第6話 コウキさんの意外な正体
こっちに来てから半月。
最初は不安だったここでの生活も、案外慣れちゃった。
お店に来るお客さんにビックリすることもなくなって、一つ目小僧さんが来ようがぬりかべさんが来ようが、笑顔で対応。
前に迷惑客のヘビ妖怪さんとひと悶着あったけど、幸いその後は大きな騒動はなかった。
そして働いた分のお給料はちゃんともらって、銀行のカードに振り込まれている。
「って、待ってください。銀行振込にして、こっちで使えるんですか!?」
「安心しろ。こっちでもATMがあるから引き出し可能だし、カード払いだってできるからな」
って話をしたときはビックリしたけど。
妖怪の世界といっても場所と住んでる方が違うってだけで、人間の世界となにも変わらないんだなー。
けどおかげで貯金が底をつかずにすむから、スマホの料金支払いができて助かったよ。
今日も仕事が終わったあと、自分の布団にもぐりながら、電子書籍で買った漫画を読んでいる。
スマホが解約されたら、こうはできないもんね。
うへへ~。新しく買ったこの少女漫画、キュンキュンしていいわ~。
あ、そういえば集めていた小説の新刊も、そろそろ発売だったんだ。
けどあの小説、本が発売されても電子書籍になるのはちょっと間が空くんだよねえ。
だから少しでも早く読みたい私は、毎回本屋さんで買ってたんだけど……。
「ここじゃあ無理だよねえ……あ、待てよ。そうとは限りないかも」
人間の世界の小説が、妖怪の世界で買えるわけないとは、言い切れないじゃない。
もしかしたら案外、この世界の本屋さんでも売ってるかも。
それにもしなかったとしても、Amazonで通販できないかな?
案外いけるかもって気がする。
「よし、コウキさんに聞いてみよう」
布団から出て、部屋から抜け出す。
今の私は、こっちに来たばかりのころにコリンさんと一緒に買った、パジャマ姿。
最初はこの格好をコウキさんに見せることに抵抗があったけど、もうしょうがないって割りきってる。
だって同じ家で暮らしてるんだもん。見せずに暮らすなんて無理じゃん。
それに一度あきらめて受け入れてしまえば、案外なれるもんなんだよねー。
そうしてやってきた茶の間。
この時間なら、コウキさん起きてること多いんだけど……あれ、いないや。
もしかして、お風呂に入っているのかな? それとも、もう寝ちゃった?
けど私が来た時、茶の間には明かりがついていた。
もう寝たのなら、電気は消してるはずだし……おや?
部屋の中をよーく見て気がついた。
テーブルの横。いつもコウキさんが座ってる位置には座布団がしいてあるんだけど、そこに焦げ茶色の、モフモフした大きな毛玉があるじゃない。
え、なんだろうこれ?
するとその毛玉が、ゴロンと動いた。
わっ、なになに?
ビックリしたけど、その正体はすぐにわかった。
座布団の上には、一匹のキツネが丸くなってスヤスヤと、寝息を立てていたの。
「え、キツネ? この子、どこから入って来たんだろう?」
大きな尻尾に、ピンと尖った耳。そしてフサフサな毛でおおわれた柔らかそうなボディのキツネ。
その寝顔はとってもキュートなんだけど……おーい、キツネさーん。そこはコウキさんの席ですよー。
「キツネさん、起きて」
起こそうと手を伸ばして、ちょんって頭に触ったけど、そのとたん尖った耳がプルプルって震えた。
慌てて手を引っ込めたけど、キツネは起きることなく、気持ち良さそうに眠ってるや。
「か、かわいい」
寝顔はとってもプリティだし、呼吸をする度に膨らんだりしぼんだりするお腹が、すごく柔らかそう。
見ていたら、胸の奥からだんだんと欲望が込み上げてくる。
このモフモフした毛玉ちゃんを触って、撫で回したいって欲望が……。
「ちょ、ちょっとだけならいいよね」
再び手を伸ばすと、今度は鼻の先に触れてみる。
続いてお腹をプニプニつついてみて、触り心地は最高だったけど、キツネに起きる気配はない。
こうなると、もっと触りたくなるじゃない。
「もうちょっと……もうちょっとだけ……」
この時点で、どうして家の中にキツネがいるんだろうって疑問は、すっかりどっかに行っちゃってた。
それよりも、このかわいいキツネをモフりたい気持ちでいっぱいだったの。
もうちょっとだけならいいはず。
そんな何の根拠も無い思いを信じながら、キツネをナデナデ。
頭をいいこいいこすると、続いて丸まった背中を、滑るようになでていく。
「ん? う~ん」
ふふっ、柔らかくて気持ちいい。
次はお腹。丸まってて触りにくいけど、手足のスキマから見える部分を、指でプニプニつついた。
「く、くすぐったい」
ふふふ~。なんですかこの極上の触り心地は。
あ、キツネってばゴロンと寝返りうって、無防備にお腹を見せてきた。
もう、悪いキツネさんですね~。こんなことされたら、この魅力的なお腹に顔を埋めないなんて選択肢、あるわけないじゃないですかー!
「魅惑のモフモフタイムー!」
「わ、やめろ!」
お腹に顔を当てて、最高! 最高! 最高!
ここはモフモフ天国ですか? かわいいキツネさんにこれでもかってくらいスキンシップをして、もう天にも昇る気分だったんだけど……。
「サオリ、お前いい加減にしろーっ!」
え?
いきなり聞こえてきた、キーンと耳をつく怒鳴り声。
すると顔の下にいたキツネが、スルリと抜け出して、バッと後ろに下がって距離を置かれる。
待って、もう少しだけモフモフさせて!
「わ、私のモフモフキツネさーん!」
「やかましい、誰がお前のだ! 正気に戻れ、オレだオレ!」
すると次の瞬間、キツネがボンッて煙に包まれる。
え、何が起こったの?
そしたらさらにビックリ。煙が晴れたかと思うと、そこにはキツネの代わりにコウキさんが立っていたの。
頭にキツネの耳の生えた、コウキさんが……。
「目を覚ませ! さっきからお前がモフッてたキツネは、オレのもう一つの姿だー!」
「え? ……ええーっ!?」
まるで冷水を頭からかぶったみたいに全身が冷たくなって、一瞬で正気に戻された。
コ、コウキさんがあのプリティなキツネさんー!?
わ、私モフモフしちゃったんですけどー!
◇◆◇◆
一騒動あった後のお茶の間。
テーブルをはさんだ先にはコウキさんがいて、私は正座させられている。
「さてサオリ、どうしてあんなことをしたかのか、きっちり説明してもらおうじゃないか」
「あ、あまりにかわいかったから。つい魔が差して、触ってしまいました」
「そうか……まるで痴漢のような理由だな、このヘンタイ」
言わないで!
私だって、自分が酷いやらかしをしたことくらい、分かってるんだからー!
「ま、まことに申し訳ございませんでした……あの、でもどうしてコウキさんが、キツネの姿になっていたんですか?」
「うっ、それはだな……」
急に言葉につまるコウキさん。
考えてみたらおかしな話ですよね。コウキさんは鬼なのに、キツネになってたなんて。
「こ、この話はもういいだろ。もう遅いから、さっさと寝るぞ」
「怪しい……明日コリンさんにでも聞いてようかなあ……」
「やめろ! ……分かった、説明するよ。けどこれは、誰にも言うなよ。絶対だからな!」
強く念を押される。
どうやら相当、言いにくい秘密みたい。
「オレは元々、キツネの妖怪なんだよ。普段鬼の姿をしてるのは、妖術で化けてるんだ」
「え?」
確かにキツネの妖怪と言えば、化けるイメージはあるけど。
「どうして鬼に化けてたんですか?」
「決まってるだろ。うちの店が、『鬼ラーメン』だからだ。鬼丸師匠に弟子入りして暖簾わけしてもらったけど、キツネが鬼ラーメン名乗ってたら変じゃないか。だから普段は、鬼に化けてるんだ」
「そんな理由ですか!?」
「人間のアンタじゃ分からないだろうが、妖怪の世界には色々あるんだよ。だからオレのことを誰も知らないこの土地に来て、正体隠して店を始めたんだ」
たしかに妖怪の事情はさっぱりわからないけど、一人知らない場所に来てお店を出すって、相当大変だったんだろうなあ。
しかもずっと正体を隠してるんだから、尚更。
「とにかくそういうわけだから。くれぐれもコリンさん達に言うんじゃないぞ」
「は、はい。……あの、ですがコウキさん。私は正体知っちゃったわけですし、家の中でくらい、キツネの姿になってもいいんじゃないですか?」
「は?」
コウキさんはキョトンとしてるけど、だって常に姿を偽って生活するのって、すごく窮屈じゃないですか?
たぶんだけど、元の姿に戻って落ち着く時間があった方がいいはず。さっきキツネの姿で無防備に寝ていたのが、その証拠です。
でも私が来てからはバレないように、家の中でも正体を隠していたのだとしたら、申し訳ない。
「私の前でくらい、本当のコウキさんでいてください。大丈夫です、誰にも言いませんから」
「サオリ……」
私の前は変に気を張らずに、本当のコウキさんでいてほしい。
そう、思ったけど……。
「お前の前では、それこそ戻れるかー! またモフられたらかなわないからな!」
「あうっ!」
それを蒸し返しますかー!?
どうやらさっきのやらかしは、まだ許してもらえてないみたい。
で、でもたしかにまたあんな姿で無防備に眠ってたら、手を出さずにいる自信がなーい!
ううっ、コウキさんに気を許してもらうのは、難しそうです。
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