「仮に僕にその能力があるとしても、君が異世界転生者であるという理由にはならない。異世界転生者というなら君にもなにか能力があるんじゃないのか?」
「ええ、そうよ。エルフの転生者である私は魔力を持ち、魔法が使えるわ。そして精霊と交信することでその上位の精霊魔法ですらこの現代で使えるの」
「それはすごいね。なにかやって見せてくれないかい」
「……出来ないわ」
先ほどまでの威勢がなくなって俯いてしまう森姫さん。
「……だってあなたが見てるから」
都合が良すぎる。
僕を能力を消す能力者として仕立てあげることで自分が能力を発動出来ない言い訳をしたいだけじゃないか。
「やれやれ、そういうのとは決別したんだ。僕を巻き込まないでくれるかな」
もう行くね、と僕は屋上から去ろうとした時。出入り口の前に森姫さんが立ちはだかる。
「お願い。協力して欲しいの」
切実な面持ちに僕は話を聞くことにする。
「僕は何に協力すればいいんだ」
「私を……、私を普通の女の子にして欲しいの!」
普通の女の子に?
ああ、なるほど。そういうこと。
中二病を卒業した僕を見込んで、彼女もそれを卒業したいということか。
なかなか見る目があるじゃないか。
僕は交通事故にあったように、なにか大きな衝撃が彼女の中に起きれば卒業することはできると思う。
「具体的になにをすればいいんだ?」
「一ヶ月間だけ付き合って欲しいの!」
「いいよ」
「ダメだよね……って。いいの!?」
一ヶ月彼女のいうことを聞けばいいということだろう。
仕方がない。その茶番に付き合ってあげよう。
「もちろん。その代わり、それが終わったら僕の本を返してもらえるかい?」
「分かったわ」
「あと、僕の過去を口外しないことを約束してくれ」
「隠したい気持ちは私にも分かるわ。ええ、いいわよ」
「僕も君の過去について言いふらしたりしないことを約束する」
だから、と僕は森姫さんに顔を近づけて、自分の唇に人差し指を立てて念を押す。
「僕達だけの秘密だよ」
「ひ、秘密!? え、えと……うん……わ、わかった」
森姫さんは顔を赤くしながらかくかくと頷いたあと、パッと離れて、背中を向けてしゃがみ込む。
「顔が良すぎるってば……」
よし、『影のあるクールキャラ』らしい良い仕草だったぞ。
森姫さんはなにやら一人で何か呟いているようだが、まあいい。
「これで契約成立だ」
こうして僕は、自分の過去について口外させないことを条件に、中二病の彼女を卒業させるべく、一ヶ月間彼女に付き合うことになったのだ。
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【あとがき】
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よろしくお願いします。
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