第4話 二つ名っていいよね


  

 今日は体力測定。

 『陰のあるクールキャラ』は完璧でないといけない。


  

 頭が良いことも大事だけど、運動ができることも重要だ。

 僕は学力よりも運動能力の方が自信がある。


 異世界転生をした時のために鍛錬は欠かさなかった。

 それを活かす最大のチャンスが体力測定。


 男女合同で多くの人に見られ、数値ですごさが分かりやすい。

 運動神経をアピールする絶好の機会だ。



 そして、僕はこの日のためにしっかりと準備をしてきた。

 

 

「貴公子様めっちゃ速っ!?」


「走る姿も爽やかでかっこいい!」


 

 50m走を走っている僕の傍らで女子から黄色い歓声が上がる。


 貴公子様とは何を隠そう僕のこと。

 正式には『深窓の貴公子』と呼ばれている。

 

 誰かが勝手につけたものだから正式とか本当はないんだけどね。

 

 でも二つ名っていいよね。

 ずっと窓の外眺めた甲斐があったよ。


 

 こんな感じで色々な二つ名を与えられるようにこれからも努力するぞ。

 

 

 走り終えた僕は体操服の裾をまくりあげて汗を拭う。

 

 そうするとまた一段と歓声が大きくなった。

 腹筋の自然のチラ見せはかっこ良いアクションの一つだ。


 正直、50m走ったくらいじゃ汗はかかないんだけど。

 無駄な動きだと思うだろうがこれも演出には必要だ。


 

「6.6秒って速いけどそこまでだろ」


「そうだよな。陸上部の奴らの方が速いって」


 

 男子たちが言うことはもっともだった。

 天ヶ峰高校は部活も盛んなため体力自慢の生徒は多く、5秒代を叩き出している人も中にはいる。

 しかし、6.6秒は体力測定の評価でいうと満点の10だ。


 

 その上で僕が求めたのは速さとは違う評価軸。

 走っている時のかっこよさ、に他ならない。



 いかにクールで表情を崩さず、スタイリッシュに走れるかを第一に掲げた。

 全力の顔もスポーツマンとしてはかっこいいんだけど僕が目指すイメージとは違う。


 アニメのオープニングでの走り方を参考に、そのフォームを崩すことなく平然とした表情を保ちながらも満点の6.6秒で走り切るための練習を繰り返した。

 

 

 ただ速いだけならもっと速く走ることもできる。

 

 

「でもよ、速いのには変わんねぇよな」


「そうだな。顔良くて頭良くて運動神経抜群とか、エグいわ」

 

「おまけにお金持ちって噂だぜ。何でも思い通りに生きてきたんだろうよ」


「かーっ、完璧かよ。アニメとか漫画とか俗世の趣味に興味ねぇんだろうな」



 色々と聞こえてくるけど悪いことは言われていないな。

 次の種目に移ろうとした道中、見知った顔がいたので声をかける。


 

「やあ麻琴まこと、調子はどうかな?」

 

「あ、柚月くん。……ボクは全然だめだぁ」



 しょんぼりとした顔に涙目を浮かべて、見る人が見れば庇護欲を掻き立てられるような可愛さをもつが男だ。


 彼の名前は鈴原すずはら麻琴まこと

 

 体も小柄でよく女の子に見られてしまうらしいが本人は特に気にしていないようだった。

 

 席が近かったこともあって最近話すようになった、僕の初めての男友達だ。


「柚月くんさっきの見てたよ! ばびゅーんって速くてかっこよかった」


「はは、ありがとう。麻琴は今日も小さくて可愛いぞ」


「えーへへ」


 麻琴がいつも俺を褒めてくれるから、俺も麻琴を褒め返すようにしている。

 男友達というのができたことがないから分からないが、こんな感じの接し方で合ってるだろう。

 


「クールイケメンとボクっ子ショタの組み合わせ最高」


「はぁ、あの関係性尊い……」

 


 女子からなにやら俺たちのことを話していたが、野太い歓声にそれはかき消された。

 

「姫様すげぇ、男子顔負けの速さじゃん」


「今日も美しい!」


「それよりも胸の揺れが……」



 話題の中心となっているのは森姫もりひめ愛奈あいなだった。

 その様子に目をやると、ちょうど彼女が50mを走り切るところだった。



 ゴール直前、彼女はつまづいた。

 しかし、危うげながらもこけることなくそのままの勢いでラインを超えた。


 走り終えた彼女の周りに女子が心配になって駆け寄る。

 彼女はその心配をよそに、鋭い眼差しでこちらを睨んでいるようだった。


「柚月くん、お姫さまこっち見てる……?」


「ん、麻琴もそう思うかい?」


 俺の勘違いかと思ったがやっぱりこっちを見ていた。

 

 さっきつまづいたのはまるで俺たちに非があると言わんばかりの視線だった。

 俺たちはただ見てただけ。

 それがお気に召さなかったのだろうか。


 

 その後も僕はスタイリッシュに各種目で最高点を叩き出し、体力測定を好成績に終えることができた。


 

 ◇


 

 それは着替えを済ませて教室に戻り、次の授業の準備をしていたときのこと。

 引き出しから教科書を取り出そうとした手にいつもとは違う感触がした。


 なんだろう、と引っ張り出してみるとそこにあったのは装飾性のない真っ白な便箋だった。


 

 裏返してみるとそこには名前が書かれていた。

 差出人は森姫もりひめ愛奈あいな


 

 開けるとこれまた真っ白な紙が一枚、その真ん中には一言。


 

 【今日の放課後、屋上に来て】

 


 とても綺麗な字だった。

 その字の佇まいが彼女に似ていて、これは彼女を騙った誰かの仕業ではないとなんとなく思った。


 

 いつの間に入れたんだ、と思ったが体育は男子は隣の教室で着替えて女子はこの教室で着替えるようになっているから、その時だろう。


 

 なぜ呼び出されたか分からないが、放課後になって屋上に向かったのだった。



 ◇


 

「あなたも異世界転生者なんでしょう?」


 なぜ呼び出されたかはすぐに分かった。

 まあ、こんなことを言われるなんて思わなかったけど。

 彼女のあらぬ質問に僕は冷静に返す。


 

「僕は異世界転生者じゃないさ」


 

 彼女の中二病に僕を巻き込まないでもらいたい。

 なにもなかったってことで二人で分かり合っていたと思ったのに。


 

「あら、そうかしら。じゃあこれはなんでしょう?」


 

 彼女が不敵な笑みとともに取り出したのは、真っ黒な装丁に白字で『異世界の記録』描かれたノート。


 まさか。

 

 「そのノートがどうかしたのかい」


 いや、まだ慌てる場面じゃない。

 落ち着け。冷静にだ。

 

 「ふうん、知らないフリするんだ。このノートご丁寧に名前が書いてあるの、柚月透ってね。あら不思議、あなたと同じ名前」


 彼女はノートを裏返してその右下に書かれてある名前を僕に向けた。

 

 「あなたの教科書に書いてる名前見せてくれるかしら?」


 ふふん、と森姫さんは勝ち誇るような表情を浮かべている。


 言い逃れするだけ恥の上塗りだ。

 素直に認めよう。


 

 ノートに書かれてるのはまさしく僕の名前で、僕の字である。


 

 そして、あれは僕の黒歴史ノートだ。


―――――――――――――――――――

【あとがき】

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