第3話 なにもなかった、そうだろ?
私の名前は
この世界の地球という星の日本という国では目立つ容姿をしている。
いや、それは少し正しくないわね。
前の世界でも珍しい容姿だった。
私はエルフとして過ごしていた前の世界から、この世界へと転生した。
エルフという種の個体は少なく、中でもハイエルフだった私は一際目立っていた。
その容姿と類稀なる能力から種族からほとんど神のように崇め奉られた。
危険から遠ざけられて、他の世界と関わりを持つことなく過ごした。
しかし安全な檻の中で生きることは幽閉となんら変わりなかった。
相当に長い月日を隔離された末に、世界とともに命を失った。
気がつくと私は赤子の姿となってこの世界に生まれ落ちていた。
はじめの頃は転生できたと素直に喜んでいたけど、容姿と能力は前の自分に近いものだった。
それが日本という国で生きるには大変だということをすぐに知った。
高校という教育機関に入るのが日本での普通だから私もそれに従ったのだけど、これまでの生活と変わらないものだった。
私はお姫様のように大切に扱われる。いや、腫れものに近い。
ここでも私はエルフ姫だ。
だれも私の名前を呼んではくれない。
そして、持っている能力も生きづらさを加速させていた。
私は生まれながらにして魔力を宿していた。
前の世界では普通だったのだけど、この世界では普通ではないみたい。
実は誰もが持っている力、それを自覚しているものはほとんどいない。
この学校に何人か強大な力を持っている人はいるのを感じるけど、互いに不干渉を貫いている。
「話しかけてこないでくれるかしら? 鬱陶しいのだけれど」
なにも変わらない日常に苛立ちを覚え、人気のない場所で精霊に八つ当たりをする。
精霊は質の良い魔力を好む傾向にある。
だから、高位の魔力を持つ私の周りをいつもふわふわと漂う。
「いくら私の魔力が心地いいからって、あなたたち精霊にまとわりつかれる身にもなって欲しいものだわ」
その様子と、それが見えるということ、その全てが他の人との違いをまざまざと見せつけられるようで嫌いだった。
私の能力であれば人が近づいていることに気づくことができる。
こうして話していることが見られることはまずない。
どうしてこうなってしまったのだろう。
私は普通になりたいだけだったのに。
「おいおい、まじかよ」
「誰っ!?」
声がした方向に咄嗟に叫ぶ。
そこには私に似た銀髪を持つ、不思議な雰囲気を纏った少年がいた。
私の魔力探知に引っ掛からなかった。
それに誰にも微力ながらある魔力が、彼には見えない。
こいつ何者なの。
彼はこほんと咳払いして続ける。
「やあ、初めまして。僕は
先ほど聞こえた声とは違ってどこか作り物のように感じるのは気のせいだろうか。
「君は、森姫あいしゃさんだね」
私は驚きの余りに息を呑み、二の句が告げなくなる。
アイシャは私の前の世界のでの名前。
彼はどうしてそれを知っているの?
前の世界では畏れのあまり、誰も呼んでくれなかったその名前を……。
心臓がドクンと跳ねる。
これはなに?
おそらくこれは……恐怖。そう、恐怖だ。
覚えたことのない感情に私は彼への警戒度を上げた。
「おっと、すまない。愛奈さんだったね」
アイシャではなく、愛奈と訂正してきた。
つまり今の私はこの世界では愛奈であるということを差しているだろう。
もしかして、前の世界の私を知る人物であるということなの?
彼の表情を見るが、何を考えてるか読み取れない。
なのにその瞳は私の全てを見抜き、理解しているようだった。
「……見た?」
「ん? 僕はなにもみてないよ」
なにもみてないというのは何かを見たということに他ならない。
見られてしまった以上は多少手荒な真似をしても黙ってて貰うしかない。
私が動こうとしたそのとき。
「なにもなかった、そうだろ?」
彼が有無を言わせない圧力とともに念押しされる。
なにを言ってるの……まさか!
私は異変に気づく。
周囲を見渡すと先ほどまでいた精霊たちが消えている。
彼が何かしたというの!?
「じゃあ、そういうことで」
彼はひらひらと手を振って軽やかに去っていった。
緊張の糸が切れた私はその場でへたり込んでしまった。
◇
銀髪美少女の森姫愛奈さんから離れた僕は安堵する。
危ない危ない。
彼女がそういう人だというのは分からなかったな。
あの話し方、一朝一夕でできるものじゃないぞ。
病状は相当進行していると見える。
僕には痛いほどに理解できる。中学生の僕もそうだったから。
こういうのは無闇に否定したり、手放しで肯定したりするのではなく、関わらない方が良い。
関わらないことで尊重し合うのだ、それぞれの世界を。
それがお互いのためになるからね。
だから、なにもなかった。
僕はそう思うことにした。
彼女もそれを分かってくれたみたいだ。
それにアイシャって名前噛んじゃって変な空気になったけど見過ごしてくれてよかった。
彼女も案外空気が読めるようで安心したよ。
僕はその足取りのまま、人気のない場所を見つけて、そこで菓子パンを半分だけ食べた。
節約のためにもう半分は明日食べよう。
20円引きで買ったから消費期限は今日までだけど一日くらい平気だよね。
◇
放課後の図書室。
僕は委員会活動にもきちんと参加している。
バイトと猛勉強に忙しいのに委員会活動をしているのにも訳がある。
図書委員だと毎月数冊の本がリクエストできるのだ。
一人暮らしで、常に節約生活を強いられている僕には嬉しい特典だ。
新刊がタダで読めるというのは実にありがたい。
それに本に囲まれた空間が僕は好きだ。
中学校の図書室や地元の図書館は『異世界もの』を履修するのに大変お世話になった。
図書委員の仕事といっても、通常業務は貸出の対応くらいでそれ以外は本を読んでて良いのも助かる。
「柚月くんそれ面白いですか?」
「面白いよ。といっても佐藤さんも知ってるだろうドン・キホーテだけどね」
僕は本をパタンと閉じてスペイン語で書かれた表紙を見せつける。
「あ、ドン・キホーテ知ってます。でも外国語で書かれてるから分かりませんでした。すごいですね……」
「そうかな? 僕は生まれた国の言語で読もうとしてるだけさ。その方が空気感が伝わるからね」
さも当然のように答える。だけど何が書いてあるかはさっぱりだ。
異世界転生したら言語は共通語ですぐに理解できることが多いから語学の勉強はしていない。
僕の隣に座っているのは同じクラスの図書委員である佐藤あかりさん。
彼女は派手ではないが平均的な顔立ちをしている。
メガネをかけて自信がなさそうにしているのがもったいない。
「そういう佐藤さんは何を読んでいるのかな?」
「え? こ、これですか……? あはは、柚月くんが読むようなものではないです」
佐藤さんは耳まで赤くして恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。
僕が読むようなものじゃないと言ったその本は「転生したらドラッガーだった件」略して転ドラじゃないか。
異世界で経済革命を起こすためにも僕は何周も読んだ。
『柚月くんもよかったら読んでみます?』その一言が欲しい。
そうしたら『僕も読んでみようかな』と初見の振りして乗っかるのに。
佐藤さんは結構ラノベを読んでいる。
しかも異世界転生もの。絶対に話が合うはずだ。
僕から興味津々な様子を見せてしまうと、これまで積み上げてきたインテリジェンスな雰囲気が壊れてしまう。
いつか彼女が僕にラノベを薦めてくれる日まで気長に待つしかなかった。
―――――――――――――――――――
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
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「続きが気になる!」
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