第9話 仕方ないから、これからも同居を続けます

 散歩を終わらせて鬼ラーメンに戻ると、コウキさんはもう起きていて。私は話がありますって言って、テーブルをはさんで彼と向かい合う。


 そして私のとなりにはコリンさんも座る。

 心配してついてきてくれたんです。本当に、面倒見のいいおばあちゃんですよ。


 そして私は自分の本当の気持ちを、コウキさんに伝えた……。


「……というわけで、私は帰りたくありません。図々しいお願いだって百も承知ですけど、これからもここに置いていただけませんか?」

「ここに置けって……どういうことか分かってるのか? ここは妖怪の世界で、お前は人間。帰るのが普通だろう。向こうの方が生きやすいに決まってる」

「いいえ、そんなことありません。よくよく考えたら彼氏にはフラれるし、勤めていた会社はブラックだし、しかもしれすら倒産して無職だし」


 改めて振り返ると、本当にろくなことがなかった。

 趣味の乙女ゲームや漫画を読むのだって、忙しくてやる暇なくなってたし。こっちに来てからの方が、よほど楽しい生活を送ることができてた。


「そもそもこっちに来てから、私はコウキさんのラーメンを、何杯も食べちゃったんですよ!」

「それがどうした?」

「美味しすぎて、もうラーメン抜きでは生きられない体になっちゃったじゃないですか。どうしてくれるんですか! きっと今、私の体に流れる血はスープに、臓器は麺になっちゃってますよ!」

「んなわけあるか! そんな人をラーメン人間にしてしまう呪いなんて、オレのラーメンにはねーよ!」

「いいえあります! 本人が言うんだから間違いありません!」

 

 というわけで。

 私の体を滅茶苦茶にした責任、取ってもらいますから。

 腰に手を当ててそう宣言すると、コウキさんは頭に手を当てて項垂れる。


「本気でラーメン人間になってるって信じているなら、一度病院に行って診てもらえ。もちろん頭を」

「なんて失礼な。私の体をメチャクチャにしておいて、言い逃れする気ですか!?」

「違うわ!」


 まったく。コウキさんがそんな最低な人だとは思いませんでしたよ。

 そして怒っていると、彼はため息をつく。


「だいたい言ってなかったけどな。今回は事故で帰れなくなっただけだから、特例として役所に申請が通っただけなんだ。けど自分の意思で残るとなると、話は別だ。手続きが一気に面倒になるし、莫大な手数料も掛かる。簡単には戻れなくなるぞ」

「それでも……ここにいたいです。よく考えたらどうせ戻ったところで無職。家族も親しい友達もいませんし」

「そういえば、そんなこと言ってたな。確かに無職はキツいか」

「そうです! そんなところに放りだせれても、一人じゃ生きていけません! ここにいたいですよ。それに……」


 コリンさんを見る。

 これは彼女の前で言っていいのか分からないけど……。


「コウキさんを一人にさせると、心配な事も多いですし」

「は? 何がだ?」

「えーと、例えば朝寝ぼけて、空っぽのヤカンを火にかけようとしたことありますよね。下手したら火事になっちゃいますよ」

「あ、あれはたまたまでだなあ……」

「私が来てから二度ありましたけど。それに明日使うつもりで買った食材の消費期限が今日までだったってこともありましたよ」

「サオリちゃん本当かい? コウキくん、あんたそんなんでラーメン作ってたのかい?」

「違う! 間違えたのは、自分達用の飯の材料だ。店の食材の管理は、しっかりしてるさ。サオリもその辺はわかっているだろう」


 コウキさんは慌てて言ったけど、問題はそこです!


「コウキさん、お店のことは割としっかりしてるのに、自分のことになると途端にポンコツになるじゃないですか。洗濯するときだって、色移りするから洗うものはちゃんとわけた方が良いって言ってるのに、分かってくれないし」

「うんうん。それに、お店にしたって完璧とは言えないよ。サオリちゃんのことを見抜けなかったじゃないか」

「それは……」


 あと正体は鬼じゃなくてキツネで、お客さんを騙せてるって思ってるみたいだけど、本当はバレバレで本人だけそれに気づいてないとか、ギャグですか?


「私が帰りたくない理由の一つは、コウキさんが心配だからです。放っておいたら、いつか取り返しのつかないドジをしそうなんですから」

「大きなお世話だ! だいたいドジならそっちだって似たようなもんじゃないか。ひとが風呂に入ってたらノックをするのを忘れて入ってくるし、シャツを後ろ前に着てたことも……」

「キャーッ! ひ、ひとの黒歴史を掘り返すなんてひどいです!」

「お前もやっただろ!」


 私達の会話を聞きながらコリンさんはクスクス笑っているけど、私もコウキさんもハラハラ。

 二人とも出せば相手が致命傷になるカードをいくつも持っているんだから、お互いハラハラ。

 短い間によくもまあこんなに、弱点をさらけ出したものだよね。


「二人とも、似た者同士みたいだね。だったらコウキくんも、本当はサオリちゃんと同じで、離れたくないって思っているんじゃないのかい?」

「え、そうなんですか?」

「バカ、そんなこと……」


 コウキさんは、顔を真っ赤にしながら黙っちゃった。

 そんな反応されると、私まで恥ずかしくなるんですけどー!


「と、とにかくだ。お前は人間界に戻りたくない。ここで暮らしていくことがどういう事かちゃんと分かって、覚悟もできている。そういうことでいいか?」

「はい……」


 話を反らされた感はあるけど、ここは素直にうなずく。


「だったらしょうがない。役所には、俺が手続きしておく。今まで通り雇ってやるから、しっかり働けよ」

「本当ですか!? あ、ありがとうございますー!」

「うわっ!? くっつくな、離れろ!」


 思わず抱きついた私に、慌てるコウキさん。


「言っとくが、勘違いするなよ。オレはお前がどうしてもって言うから、仕方なく雇うだけなんだからな。決してお前がいなくなるのが寂しいとか思ってたわけじゃないんだから、勘違いするなよ!」

「な、なんですかそれ。わ、私だってデリカシーのないコウキさんとは、本当は一緒にいたくなんてありません。でも危なっかしくて放っておけないから、離れられないんですー」

「なんだと……オレってそんなにデリカシーないか?」

「ええ、とっても!」


 何せ私が今まで出会った全人間と妖怪さんの中で、キングオブ・ノーデリカシーですから。

 なのに……どうして一緒にいられて嬉しいなんて、思っちゃうのかなあ。


 そしてコリンさんは、ケンカする私達の様子を見ながら……。


「うふふ。二人とも本当は嬉しいくせに。素直じゃないんだから」


 とっても暖かい目で、クスクス笑っているのでした。





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