第8話 手を高く上げて…


「ここがお兄さんの自宅ですか?!」

「ああ、何も無くてごめん。今まで家を空ける時間も多かったから、たまに帰ってきて寝るだけだったんだ」


 俺の家は玄関の木の扉を開けてすぐ、1.8mほどの通路になっていて、正面に脱衣場。通路の真ん中の右側に居間と台所。奥の方に8畳間の部屋が1つある。居間には2階にむかう階段があり、2階は6畳間ほどの部屋が1つ。


「俺は2階で寝るから好きなようにつかってくれて構わない」

「お兄さんの部屋は2階なんですか?」

「普段は1階で寝てるんだけど、1階の方が広いし日当たりもいいから…」

「そんな気を使わなくていいですよ!」


 ヒナルはそういうけど、実際、2階は寒い…。特にこれから冷えてくるから尚更の事。各部屋の場所を案内して少し雑談したりする。ヒナルの父親は弟が産まれてすぐに他界してしまい、母親が育ててくれたとの事。その頃から父親がいない事で学校のクラスメイトからかわれた事で引っ込み思案になってしまった。高校になって更にエスカレート…。特に一緒に来た連中もクズ同様だった。あの逃げた連中はギルド依頼として捕獲対処になっている。見つけ次第保護するらしい。


 それと、こんな話も聞いた。本当ならヒナルには4つ年上の兄もいたけど死んでしまったらしい…。ヒナルが産まれて直ぐの事だったらしい。その兄と俺の年が一緒だったせいもあり、ヒナルは俺の事を兄ちゃんみたいに見えるとの事だった…。



………。

……。

…。



「そろそろ買い出しにいくか?」


 時間は1時を過ぎて、外も少し暖かくなってきた。ヒナルと外に出て市場へと足を運ぶ。色鮮やかな場所で沢山の人や冒険者で賑わう。


「こんにちはー」

「ああ!こんにちは」


 薬草屋のオバナさんだった。50代くらいの女性でいつみても優しい顔の人だ。


「彼女さんかいー?あんたもようやく彼女できたんかいー?」

「いやいや!違うよ!暫く俺の家で預かることになったんだ!」


 横を見ると小さい女の子がいた。オバナさんの娘のユリシアちゃんだ。


「ユリシア。こんにちは~」

「おにーたん!おにーたんだぁ!こんにちわ~」


 ユリシアがトコトコと歩いてきて、ヒナルに「はい!」って何かを渡す。


「お花?おねーちゃんにくれるの?」

「おねーたん、これあげるねー。おねーたんに似合うの!」

「ありがとう!ユリシアちゃん!」


 ユリシアはそっと、その小さい手に握られた黄色い花をくれる。ポーションの原料の一部でもあり、そのまま花の液を傷口に使用しても傷もたちまち塞がる不思議な花だ。きっとオバナさんの手伝いをした時に集めてきた花なのだろう。ユリシアはにこにこと満面の笑顔でヒナルに花を渡す。


「貰っていいのか?オバナさん」

「いいよ!持っていきな!」

「ありがとう!」

「ありがとうございます!」


 ヒナルはニコニコしながら俺の方を見て にぃーっと口を横に引き伸ばす。


「えっ?あんた、よく見たらルイスの笑顔に似ているね~。彼女いうよりは兄妹みたいね~」

「そ、そうか?」

「そうなら嬉しいですね~」

「まぁ、なんかあったらウチに寄りなよ!ルイスにゃーまた安くしてあげるから」

「ああ、その時はまた頼むよ!」


………。

……。

…。


 そんなやり取りをしてから、色々と市場や雑貨店に足を運ぶ。ヒナルの服や生活に必要な物を買い集める。2時間くらい経った時の事だった。


「どいてどいてー!」


 声がした方を見ると大きな荷台が横ぎる。多分建築資材なのだろう。木材が大量に積まれていて釘等も飛び出している。荷台が通り過ぎようとしたその時、荷台のタイヤが石に引っ掛かりバランスを崩した。


「あっ!!しまった!」


 荷台を動かす男の人が変な声をあげた矢先に木材が俺の方へと落ちてきた…。


「お兄さん!!」


 俺は咄嗟に両手で木材を受け止めるが、不運な事に釘が中指に刺さってしまった。対した傷ではないが…、血がじわりじわりと出てきて地味に痛い…


「す、すいませんでした!ケガの治療費払いますが!?」

「気にするな。これくらい何ともない」


 男は荷台に木材を詰めなおして、また荷台を押していった。


「お兄さん?指見せて?!大丈夫!?」

「いや、いいって!大丈夫だから!」

「よくない!菌入ったらやばいじゃん!」


 ヒナルは俺の手を取り、服の中にある柔らかい紙で血を拭き始める。


「ほら!手を上にあげて!」


 俺の手を取り上にあげさせる。


「いやいや!大丈夫だって!」

「こうやれば血が止まるってドラマで見たから!」

「ドラマってなんだよ!ってか恥ずかしいって!」


 周りの人が俺達をみて、微笑んでいる。恥ずかしいったらありゃーしない。でも何故か心が癒える。


「もっと高くもっと高く!」

「え、ええ?こう?」

「あはは!お兄さん面白い~!あははは」

「ヒナルさん?わざとやってません?」

「バレた? もう遅いから暫くこうしてなよ!ほら!」


 その時だった。また頭の中で声がした。


『貴方の奪われている能力を一時的に解放します…』


 咄嗟に頭の中でまた、昨晩の文字列が浮かび上がる。これは… ヒールの文字列だ…。まさか…。昨晩と同じように意識を集中させ…。俺は唱える。


「ヒール!」


 唱えたと同時にヒナルの手とともに白く光りだした。じんじんしていた痛みが消え傷が塞がっていくのが分かる。


「お兄さん!それ魔法?!昨日使った傷をふさぐ魔法ですよね!」

「あ、あぁ…!またできた!」

(スキルがまた使えた…。まぐれでなかったんか!?)


 周りにいた人からも「おおーっ!」とか「回復術士?!」なんて声もあった。


「あは… あはは!」


 俺は何故か嬉しくなり笑いだした。だって今までスキルなんて一つも使えず無能と呼ばれてたんだぜ?!笑いたくもなるさ…。ヒナルがいたから?あの時もヒナルが側にいたから?確証はないけど…。


「ヒナル?」

「お、お兄さん?」

「ありがとうな!」


 俺はヒナルと手をあげながら、ヒナルに感謝を述べた…。何故だか分からないけど…。凄く嬉しくなり感謝したい気持ちで溢れていた…。

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