第2話 おいおい、まじかよ


 公立天ヶ峰あまがみね高等学校。

 日本トップレベルの偏差値を誇る進学校であり、公立でありながら生徒の自主性を重んじる自由な校風でその人気は高い。


 

 僕はそこに進学した。

 地元の人間が誰もいないし、進学校だからこそ風紀も緩く、行事への熱量も高いためイベントには事欠かないだろう。


 

 つまり、『影のあるクールキャラ』を目指すにはうってつけの学校というわけ。 

 地元から遠くにあるため、進学にあたって僕は一人暮らしを始めた。



 

 入学式当日。僕は遅刻しないように早起きして家を出た。


 遅れて行くのもかっこいいと思ったけど『影のあるクールキャラ』は不良ではないからね。


 

「おばあちゃん、ここまでで大丈夫かな?」


「悪いねぇ」


「困っていたらお互い様だよ」


「見た目だけじゃなくて心までかっこいいんだねぇ。ぜひウチの孫のお婿さんに来てくれんかねぇ」


 

 僕は道すがら困っているおばあちゃんを放っておくことが出来ず、おぶって家まで送り届けていた。


 

「おばあちゃんはお綺麗だから、そのお孫さんならさぞ綺麗なんだろうね」


「まあ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。これお礼のりんごだよ」


 

 変な方向に話が進みそうだったので、おばあちゃんを褒めることで話をうやむやにして僕はその場を去った。


 りんごはありがたく受け取った。

 

 歩きながらスマホの地図アプリを見る。

 学校への到着時間は走って向かっても確実に遅刻する時間だった。

 それに走るのはスマートじゃない。


 

「遅刻しないようにと思ってたんだけどな」


 

 おばあちゃんを助けた、なんて言っても信じてもらえないだろう。

 いや、明らかに分かる嘘をついていると思われることでただ者じゃない感じが出るのか?

 

 

 そう前向きに捉えることにした。


 

 ◇

 


 学校に着いた僕は、クラス発表の掲示板を見つけて自分のクラスを確認する。


「五組か。一年生の教室はたしかあっちって言ってたな」


 正門付近にいた警備員さんに一年生の教室を聞いていたので、僕はゆったりとした足取りで向かう。


 

 教室の前に着くと先生が出席確認をしているのが聞こえた。

 名前の順番的に僕の番はまだみたいだ。こういうのはタイミングが肝心だ。


 

 ここぞという瞬間を狙って扉を開けるぞ。


 

 僕は自分の名前を呼ばれるまでドアの前で待つことにした。

 

 

『次は柚月ゆづきとおるさん。……あれ。えっと、柚月さんはまだ来てないんでしょうか?』


 

 今だ。


 

「すみません、遅れました」


 

「柚月さん初日から遅刻ですか……? どうされたのです?」


 

 クラス中の視線が集まる。

 普通ならしどろもどろになるだろうが、こういう視線には慣れているから大丈夫。


 

「おばあちゃんを助けていました」


「あ、え……そうですか」



 先生は新任なのだろうか。

 嘘だと思っているものの強く注意できないみたいだった。

 

 こういうのは堂々と言い切るのが大切だ。

 そしてそもそも嘘じゃない。


 

「僕の席はどちらですか?」


「えっと、あちらです」

 

 

 弱々しい声とともに指さされた場所に目をやる。

 お、窓際だ。ラッキー。


 『影のあるクールキャラ』は物憂げに空を眺めているものだからね。

 


 席についた僕に好奇の視線が刺さるが、とりあえずは乗り切ることが出来たみたいだ。

 

 むしろ幸先の良いスタートだ。


 

 入学式当日は授業もなく、年間のスケジュールや、カリキュラムを説明してお昼前には終わった。


  

 ◇


 

 放課後の教室。


 僕の周りには人だかりができていた。

 女子に取り囲まれて質問攻めを受けている最中だ。


 

「柚月くんどこの中学出身?」

 

「銀髪綺麗だね! 地毛なの?」


「それ思ったー。どこかとのミックス?」


 

 僕は用意していたカバーストーリーを話して質問をやり過ごしていた。

 中学はバレたらまずいので遠くから来たということ、髪は地毛で、血は北欧系が混じっているということ。


   

 そして人だかりはもう一つあった。

 そちらは男子に取り囲まれて僕と同じように質問攻めを受けていた。


 

 視線を変えずに意識だけそちらに向ける。

 


 「森姫もりひめさん、どこ中学出身?」


 「銀髪めっちゃ綺麗! それって地毛?」


 「顔もめっちゃ綺麗だし、ロシア系のミックスとか?」


 

 質問を受けているのは女の子だろうか。

 その子は僕とは違って、質問されても一切なにも答えずに無視を決め込んでるようだった。

 


 銀髪って僕とキャラ被ってない?


 

 女の子は質問に答えることなく帰って行ったみたいだった。



 ◇


 

 次の日から授業が始まった。

 進学校だけあってレベルが高い。


 

 でも僕は授業をまともに受けずに空ばかり眺めていた。



 初めの頃は注意されたが、授業中に先生に当てられても慌てずに答えて、いつも正解を出していた。

 そのやりとりを何度か繰り返すと注意されることはなくなった。


 

 学力があれば許される良い学校なのだ。


 

 実は、授業中は空を眺めながらも耳だけは全力で先生の声に傾けている。

 そして家では予習復習の猛勉強。


 『影のあるクールキャラ』を演出するもの楽じゃない。


 

 ◇


 

 昼休み。

 

 一人暮らしや髪の維持費など『影のあるクールキャラ』にはお金がかかる。


 だから、お昼ご飯は基本安い菓子パンだ。

 今日のは、ホイップを挟みその上からチョコでコーティングされているとびきり甘いやつ。

 包装紙が銀なのも気に入っている。



 『影のあるクールキャラ』は現実味がないのがいい。 

 誰にもバレないようこっそり食べるために校内で人気ひとけのない場所を探して歩いていたら、女の子の声がした。 


  

 「話しかけてこないでくれるかしら? 鬱陶しいのだけれど」


 

 なにやら良くない雰囲気。

 これは不良に絡まれている女の子を救うイベントかな?


 

 颯爽と現れてなんなく女の子を救い出したあと、「あの時の僕にこの力があれば……」とか言って空を見上げて名前も告げず立ち去る。

 悲しい過去を連想させて影のある感じが出ていいな。


 

 僕はわくわくしながら覗き込む。


 

 「いくら私の魔力が心地いいからって、あなたたち精霊にまとわりつかれる身にもなって欲しいものだわ」


 

 空中に向かって一人で話す銀髪の美少女がいた。

 おいおい、まじかよ。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る